1315.突然のお誘い
スキーヌムが全身に緊張を漲らせて聞く。
「あ、あの、お二方のご家族は……」
「みんながみんな、長命人種ってワケじゃねぇからな」
「みんな、私たちを置いて逝ってしまったわ。魔物に食べられたりしたワケじゃないから、安心して」
素材屋プートニクがしんみり言い、クロエーニィエ店長が淡い笑顔で場を繕う。
「それに、もう殆ど他人くらい遠くなったけど、血縁が絶えたワケじゃないし」
「そうなのですか。すみません。不躾なことをお尋ねして」
「気にしなくていいわ」
……そっか。長命人種って、いいコトばっかじゃないんだな。
葬儀屋アゴーニとゲンティウス店長はどうか知らないが、呪医セプテントリオーには直系の子孫が居ない。
元神官のフィアールカは、半世紀の内乱で故郷の南ザカート市を灰にされた。身内を全て奪われたから、運び屋になったのかもしれない。
歌手ニプトラ・ネウマエことカリンドゥラは現在、針子のアミエーラと姉妹にしか見えないが、針子の大伯母で百歳を越える。アミエーラが常命人種なら、数十年で外見年齢が逆転し、大伯母より先に寿命が尽きる。
薬師アウェッラーナはまだ六十歳にもならないが、歳の近い兄の漁師アビエースは、そろそろ先が見えて来た老人だ。
近い将来、彼女に訪れる別れを思うと、クルィーロの胸は痛んだ。
……俺だって、もしかしたら……
力なき民には長命人種が産まれないが、力ある民は統計上、三割程度が長命人種らしい。
クルィーロもアミエーラもまだ若く、自分がみんなと同じで毎年老いる常命人種か、それとも、老いに置いて逝かれる長命人種か、現時点ではわからない。
「えっとね、それで、あっちの地元の人と一緒にスヴェート河沿いで魔獣狩りして、いっぱい儲かっちゃったから、お店始めたの」
「スクートゥム王国の騎士団と一緒に狩りをなさったのですか?」
スキーヌムが気を取り直して聞いた。
「民間の人よ。【急降下する鷲】の魔獣退治屋さん、【思考する梟】の薬師さん、それと、遺跡を調べたいって言う【歩む鴇】の学者さん」
「薬師さんと学者さんも戦える方々なのですか?」
「そうよ。それなりに鍛えとかないと色々ムリね」
「それでよ、明日から本土領で魔獣狩りしようと思って来たんだ」
「あら、お店は?」
クロエーニィエ店長から見ても驚くことだとわかり、クルィーロはホッとした。
「閉めて来た。いいじゃねぇか。いつもより半月早いだけだ」
「ふうん。あなたが決めたんなら、私は別にいいけど、いつもの約束はどうするの?」
「勿論、行く。今は大陸領に泊まれなさそうだから、宿はこっちで押さえた」
「一人で行くの?」
「誘いに来たんだよ」
素材屋プートニクが、元同僚にニヤリと笑う。
クロエーニィエ店長は、苦笑して首を振った。
「ゴメンなさいね。今はホラ、あれだから、今月中は閉めないって決めてるの」
「じゃ、一人で行ってくらぁ」
「大丈夫?」
「宿はこっちだ。毎日、晩メシには戻る。手っ取り早く【飛翔】して屋上に括られてる奴だけ狩ろうと思ってんだ」
「えっ? 【飛翔】できるんなら、バスとか要らないんじゃ……」
それまで黙って温香茶を味わっていたレノが、半ば独り言のように驚きを漏らした。
「速いだろうが。【水晶】は温存してぇ。疲れて途中で落ちたらオワリだぞ?」
「えっ? あ、あぁ、そうなんですか」
魔獣と戦う瞬発力と、制御が難しい【飛翔】の術を維持する持久力は別だ。
「そう言うモンだ。……お前、すっかり守りに入っちまったなぁ」
レノに頷き、クロエーニィエ店長に目を戻す。
「今、駆除屋さん絡みのお仕事が立て込んでて忙しいのよ。いつもの約束には行くから」
「そっか。まぁ、お前が作ったマントと【鎧】がありゃ、括られる程度の雑魚なんざ大したコトねぇだろ」
「またまたぁ。おだてたって何も出ないわよ。……油断しないでね」
「おう。忙しいとこ邪魔したな」
プートニクがお茶を一息に飲んで立ち上がる。
「私、晩ごはんはいつも獅子屋さんで食べてるから」
「わかった。ありがとよ」
郭公の巣を出て、竜胆の看板が掛かる名もなき呪符屋へ向かう。
素材屋プートニクは、通路に並ぶ店を物珍しげに眺め、時折スキーヌムに質問して、のんびり歩く。
……確かにこんな調子だと騎士団って言うか、軍隊は窮屈だったろうな。
「こちらが獅子屋さんです」
スキーヌムが、きのこを咥えた二匹の魚が円を描く看板を掌で示した。
定食屋から昼食を仕込む旨そうな匂いが流れ、煉瓦敷きの通路に満ちる。
「獅子屋?」
「お店の真ん中に立派な獅子像があります」
「へぇー……美味いのか?」
「はい」
よく知る場所だからか、スキーヌムは弾んだ声で答え、顔も明るい。
「先に呪符屋へ行って、昼メシここで食って、メシ代が案内代。どうだ?」
「ありがとうございます」
道案内の相場がわからない三人に異論などある筈がなかった。
「へぇー、とっつぁん、いい店構えじゃねぇか」
素材屋プートニクが呪符屋の戸を開け、一番に入る。
「いらっしゃいませ」
ロークの声に迎えられ、クルィーロたちも続いた。
店番は、顔馴染みの二人に笑顔を向けたが、最後に入ったスキーヌムが、大きな缶に四苦八苦しながら戸を閉めると、表情を消した。
「レノさん、クルィーロさん、ありがとうございました。スキーヌム君が何かご迷惑をお掛けしませんでしたか?」
「はははっ。心配性だなぁ。フツーに買物するだけだし、別に何もなかったよ」
レノがやさしい嘘で笑い飛ばしたが、スキーヌムは萎縮してクルィーロの影に隠れた。
……失敗を怖がるの、神学校だけじゃなくて、ローク君も原因か。
何でも卒なくこなせるロークには、何もかもが不慣れでモタつきがちなスキーヌムが、まどろっこしくて仕方ないのだろう。だが、クルィーロが口を挟めば、却って面倒なコトになる。
半歩退がってスキーヌムと並び、その肩を軽く叩いた。
☆呪医セプテントリオーには直系の子孫が居ない……子孫を残せない「0108.癒し手の資格」、家族は内乱中に全滅「467.死地へ赴く者」「685.分家の端くれ」参照
☆南ザカート市を灰にされた……「0182.ザカート隧道」「535.元神官の事情」参照
☆薬師アウェッラーナはまだ六十歳にもならないが、兄の漁師アビエースはそろそろ先が見えて来た老人……「0002.老父を見舞う」「1133.人・物・カネ」「1284.過労で寝込む」参照
☆屋上に括られてる奴……例:平敷「1253.攻撃者の目的」、「1289.諜報員の心得」参照
☆獅子屋さん……「423.食堂の獅子屋」参照
☆スキーヌム君が何かご迷惑/やさしい嘘……「1311.はぐれた少年」「1312.こっそり通信」参照




