1320.村人との別れ
「幸が漣のように広がって届きますように」
緑髪の村人が、総出で移動放送局プラエテルミッサの出発を見送る。
村唯一の学校では、校庭の秦皮がすっかり葉を落とし、よく晴れた空に裸の枝を広げる。南を見れば、森の彼方のウーガリ山脈は、うっすら雪化粧だ。
「お魚、美味しかったです」
「放送で大事なコト教えて下さって助かりました」
「水の縁が繋がって、一日も早くご家族と再会できますように」
湖の民たちは口々に感謝と祈りを投げ掛け、荷台の横に並ぶ一行と握手を交わして名残を惜しむ。
「外国の街を教えて下さったお陰で、見聞が広がりました。自分の村のコトだけ考えてればいいんじゃないってわかって、これから……えっと、具体的にどうすればいいか、まだ全然わかりませんけど、考えるキッカケになりました。有難うございます」
村長の息子が一行を見回して深々と頭をお辞儀をした。
息子を救われたコルチャークとメーラの母親が、呪医セプテントリオーの手を両手で包んだ。止め処なく涙を溢れさせ、言葉もなく、幾度も繰り返し頭を下げる。
「怪我、治して下さってありがとうございました」
「お薬、ありがとうございました。あなた方は命の恩人です」
「魔獣退治の助太刀、有難うございました」
「漁師のおじさん、ご馳走様でした」
隣に立つ薬師アウェッラーナも、入替り立ち替わり、村人たちから握手を求められ、感謝の言葉と家族との再会を願う祈りの詞を掛けられる。
兄アビエースには、助太刀と漁労へのお礼が雨のように降り注ぐ。
「他所のコトいっぱい聞かせてもらって楽しかったよ」
「お買物、すっごく助かりました! ありがとうございます!」
「みなさんから受けたご恩は一生、忘れません」
レノ店長、クルィーロとパドールリク父子、葬儀屋アゴーニに対しては、特別講師と買出しへの感謝、アナウンサーのジョールチとDJレーフには特別講師と放送へのお礼の声が、憧れに瞳を輝かせた人々から向けられる。
ソルニャーク隊長、メドヴェージ、少年兵モーフには、魔獣退治と畑仕事の手伝いへのお礼、ピナティフィダ、エランティス、アマナにも、歌や外の世界を教えてくれた喜び、一緒に学び遊んで過ごした楽しさなど、次々と言葉が注がれた。
「このように何もない通りすがりの小さな村で、長く留まって命と暮らしを助けて下さいまして、誠にありがとうございました。このご恩、決して忘れぬよう、また、教えて下さったたくさんのことと共に語り伝えて参ります」
村長に続き、村人たちも思い思いに礼の言葉を口にする。
応える一行の目にも、村人たちの目にも、同じ涙が光る。
束の間、同級生だった陸の民と湖の民の子供たちが、抱擁を交わす。
誰からも、移動放送局プラエテルミッサを引き留める言葉は出ない。
「また、ここ通ったら、絶対、ウチに寄って下さい! 僕が作った野菜、ご馳走します」
「お、おうっ! 生きてたら、また来る」
カーラムが力強く手を握って言うと、少年兵モーフは複雑な顔で応じた。
「だったら、早く平和にならないとね」
「農作業が落ち着いたら、みんなでミャータの神殿にお参りして、早く平和になりますようにってお祈りします」
「王都の神殿にもお参りするから……だから、みんな、死なないで」
ふたつ括りの少女スモークウァが言うと、三ツ編のフヴォーヤが決意を語り、危うく兄を失いかけたメーラが大粒の涙をこぼ押した。
「みなさん、移動放送局プラエテルミッサの方々が教えて下さったお歌で、笑ってお見送りしましょう」
音楽教諭のよく通る声が宣言すると、名残を惜しむざわめきが鎮まった。
村人たちが涙を拭って一歩、退がる。
「国民健康体操、授業で毎回やります!」
体育教師が鋭くホイッスルを吹いた。
大人たちが更に一歩退がり、いつの間に練習したのか、声を揃えて歌いだす。
「ネーニア ネモラリス フナリス ラキュスの島よ
ランテルナ アーテル 岸辺も元はひとつ……」
大人たちが歌いながら数歩後退し、代わりに小学生たちが前に出る。歌とホイッスルに合わせ、覚えたての国民健康体操をする子供らは、みんな笑顔だ。
「心を鎮めて 湖畔に立って
新しい日々みつめ みんなと手をつなごう
平和な明日へ 思いを歌にして
みんなの強い願い 謳い続けようよ
勇気を与え はばたく歌ここに
平和な未来の 夢 叶う日まで……」
ピナティフィダたちが歌に加わり、モーフがメドヴェージに促されて一緒に身体を動かす。
「ネーニア ネモラリス フナリス ラキュスの島よ
ランテルナ アーテル 岸辺も元はひとつ……」
アウェッラーナは目許を拭って、村人たちの心尽くしを瞳に焼きつける。
「悲しい思い出 さあ涙を拭いて
違うとこも含めて 本当の友達
下ろした拳で ひとつの環をつくる
つないだその手で今は 共に目指すひとつ
みんなを信じて 輝く歌ここに
平和な未来の 夢 諦めないよ……」
カーラムがモーフの隣で体操を始めると、中学生の少女たちも加わった。
「魔力 あっても なくても ひとつの民よ
樫と 星の道 湖 陸も仲間
これから作ろう 幸せな笑顔
いつまでも続く日々を 心から願おう
すべてはひとつ 等しく大切な
みんなで 謳おうよ 心からこの歌を
希望を与え はばたく歌ここに
平和な未来の 夢 叶えようよ
幸せな明日の 花 咲かせようよ」
体操が終わる頃には涙が引っ込み、晴れ晴れとした笑顔が広がる。
「みなさま、大変長らくお世話になりまして、有難うございました」
国営放送アナウンサーのジョールチが、一歩前に出ると、村人たちは背筋を伸ばした。
一呼吸置いて、マイクなしでもよく通る明瞭な声が、冬の校庭に響き渡る。
「お陰様をもちまして、必要な情報をみなさまにお届けすることができました。私たちがお伝え致しました歌と情報は、お近くにお住まいの方々や、買出しなどのお出掛け先でも、お伝えいただけましたら幸いです」
「楽譜、ありがとうございました」
「書き写して配ります!」
「歌詞の続き、みんなで頑張って考えます」
「次に通る時、聞いて下さい」
あちこちから協力の声が上がる。
モーフとメドヴェージが荷台の前に戻った。
レノ店長が小さく手を振って合図する。
「穏やかな湖の風
一条の光 闇を拓き 島は新しい夜明けを迎える
涙の湖に浮かぶ小さな島 花が朝日に揺れる……」
移動放送局プラエテルミッサの一行が、声を揃えて歌い始める。村人たちの声が重なり、澄んだ冬空に吸い込まれた。
☆放送で大事なコト教えて……「1049.情報に飢える」「1210.村での生放送」~「1212.動揺を鎮める」参照
☆外国の街を教えて下さった……「1083.初めての外国」「1084.変わらぬ場所」参照
☆息子を救われたコルチャークとメーラの母親……「1060.手遅れの嘆き」~「1062.取り返せる事」「1144.向かう先には」「1201.喜びと心配事」参照
☆怪我、治して下さって……「1059.負傷者の家へ」「1189.動きだす状況」参照
☆お薬……「1242.蓄えた備えで」~「1248.深まる不安感」「1251.感染者を隔離」「1252.病で知る親心」「1269.かつての不幸」~「1272.買物で助ける」参照
☆魔獣退治の助太刀……「1190.助太刀の準備」~「1194.祓魔の矢の力」参照
☆お買物……「1051.買い出し部隊」「1058.ワクチン不足」「1062.取り返せる事」「1063.思考の切替え」「1065.海賊版のCD」参照
☆漁労……「1096.教育を変える」「1251.感染者を隔離」参照
☆一緒に学び遊んで……「1052.校長の頼み事」「1054.束の間の授業」~「1057.体育と家庭科」「1062.取り返せる事」「1096.教育を変える」~「1098.みつけた目標」「1226.呪歌を教わる」「1227.無知を知る時」参照




