1312.こっそり通信
「じゃ、今から三十分後に正門入ってすぐの掲示板に集合」
「わかった」
クルィーロが改めて落ち合う場所を告げると、レノは腕時計で時間を確認し、神殿の建物を飛び出した。参拝の人混みをすり抜け、あっという間に紛れて見えなくなる。
幼馴染を見送ったクルィーロは、神殿入口西端の柱に移動した。上着のポケットからタブレット端末を出す。電源を淹れた瞬間、手の中で震えた。
案の定、スキーヌムだ。
〈クルィーロさん、どこですか?〉
〈僕は祭壇の前です。〉
〈クルィーロさん、今はどの辺りに居ますか?〉
〈団体客に押されて祭壇の広間から出られません。〉
〈クルィーロさん、どこに居ますか?〉
短文のメールが数分置きに送られ、はぐれた切迫感がひしひしと伝わった。
〈ゴメン、今、電源入れた。
神殿の建物出てすぐ、一番西の柱のとこに居る。〉
時間が来たら正門付近に移動する旨を付け加え、出口に向き直る。
〈外だったのですか。すぐ出ます。〉
〈慌てると危ないよ。ゆっくりおいで。〉
返信から十分余り経って、憔悴しきった姿をみつけた。
「おぉーい、こっちこっちー!」
大声で手を振ると、生気を取り戻した少年が人波を縫って駆けてきた。
端末を握りしめてクルィーロを見上げ、何か言おうと唇を震わせるが、涙が溢れて言葉にならない。
「ごめんごめん。手、繋いでればよかったな」
人目も憚らずに泣きじゃくる少年を抱き締め、背をさする。
「そろそろ合流場所に行こうか」
嗚咽が鎮まるのを待って、軽く背を叩いて身を離す。
スキーヌムはハンカチで顔を拭って頷いた。
「それ持ってんの、誰にも内緒なんだろ? 電源切って仕舞っときなよ」
素直に頷いてコートの内ポケットに入れ、マフラーを巻き直す。
まだ震えが治まらない手を握ると、しっかり握り返してクルィーロを見上げた。
「ご迷惑をお掛けしてすみません」
「いいっていいって。油断した俺らも悪いんだ。まさか平日でもこんな混むなんて思わなかったし」
クルィーロが軽い調子で言うと、スキーヌムは泣き腫らした眼に力を籠めて言った。
「ご迷惑ついでと言うのは恐縮ですが、出版社に連絡したいので、少々お時間いただけませんか?」
「えっ? でも、今、あっちってネット……」
「ラニスタ支社からたくさん着信があったので、返信したいのです」
「外国にも支社があるんだ? えっと、じゃあ……君はさっき荷物預けたカフェでお茶して、その間に俺たちは買物して、終わったらカフェに行くよ」
思いがけず「大人の表情」を見せられ、クルィーロは驚きを誤魔化して答えた。
……「小説家」の時はプロの顔になるんだな。
スキーヌムは何度も礼を言い、クルィーロと手を繋いだまま歩きだした。
敷地内も、やけに警備員が目に付く。
……やっぱ、こんだけ参拝が多いと、係の人も大変だよな。
はぐれないよう繋いだ手に力を籠める。
「祭壇から離れる時、お二人と僕の間に団体客が入って、あっと言う間に見失ってしまいました。すみません」
「ついて来てると思い込んで、確認しなかった俺たちが悪いんだから、気にしなくていいよ」
「でも……」
「こうして会えたから、いいんだよ。お互い、次から気を付けような」
スキーヌムは再び「迷子の顔」でクルィーロを見上げる。
「契約がなくても、こんな知らない場所で、君を置き去りになんてしない」
「何故ですか?」
打てば響く勢いで疑問を返された。
「何故って……嫌いじゃない知り合いをわざわざ洒落にならないくらい困らせる奴って、滅多に居ないと思うけど? スキーヌム君だって、別に俺たちを困らせたいなんて思わないだろ?」
クルィーロは、どんな顔をすればいいかわからず、半笑いで答える。
保護直後の迷子は、再び目に涙を溜めて貝のように黙った。
「クルィーローッ!」
正門の近くまで行くと、レノと警備員が走って来た。
「祭壇の広間ではぐれて、俺たちがまだ居ると思って捜してたんだって」
「よかった……ホントによかった」
「水の縁が繋がりましたね。それではお気をつけて」
警備員が笑顔で言ってレノから離れ、端末をつつく。
「ありがとうございました!」
「いえいえ、合流できてよかったですね。本部に合流の連絡とお礼の伝言をしました」
警備員が同僚の方へ駆けてゆく。レノは小さくなる後ろ姿に何度も礼を言った。
「警備員さんが捜すの手伝ってくれてたんだ」
「ご迷惑をお掛けしてすみません」
スキーヌムが大人びた表情で詫びる。
レノは顔の前で両手を振った。
「あー、いいよいいよ。俺たちだって、こんな混んでるのにちゃんと気を付けてなかったんだし、敢えて言うなら、お互い様だな」
「お互い様……」
「初めての場所で心細かったろ? 目を離してゴメンな」
迷子の目から再び涙が溢れ、言葉が出なくなる。
「ちょっと休憩しよう。さっき荷物預けたカフェでいいよな?」
クルィーロはさりげなく誘導した。
鎮花茶をティーポットで注文する。
クルィーロはロッカーから荷物を出し、スキーヌムの隣に特大クッキー缶を座らせてレノの肩を叩いた。
「そろそろ日が暮れるし、俺らは今の内にちゃっちゃと買物しよう」
「でも……」
レノがお茶を待つスキーヌムに視線を向ける。
「スキーヌム君、疲れてるよな? 俺らが戻るまで、お茶して待っててくれないか?」
「はい。あの、一人でも大丈夫です。お二人が戻られるまで、絶対ここを動きません」
お茶の時間を過ぎたカフェは客が疎らで、のんびりした時間が流れる。
「宿屋はネットで仮押さえしといた。四人部屋に三人で泊まるけど、いい?」
「俺は別に何でもいいよ」
「何から何まですみません」
「いいっていいって。……じゃ、急ごう」
スキーヌムを案じるレノの腕を引き、日が傾きかけた王都の道を魔法薬専門の素材屋へ急いだ。
☆それ持ってんの、誰にも内緒……「1123.覆面作家の顔」参照
☆さっき荷物預けたカフェ……「1307.すべて等しい」参照




