1317.情報交換の場
「じゃあ、俺が屋上の魔獣を狩って回りゃ、あんたら島民の信用が上がるってのか?」
「キルクルス教の信仰に凝り固まった連中は、そんなコトくらいじゃ……」
素材屋プートニクが明るい声で提案したが、呪符屋のゲンティウス店長は溜め息交じりに頭を振った。
ロークが、レノに温香茶のおかわりを淹れて言う。
「それに……屋上自体、どんな罠があるかわかりません」
「罠?」
素材屋プートニクが、呪符屋の店番に疑問を投げる。
「まだ、誰が魔獣を召喚して、術で屋上に閉じ込めたのかわかりません。退治に来た魔獣駆除業者や、アーテル軍の特殊部隊を排除する為の罠が仕掛けられた可能性もあります」
ロークの目が、状況を語る時のラゾールニクと同じ光を宿す。
素材屋プートニクは、温香茶を一口啜って身体ごとロークに向き直った。
「お前さん、何か知ってるツラだな。屋上に人を立入らせたくない事情に心当たりあんのか?」
ロークの視線がレノとクルィーロに向いた。
クルィーロは茶器を置いて頷く。レノも、カウンターの端に立つスキーヌムに視線を送り、小さく顎を引いてみせた。
「俺も、情報料は現地の様子がいいです」
「わかった。……何が知りたい?」
「俺は、屋上に魔獣が居座ってる写真を見せてもらって……」
「おいおい、兄さん、その情報、そんな出回ってんのか?」
素材屋プートニクが、隣に座るクルィーロに苦笑を向ける。
「共通の知り合いで、俺はデータもらって、彼はここで画面を見せてもらったんですよ」
「その知り合いさんとやらは、ちょくちょく来ンのか?」
クルィーロが適当に誤魔化すと、素材屋プートニクは呪符屋のカウンターを小突いた。店主ゲンティウスが愛想笑いを浮かべる。
「ウチを待合わせ場所にしてる運び屋ですよ」
「何で運び屋が、本土領で屋上の写真撮ってあんたらに見せびらかすんだよ?」
言われてみれば、呪符屋の店主に向けられた疑問は尤もだ。
クルィーロは、ゲンティウス店長がどう答えるか見守った。
「運ぶのはヒトなんですゎ」
「ヒト? 罪人の逃亡でも手伝ってるってのか?」
素材屋プートニクが、カウンター内の三人に皮肉な笑顔を向ける。
「力ある民……アーテル本土で産まれた奴を魔法文明圏へ逃がしてンですよ」
「ほう……」
「商売柄、あっちの情報は要るが、運び屋が湖の民なモンだから、陸の民の仲間に頼んで情報収集してもらってんですゎ」
「兄さんたちもそいつと同業なのか?」
話を振られ、クルィーロは首を振った。
「俺たちは運び屋さんと色々あって、今は持ちつ持たれつ情報交換とか、物の調達とかしてるんです」
「言いそびれたけど、規制が解除されたから、もう少しで東へ移動するよ」
「クルィーロさんのメモ、もらいました。みんなが無事でよかったです!」
レノが言うと、ロークは安堵と喜びを満たした顔を向けた。
「で、店番の兄ちゃんは、その運び屋から何を聞いたんだ?」
「アーテルに対する通信妨害です」
笑みを消した短い答えに素材屋が首を捻る。
ロークは、インターネットや電話など、科学文明圏の通信設備について簡単に説明して、話を続けた。
「街にある小型の設備を爆破して回ったのと、湖底ケーブルや通信衛星アンテナ基地を破壊したのが、何者なのかもわかりません」
ロークは、クルィーロとほぼ同じ説明を繰り返すが、プートニクは遮らずに相槌を打つ。
「同じ集団か、複数の集団が手を組んだか、偶然、実行の時期が重なったのかも不明です」
「その爆発とケーブルの件は、王都の新聞にも出てたけどよ、あんないっぱい偶然なんてあンのかよ?」
「最近は減りましたけど、爆発が始まった頃は、濃霧が出る時期だったんです」
報告書で見た限り、爆破の件数と霧の発生は正比例する。
クルィーロが言うと、素材屋プートニクは膝を打った。
「成程な。霧に乗じて爆破と召喚。誰でも思いつくこった」
ロークが続ける。
「状況から見て、犯人の狙いがアーテルの通信途絶なのは、間違いないと思います。ただ、どんな個人や組織が、どの程度の武装をして現地に入り込んだか、わからないんです」
「運び屋が使ってる情報屋にも、掴めてねぇのか」
「そうみたいです」
「駆除屋さんたちも、彼らを刺激して“武力を持つ魔法使いの集団”と戦うハメにならないように屋上の魔獣に触らないんです」
「ふーん……あ、おかわりはもういい」
素材屋プートニクは空になった茶器をロークに差し出した。
「今日は保存食買って、明日は様子見に行って、状況見て狩るか帰るか考える」
素材屋プートニクがカウンターの椅子を降り、レノとクルィーロも、鞄を持って続く。戸の前で大柄な素材屋が急に立ち止まった。
「ご馳走さん。美味かったぞ。とっつぁん、眼鏡の小僧、ちょっと借りてくぞ」
店長は、ふたつ返事でカウンターの出入口にスキーヌムを押しやった。店番の少年は、何を言われるのかと素材屋を上目遣いに見る。
「保存食の店に案内してくれ」
「は、はい!」
呪符屋を出て、戸を閉めた途端、レノとスキーヌムが同時に大きく息を吐いた。
素材屋プートニクは気にせず、獅子屋の方へ歩きだす。
「もう一人の店番は、それなりに修羅場潜ってきたツラ構えだな」
「わかるんですか?」
レノが声を上げ、スキーヌムも驚いた顔で素材屋を見上げる。
「俺をこの道何百年だと思ってんだ? それよりハラ減ったろ? メシ食って買物だ」
ごつい手が、スキーヌムの淡い色の頭をわしゃわしゃ撫で回し、案内を促した。
☆俺は、屋上に魔獣が居座ってる写真を見せてもらって……「1253.攻撃者の目的」参照
☆店番の兄ちゃんは、その運び屋から何を聞いた……「「1223.繋がらない日」~「1225.ラジオの情報」参照
☆クルィーロさんのメモ……「1297.やさしい説明」参照
☆クルィーロとほぼ同じ説明……「1302.危険領域の品」~「1304.もらえるもの」参照
☆濃霧……「1232.白い闇の中で」参照




