1314.初めての来店
水路を行く渡し舟では、他愛ない世間話を交わし、四人は何事もなく王都の門を出た。
「四人も一遍に運ぶんじゃ大変だろ。これ使えよ」
素材屋プートニクが、魔力の弱いクルィーロに人差し指程もある【魔力の水晶】を握らせる。
「ありがとうございます。魔力、お借りします」
空の手をレノと繋いで、クルィーロは【水晶】を乗せた掌を差し出した。プートニクの逞しい手が、魔力を湛えた結晶と一緒にその手を握る。【水晶】を介し、術者に魔力が注がれた。
クルィーロはその圧に怯んだ。
……強い……やっぱり、元騎士だもんな。
レノとスキーヌムが手を繋いだのを確認し、ゆっくりと力ある言葉を唱えた。
「鵬程を越え、此地から彼地へ駆ける。
大逵を手繰り、折り重ね、一足に跳ぶ。この身を其処に」
レノと繋いだ手に魔力を行き渡らせると、軽い浮遊感に続いて景色が変わった。
……運べた。
頭では、魔力を借りれば可能だとわかっていても、安堵に太い息を吐く。
魔法の塾をサボってばかりで、開戦前は【跳躍】自体使えなかった。必要に迫られて使えるようになり、今では大人数を運べるようになった。
心地よい疲れを隠し、声に力を籠めて礼を言う。
「これ、ありがとうございました」
「そいつぁ【跳躍】のお代だ」
「えっ? こんなに?」
「いいからとっとけよ。知らねぇとこには跳べねぇんだからよ」
改めて礼を言い、上着のポケットに仕舞う。
今朝も廃港には釣り人たちが竿を並べる。
「ここはどの辺だ?」
「カルダフストヴォー市の西門前です」
「南ヴィエートフィ大橋はあっちです」
クルィーロが答え、レノが指差す。
「あれは確か【跳躍】禁止が掛かってるんだったよな?」
「北の大橋はムリだったんで、こっちもそうだと思います」
クルィーロは、魔獣に追い詰められた時を思い出し、声が微かに震えた。
スキーヌムが恐る恐る付け加える。
「あ、あの、バス代は現金か電子マネーで、物納は受け付けてくれません」
「何ッ? アーテルのカネなんざ、持ってねぇぞ」
素材屋プートニクは本当に知らなかったらしく、目を剥いた。
スキーヌムが蚊の鳴くような声で付け足す。
「えっと、あの……アーテル本土のお店は、みんなそうです」
「昔は大陸領でも普通に物納できたのに……」
何年前の話か知らないが、クルィーロはぶつくさ言う素材屋を促した。
「島で買物して、お釣りを現金でもらえばいいと思いますよ」
「そうだな。どの途、向こうで食う昼メシは買わにゃならん」
素材屋は元気よく西門を潜った。
「先に宿を押えたい。それから、郭公の巣って道具屋。知ってたら案内してくれ。呪符屋は最後だ」
「クロエーニィエ店長さんのお知り合いなのですか?」
スキーヌムが目を丸くして、素材屋プートニクを見上げる。
「あぁ。毎年、十二月から翌年の二月まで、一緒に魔獣狩りしてンだ」
「えぇッ? でも、もう使わないからって騎士の剣、くれましたよ?」
クルィーロも驚いて素材屋を見た。
「そりゃ、遺跡でもっといいのを拾ったからだよ」
「遺跡?」
スキーヌムが、眼鏡の奥で淡い色の瞳を輝かせる。
「続きは郭公の巣に着いてからだ」
四人はカルダフストヴォー市から、地下街チェルノクニージニクに降りた。
「空き、結構あったな」
無事に宿を取れたが、素材屋プートニクは首を捻った。
「ゲンティウス店長が、スクートゥムの行商人が来なくなったって言ってたんで、その分、空いてるんじゃありませんか?」
「何で来なくなったかわかるか?」
「いえ、全然」
クルィーロは、中途半端な情報しか出せないのが歯痒かった。
「現地行った時に直接聞くか」
プートニクの一言で、何となくその話題は終わった。
「あらぁ、珍しい! って言うか、来てくれたの初めてじゃない?」
郭公の巣に入ると、クロエーニィエ店長がパッと笑顔を咲かせた。
素材屋プートニクが苦笑する。
「冬はずっと一緒なのに、何言ってんだ。お前だって俺の店、来ねぇだろ」
「ふふっ、それもそうね。あ……ゴメンなさいね。お買物?」
緩んだ頬を引き締めて、三人に顔を向けた。
「いえ、今日は彼を案内するのが仕事なんで」
「あ、あの、お二人で毎年、湖西地方の遺跡に行かれるのですか?」
スキーヌムがクルィーロの答えに食い込み、特大缶を抱えて前のめりに聞く。
「あら、言ってなかった? 毎年、冬は素材集めに湖西地方へ行くのよ」
「そう言えば去年、貼り紙が……湖西地方には人間の街や村がひとつもないと聞いたことがありますが、そんな長期間、滞在できるのですね」
「まぁ、座って。ゆっくりできるの? ……お茶淹れるわね」
四人がカウンター席に落ち着く。
クロエーニィエは【操水】を唱え、鮮やかな手つきで香草茶を淹れてくれた。逞しい身体を少女趣味なエプロンドレスで包んだおっさんは、縫製だけでなく、お茶を淹れるのも上手い。
「湖西地方って言っても、境界のスヴェート河沿いに西へ行くだけよ」
「だけってそんな……俺だったら生きて帰れませんよ」
「俺も」
クルィーロが苦笑すると、レノも顔を引き攣らせた。
「あら、ゴメンなさいね。でも、あの辺はスクートゥム王国の騎士団が頑張ってるから、そこそこ戦える人なら、最悪、河を南に渡れば何とかなるのよ」
「騎士基準のそこそこって、俺たちじゃどう頑張っても無理じゃないですか」
クルィーロは笑うしかない。
スキーヌムが食いついた。
「何故、敢えて危険を冒すのですか? 行商人から購入すれば安全ですよね?」
「ん? あぁ、騎士辞めた時に生活費どうするってなってな」
「一応、退職手当は出たけど、それだけじゃあね」
「それで、魔獣狩って素材売ろうって声掛けて回ったら、コイツが乗って来たんだよ」
素材屋プートニクが遠い目をして笑う。
……何で他の人は話に乗らなかったんだ?
共和国軍への再就職の方が、安定収入を得られてよかったのだろうか。
「そりゃそうよ。どうせやるなら、高く売れる方がいいから湖西地方へ行こうなんて言ったら、家族が居る人は誰も来ないわ」
クロエーニィエ店長がころころ笑った。
☆【跳躍】禁止が掛かってる……「302.無人の橋頭堡」参照
☆魔獣に追い詰められた時……「299.道を塞ぐ魔獣」~「301.橋の上の一日」参照
☆物納は受け付けてくれません……「426.歴史を伝える」「444.森に舞う魔獣」参照
☆もう使わないからって騎士の剣、くれました……「443.正答なき問い」「851.対抗する武器」参照
☆去年、貼り紙が……「842.アテが外れる」「843.優等生の家出」参照
☆湖西地方には人間の街や村がひとつもない……「0165.固定イメージ」「301.橋の上の一日」「704.特殊部隊捕縛」参照
☆境界のスヴェート河……「0165.固定イメージ」参照
☆騎士辞めた時……「261.身を守る魔法」「447.元騎士の身体」「603.今すべきこと」「753.生贄か英雄か」参照




