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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十五章 探訪

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1315.突然のお誘い

 スキーヌムが全身に緊張を(みなぎ)らせて聞く。

 「あ、あの、お二方のご家族は……」

 「みんながみんな、長命人種ってワケじゃねぇからな」

 「みんな、私たちを置いて逝ってしまったわ。魔物に食べられたりしたワケじゃないから、安心して」

 素材屋プートニクがしんみり言い、クロエーニィエ店長が淡い笑顔で場を繕う。


 「それに、もう(ほとん)ど他人くらい遠くなったけど、血縁が絶えたワケじゃないし」

 「そうなのですか。すみません。不躾(ぶしつけ)なことをお尋ねして」

 「気にしなくていいわ」


 ……そっか。長命人種って、いいコトばっかじゃないんだな。


 葬儀屋アゴーニとゲンティウス店長はどうか知らないが、呪医セプテントリオーには直系の子孫が居ない。

 元神官のフィアールカは、半世紀の内乱で故郷の南ザカート市を灰にされた。身内を全て奪われたから、運び屋になったのかもしれない。


 歌手ニプトラ・ネウマエことカリンドゥラは現在、針子のアミエーラと姉妹にしか見えないが、針子の大伯母で百歳を越える。アミエーラが常命人種なら、数十年で外見年齢が逆転し、大伯母より先に寿命が尽きる。


 薬師(くすし)アウェッラーナはまだ六十歳にもならないが、歳の近い兄の漁師アビエースは、そろそろ先が見えて来た老人だ。

 近い将来、彼女に訪れる別れを思うと、クルィーロの胸は痛んだ。


 ……俺だって、もしかしたら……


 力なき民には長命人種が産まれないが、力ある民は統計上、三割程度が長命人種らしい。

 クルィーロもアミエーラもまだ若く、自分がみんなと同じで毎年老いる常命人種か、それとも、老いに置いて逝かれる長命人種か、現時点ではわからない。



 「えっとね、それで、あっちの地元の人と一緒にスヴェート河沿いで魔獣狩りして、いっぱい儲かっちゃったから、お店始めたの」

 「スクートゥム王国の騎士団と一緒に狩りをなさったのですか?」

 スキーヌムが気を取り直して聞いた。

 「民間の人よ。【急降下する(ワシ)】の魔獣退治屋さん、【思考する(フクロウ)】の薬師(くすし)さん、それと、遺跡を調べたいって言う【(あゆ)(トキ)】の学者さん」

 「薬師さんと学者さんも戦える方々なのですか?」

 「そうよ。それなりに鍛えとかないと色々ムリね」

 「それでよ、明日から本土領で魔獣狩りしようと思って来たんだ」

 「あら、お店は?」


 クロエーニィエ店長から見ても驚くことだとわかり、クルィーロはホッとした。


 「閉めて来た。いいじゃねぇか。いつもより半月早いだけだ」

 「ふうん。あなたが決めたんなら、私は別にいいけど、いつもの約束はどうするの?」

 「勿論(もちろん)、行く。今は大陸領に泊まれなさそうだから、宿はこっちで押さえた」

 「一人で行くの?」

 「誘いに来たんだよ」

 素材屋プートニクが、元同僚にニヤリと笑う。


 クロエーニィエ店長は、苦笑して首を振った。

 「ゴメンなさいね。今はホラ、あれだから、今月中は閉めないって決めてるの」

 「じゃ、一人で行ってくらぁ」

 「大丈夫?」

 「宿はこっちだ。毎日、晩メシには戻る。手っ取り早く【飛翔】して屋上に(くく)られてる奴だけ狩ろうと思ってんだ」

 「えっ? 【飛翔】できるんなら、バスとか要らないんじゃ……」

 それまで黙って温香茶を味わっていたレノが、半ば独り言のように驚きを漏らした。

 「速いだろうが。【水晶】は温存してぇ。疲れて途中で落ちたらオワリだぞ?」

 「えっ? あ、あぁ、そうなんですか」


 魔獣と戦う瞬発力と、制御が難しい【飛翔】の術を維持する持久力は別だ。


 「そう言うモンだ。……お前、すっかり守りに入っちまったなぁ」

 レノに頷き、クロエーニィエ店長に目を戻す。

 「今、駆除屋さん絡みのお仕事が立て込んでて忙しいのよ。いつもの約束には行くから」

 「そっか。まぁ、お前が作ったマントと【鎧】がありゃ、括られる程度の雑魚なんざ大したコトねぇだろ」

 「またまたぁ。おだてたって何も出ないわよ。……油断しないでね」

 「おう。忙しいとこ邪魔したな」

 プートニクがお茶を一息に飲んで立ち上がる。

 「私、晩ごはんはいつも獅子屋さんで食べてるから」

 「わかった。ありがとよ」



 郭公(カッコウ)の巣を出て、竜胆(リンドウ)の看板が掛かる名もなき呪符屋へ向かう。

 素材屋プートニクは、通路に並ぶ店を物珍しげに眺め、時折スキーヌムに質問して、のんびり歩く。


 ……確かにこんな調子だと騎士団って言うか、軍隊は窮屈だったろうな。


 「こちらが獅子屋さんです」

 スキーヌムが、きのこを咥えた二匹の魚が円を描く看板を掌で示した。

 定食屋から昼食を仕込む旨そうな匂いが流れ、煉瓦敷きの通路に満ちる。

 「獅子屋?」

 「お店の真ん中に立派な獅子像があります」

 「へぇー……美味いのか?」

 「はい」

 よく知る場所だからか、スキーヌムは弾んだ声で答え、顔も明るい。

 「先に呪符屋へ行って、昼メシここで食って、メシ代が案内代。どうだ?」

 「ありがとうございます」

 道案内の相場がわからない三人に異論などある筈がなかった。



 「へぇー、とっつぁん、いい店構えじゃねぇか」

 素材屋プートニクが呪符屋の戸を開け、一番に入る。

 「いらっしゃいませ」

 ロークの声に迎えられ、クルィーロたちも続いた。

 店番は、顔馴染みの二人に笑顔を向けたが、最後に入ったスキーヌムが、大きな缶に四苦八苦しながら戸を閉めると、表情を消した。


 「レノさん、クルィーロさん、ありがとうございました。スキーヌム君が何かご迷惑をお掛けしませんでしたか?」

 「はははっ。心配性だなぁ。フツーに買物するだけだし、別に何もなかったよ」

 レノがやさしい嘘で笑い飛ばしたが、スキーヌムは萎縮してクルィーロの影に隠れた。


 ……失敗を怖がるの、神学校だけじゃなくて、ローク君も原因か。


 何でも(そつ)なくこなせるロークには、何もかもが不慣れでモタつきがちなスキーヌムが、まどろっこしくて仕方ないのだろう。だが、クルィーロが口を挟めば、却って面倒なコトになる。

 半歩退()がってスキーヌムと並び、その肩を軽く叩いた。

☆呪医セプテントリオーには直系の子孫が居ない……子孫を残せない「0108.癒し手の資格」、家族は内乱中に全滅「467.死地へ赴く者」「685.分家の端くれ」参照

☆南ザカート市を灰にされた……「0182.ザカート隧道」「535.元神官の事情」参照

薬師(くすし)アウェッラーナはまだ六十歳にもならないが、兄の漁師アビエースはそろそろ先が見えて来た老人……「0002.老父を見舞う」「1133.人・物・カネ」「1284.過労で寝込む」参照

☆屋上に括られてる奴……例:平敷「1253.攻撃者の目的」、「1289.諜報員の心得」参照

☆獅子屋さん……「423.食堂の獅子屋」参照

☆スキーヌム君が何かご迷惑/やさしい嘘……「1311.はぐれた少年」「1312.こっそり通信」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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