1311.はぐれた少年
レノは、焦りと後悔で胸を焼き焦がされながら人混みを見回した。
参拝客の群にあの淡い色の髪を捜すが、小柄な元神学生は見当たらない。
クルィーロがのんびりと諦めを口にする。
「人多いし、初めてで物珍しくて、ずっとキョロキョロしてたし、仕方ないよ」
「仕方ないって、おいッ!」
レノは思わず声を荒げてしまい、慌てて口を押さえた。
「置いて帰ったりするもんか。ただ、やたら焦って俺たちまで迷子になったら、もっと困るだろ?」
ひとつ年上の幼馴染は、神殿の通路に視線を巡らせながら言った。
混雑する通路では、人の流れに逆らうどころか、立ち止まることさえできない。
……大声で名前呼ぶのはマズいよな。
スキーヌムは、アーテル本土の出身だ。
キルクルス教徒ばかりの彼の地では、呼称を付ける習慣はないだろう。魔法使いが大半を占めるここで、真名を大声で連呼するのは憚られた。
……呼称がないのって不便だよな。
スキーヌムがレノたちを呼んでくれればいいのだが、どんなに耳を澄ませても、参拝客のお喋りの中にあの少年の細い声は聞こえなかった。
「取敢えず、俺は神殿の出口辺りで捜すよ。先に出たかもしれないから、レノは敷地内を見て回って……時計持ってる?」
「うん」
「じゃ、みつかってもみつからなくても、三十分後に神殿の正門入ってすぐの掲示板とこで集合。いい?」
「わかった」
二人は人波に揉まれながら、視線だけでスキーヌムの姿を求めたが、みつからなかった。
……こんなコトなら、ずっと手を繋いでればよかった。
流石にそこまで子供扱いするのはどうかと思い、励ます時に少し触れるだけに留めてしまった。
スキーヌムは【跳躍】などの帰る手段を持たない。
初めての土地で、知り合いも居ない。
今夜の宿も未定だ。
はぐれた時の集合場所を事前に決めなかったのが、悔やまれてならなかった。
彼にとって心当たりの場所は、先程の素材屋と荷物を預けたカフェだけだ。どちらもこの神殿の近くだが、道順がわかるだろうか。
レノは、スキーヌムの心細さを思うと居ても立っても居られなかった。
神殿から出る列は、遅々として進まない。
……俺たちを捜して通路をウロウロしてるとか?
「一方通行です。通路では前のお方に続いて一方通行でお願いします」
「立止まると大変危険です。前のお方に続いてゆっくり進んで下さい」
通路にぎっしり詰まる人々は神官と警備員の誘導に従い、誰一人として振り返らず、足を止めない。
ここで急に止まれば、群衆雪崩を引き起こしかねなかった。
「じゃ、今から三十分後に正門入ってすぐの掲示板に集合」
「わかった」
レノは、高校の入学祝で両親にもらった腕時計をチラリと見て、出口で緩む人の塊から抜け出した。
訪れたばかりの者は真っ直ぐ神殿へ向かうが、参拝を終えた者たちは三々五々と散り、敷地内の大樹の見物や都の散策へ繰り出す。
……うっかり知らない人と手を繋いで、どっか連れてかれたりとか? いやいやいや、あんな人ぎっしりでそんな遠くへ行けるワケない。
レノは、いつ、どこまでスキーヌムと一緒だったか思い返した。
祭壇の広間で【魔力の水晶】を捧げた時は、確実に一緒だった。
後ろに並んだ老人にせっつかれ、慌てて出口方面へ向かった。クルィーロが傍に居たから、てっきりスキーヌムも一緒だと思い込んでしまった。
クルィーロも、レノをみつけてすぐ動いた。
二人とも、相手がスキーヌムを見ているだろうと確認しなかったのだ。
後から後から後悔が押し寄せ、走ったワケでもないのに動悸が激しくなる。
……さっきは何で大丈夫だと思ったんだ?
自分でも、自分の楽観的な判断の根拠がわからない。
これがティスなら、繋いだ手を絶対に離しはしなかった。
コトが起こった今なら、自分の行動の問題点が次々みつかる。
……高校生ったって、神学校の外には滅多に出ないって、ローク君が報告書に書いてくれてたのに。
恐らく、こんな人混みも初めてだったのではないか。
人熱れで気分が悪くなっても、レノたちに遠慮して言えなかったかもしれない。
……どこかで倒れて、踏まれて声も出せないなんてコト、ないよな?
いや、そんな事故があれば、踏んだ者が気付いて神官に助けを求める。
次々と悪い予想が現れては消えた。
神殿の敷地内は、神官と誘導の警備員の他、「案内」の腕章を着けたボランティアも居る。大樹の下で、参拝客相手に神話やここに巨木が植樹された経緯などを語る姿が、そこかしこで見られた。
「あの、連れとはぐれてしまって、陸の民の男の子、見ませんでしたか?」
「どんな子ですか?」
「えっと、高校生で、俺より頭ひとつ分くらい背が低くて、淡い金髪で、力なき民なんで、ふわふわのマフラー巻いてます」
手隙の者たちに片っ端から声を掛けて回る。
「私は持ち場を離れられませんので」
警備員が、タブレット端末で応援を呼んでくれた。
到着した警備員に改めて特徴を伝える。
「何か、オオゴトになっちゃってすみません」
「いえ、よくあることですから、お気になさらず。水の縁が繋がってすぐ会えますよ」
レノは二年近く会えない母を思い出し、涙を堪えて礼を言った。
※ はぐれた時の集合場所を事前に決め……集合場所を決めた例「0021.パン屋の息子」→数日後に合流できた「0050.ふたつの家族」参照
☆祭壇の広間で【魔力の水晶】を捧げた時……「1309.魔力を捧げる」参照




