1322.若者への浸透
クラピーフニク議員は、タブレット端末への入力が一段落すると、小さな画面から顔を上げ、ラクエウス議員と視線を合わせた。
「三点目……最後の質問です。これまで、星界の使者からの招待などで、リストヴァー自治区の人が外国に行ったコトはありますか?」
「聖星道リストヴァー病院設立前の数年間、リストヴァー大学医学部と看護学部から男女五人ずつ、毎年合計二十人ずつをバルバツム連邦内の医大に留学させて下さった」
「その方々は今、どうなさってます?」
「元留学生たちは今、自治区の医療で中心的な役割を果たしておるし、開戦前は月に一度、母校で教鞭を執って、一年間の留学で学んだことを後輩に継承しておったよ」
若手議員は何度も頷いて、三十年間リストヴァー自治区唯一の国会議員であり続けたラクエウス議員の証言を端末に記録する。
「詳しいお話を有難うございました……アーテル共和国に和平交渉を持ち掛ける橋渡し役になってくれるかどうか、微妙なんですね」
ボランティア団体“星界の使者”を指すのか、かつての留学生への落胆か不明だ。
ラクエウス議員自身、アーテル政府の要人と魔哮砲戦争の和平交渉をする自信はない。
……星の標の息が掛かった連中が政権を離れれば、まだ望みはありそうだがな。
目の前の若者は、ネモラリス政府与党“秦皮の枝党”の末席に名を連ねる。だが、彼も主流派の決定に逆らい、軟禁後に亡命した身だ。
自由に活動する為、クラピーフニク議員が存命であること自体、ネモラリス臨時政府には伏せてあった。
「話を戻しましょう。この工作員っぽいアカウントは全員、星界の使者公式アカウントをフォローして、公式が戦争に反対する発言をすれば、それを肯定して拡散します」
「それが情報工作になるのかね?」
ファーキル少年から色々教えてもらったが、ラクエウス議員にとって、インターネット自体や、電脳空間で行われる諜報活動は、理解の範疇を越えることが多かった。
「そうとわかり難いように、ニュースや星界の使者の発言を隠れ蓑にして、少しずつ世論を誘導できる……とファーキル君が言っていましたよ」
「少しずつ誘導? 気の長い話だな?」
「あ、少しずつと言うのは、気付かれないように徐々に影響を擦り込まれた“人数を増やす”と言う意味で、時間に関してはそんな悠長な速度ではないそうです」
「なんと……」
ラクエウス議員が、驚き混じりに首を振る。
クラピーフニク議員は、茶器ですっかりぬるくなった温香茶で口を湿し、ファーキル少年の説明を老議員にもわかりやすいよう、噛み砕いて説明した。
過激で急進的な意見は、元々その素養のある者を強く引き寄せる。
惹かれた者は、熱狂的に支持して同意見の者と徒党を組み、実際の行動にも移す傾向が強いが、少数派だ。
彼らの過激な言動と行動力は、短期的には強いが、却って大多数の人々を遠ざけてしまう。
選挙など、数がモノを言う世界では、多くの「良識ある普通の人」を仲間に引き込めなければ、勝てない。
ファーキル少年が「工作員」と目した六つのアカウントには、星界の使者公式以外に共通のフォローアカウントがない。
開設時期は、すべて昨年で月は異なる。
所在地情報はいずれも非公開。インターネット上の呼称に共通点はない。
ニュースと星界の使者の発言を拡散する誘導の他は、それぞれ、野良猫の写真、昨日作った菓子の写真、季節の花と雲の写真、顔を隠してギターを演奏する短い動画、プラモデルの製作工程、バルバツム連邦で流行のゲーム画像に特化する。
政治色は微塵もない。
各アカウントのフォロワーは、それぞれの趣味に関するアカウントばかりだ。
新聞社や雑誌社のアカウントもフォローするが、共通のものはひとつもない。
敢えて避けたのだろう。
「よくこれで工作だと思ったな?」
「そこなんですよ」
SNSでの発言だけを見れば、六つのアカウントは普通に趣味を語るものだ。
同じ趣味仲間の写真などに肯定の印を入れ、コメントで褒めて、拡散し合う。
だが、ポータルサイトから拡散するニュース記事は全く同じで、星界の使者公式アカウントの同一発言を肯定し、拡散する。
普段付き合いのある趣味アカウントたちが、何を思ってそうするのか不明だが、彼らが拡散したニュースや星界の使者の発言も、無言で拡散に協力する。
普段、選挙や外国の戦争などに関心を示さない層に少しずつ「アーテル共和国はテロ支援国家である」と印象付けようとするかのような動きだ。
六アカウントのフォロワーは、下は二百人台、上は三千人余りだ。
彼らがどの程度の影響力を持つか、ラクエウス議員にはわからない。
「少なくとも、普段ニュースを見ない層にも、遠い外国で今、こんなことが起きているって言うことだけは、伝わるんですよ」
「そこから関心を持たせて、実際に何らかの行動に仕向けるのかね?」
すぐにそこまで進められるものなのか。訝る老議員に若手議員は首を振る。
「彼らが次にどんな目標を掲げるか不明ですが、現時点で、アーテル共和国の存在すら知らなかった共通語話者に対して、同国に対する悪印象を擦り込むことには成功しています」
「だが、バルバツム連邦で、プラモデルを作る少年たちに“アーテル共和国は悪者だ”と思わせたところで、彼らに何ができると言うのだね?」
どうにも迂遠な話だ。
「このSNSは、利用規約で十五歳未満の利用が禁止されています。また、これらのアカウントの趣味は、共通語文化圏では幅広い年齢層の人が嗜んでいます」
「そうなのかね? てっきり中高生ばかりだと思ったが……」
リストヴァー自治区では、趣味を嗜む余裕を持つ者はほんの一握りだった。
同じキルクルス教徒でも、ラクエウス議員とは随分と認識が異なるらしい。
「それから、選挙年齢も、アルトン・ガザ大陸の共通語圏では、十八歳以上の国が多数派です」
「ネモラリスの二十歳からと言うのは、少数派だったのかね」
「そのようですね。僕も今回の件で調べるまで知らなかったのですが、向こうには長命人種が居ないからかもしれません。十六歳の国もありましたよ」
……齢九十を過ぎても、世の中、知らないコトだらけだな。
ラクエウス議員は、若者の説明をしみじみ噛みしめた。




