1321.前後での変化
「ファーキル君が情報工作っぽいものに気付いたそうです」
ラクエウス議員の部屋を訪れたのは、秦皮の枝党の若手クラピーフニク議員だ。普段はラクリマリス王国領内で活動するが、インターネットのお陰で連絡に不自由はない。
老議員が亡命して一年以上が経ち、アミトスチグマ王国で身を寄せる純白の居候宅の眩しさにも、すっかり慣れた。
クラピーフニク議員がタブレット端末をつつき、卓上に置いてラクエウス議員に向ける。老議員も何度か見たSNSの画面だが、アカウント名は初めて目にするものだ。
秦皮の枝党の若手議員が、次々と表示を切替える。いずれもファーキル少年が使うものと同じSNSで、複数のアカウントの活動を見せられた。
「共通点は、大手ポータルサイトで、アーテルに関するニュース記事にコメントを書き込むこと、その記事をSNSで共有して拡散すること、キルクルス教系ボランティア団体“星界の使者”のアカウントをフォローしていることの三点です」
「ふむ。その者たちは、君たちが知らぬ者なのだな?」
「えぇ。少なくとも、僕は知りません。他の人の知り合いの知り合いだったりするとわからないので、わかる範囲の人たちの間で情報を共有して調査中です」
「儂の方では、特に心当たりはないな」
タブレット端末を返すと、若手議員は卓にやや身を乗り出した。
「それでですね、また、大使にお尋ねいただきたいんですよ」
「大使館の方で何かしたとして、亡命議員の儂に教えてもらえる保証はないのだがね。明日、聞くだけは聞いてみよう」
丁度、明日は最近の動きについて情報交換する日だ。
クラピーフニク議員は明るい顔で礼を言い、表情を改めた。
「それとですね、ラクエウス先生にもうひとつお尋ねしたいんですが、この“星界の使者”と言う団体、ご存知でしょうか?」
「うむ。聖星道リストヴァー病院の設立に当たって、バルバツム連邦内で、医療関係者の育成や資金集めに協力してくれた。当時の代表者にもお目に掛かったが、何を知りたいのかね?」
……成程、こちらが本題か。
ラクエウス議員は気を引き締めて、若手議員の質問を待つ。
クラピーフニク議員は、老議員の茶器に温香茶を注ぎ足した。【保温の鍋敷き】にティーポットを置き直して問う。
「質問事項は三点あります」
ひとつ目は、現在の代表者について。
知っている場合、どこまで情報を持つのか。
ふたつ目は、リストヴァー自治区と星界の使者との関係について。
魔哮砲戦争開戦前後で変化があるか。ある場合、どのような変化か。
みっつ目は、同団体の関係で自治区民が外国へ行った実績はあるか。
ある場合、人物と目的、期間などはどうか。
「代表者は確か五年……いや、六、七年前かもしれん。何せ、何年か前に交代の挨拶状をいただいた」
「挨拶状はまだ、取ってありますか?」
「うむ。ネミュス解放軍と星の標の戦闘に巻き込まれずに済んだなら、儂の事務所に置いてある筈だ。正確な日付を知りたければ、フィアールカさんに頼んでくれ給え」
「星界の使者公式サイトの古いプレスリリースで、就任の挨拶をみつけました」
「では、手紙は要らんな」
「いえ、ウェブ媒体の情報は後から幾らでもいじれますから、物的証拠はとても心強いです」
ラクエウス議員は意外に思ったが、ファーキル少年が画面表示を大量に撮影するのを思い出して頷いた。
「先生、今の代表者と直接お話しされたことはありますか?」
「いや、歳のせいで、飛行機の長旅が堪えるようになってな」
我知らず、老いの悔しさが滲む。
「向こうが来たことはないんですか?」
「前の代表者は数年に一度、聖星道リストヴァー病院を視察に来られ、東地区を少し見て、ワクチン支援を約束して下さったが、今の代表とはまだお目に掛かっておらんな」
「一度もですか?」
「体制を刷新する最中でお忙しいのだろう」
フラクシヌス教の主神を崇める若手議員に軽く驚かれ、ラクエウス議員は、キルクルス教徒として、つい庇い立てした。
「体制を……? 代表者の交代前後で、支援内容に変化はありましたか?」
「ふむ。前の代表者は民間病院の理事長で、医療支援を手厚くして下さり、各種ワクチンの輸出入にも多大なご協力を賜った。あのたくさんの善意がなければ、自治区はもっと酷い状態に陥ったことだろう」
クラピーフニク議員は、端末を啄木鳥のようにつつきながら聞いて、矢継ぎ早に質問を繰り出す。
「成程。今の代表者に代わってからはどうですか?」
「通信販売会社の社長をしておられるとかで、食料品や子供らの教材などの支援を中心にして下さるようになった。お陰様で月に数度は、東教区の小学校で給食を出せるようになった」
「開戦後はどうですか?」
「教団を通じて、食料に加えて衣服や毛布、食器などの日用品も大量に送って下さった」
「医療支援はどうですか?」
「その方面の免許はないそうで、包帯などの消耗品や市販薬に変わったが、それも不足しがちなので大いに助かったよ」
質問の意図はよくわからないが、いつお迎えが来ても不思議でないラクエウス議員は、膨大な記憶を手繰り、誠実に答える。
「支援内容が変わっても、自治区と星界の使者の関係は続いてるんですね?」
「うむ。姉の手紙では、開戦前より多くの物資が届くようになったらしいな」
「わかりました。報告書のお手紙の部分、後で確認させていただきます」
ついこの間、星界の使者がクラウドファンディングとやらで支援の資金を募り、〆切の遙か以前に多額の寄付を集める様子を見せてもらったばかりだ。
あの時、クラピーフニク議員たちが見せてくれたのは、アーテル共和国の通信を仮復旧させる為の募金だった。
☆聖星道リストヴァー病院……「0014.悲壮な突撃令」「1247.絶望的接種率」参照
☆【保温の鍋敷き】……「588.掌で踊る手駒」参照
☆ネミュス解放軍と星の標の戦闘……「893.動きだす作戦」~「906.魔獣の犠牲者」「916.解放軍の将軍」~「918.主戦場の被害」「919.区長との対面」~「921.一致する利害」「0937.帰れない理由」~「0939.諜報員の報告」参照
※ ラクエウスの姉クフシーンカの仕立屋は戦闘に巻き込まれて更地になった。
☆各種ワクチンの輸出入……「1247.絶望的接種率」参照
☆食料に加えて衣服や毛布、食器などの日用品も大量……「276.区画整理事業」参照
☆星界の使者がクラウドファンディングとやらで支援の資金を募り……「1241.資金を集める」参照
▼リストヴァー自治区はゼルノー市の南隣。




