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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十五章 探訪

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1310.生情報の爆弾

 ロークとクラウストラは、夕飯前にアーテル共和国本土から戻った。

 「えっ? スキーヌム君、王都に行ったんですか?」

 「行商人が来なくなって、素材がギリギリだからな。他は王都のその店しか扱わねぇんだ」

 アルバイトの驚きに答えたゲンティウス店長は、心なしか面白そうだ。


 カウンター席でロークの端末をつつきながら、運び屋フィアールカが薄く笑う。

 「なぁに? あのコが王都に行くと何か都合悪いコトでもあるの?」

 「俺の方は別に何も。でも、スキーヌム君は……まだ、信仰に心を残してるみたいなんで、フラクシヌス教の聖地に行くの、辛いんじゃないかと思って……」

 「心配?」

 「流石にもう、お使いくらいできるでしょうから、心配って程じゃありま……あれっ?」

 「どうした?」

 ゲンティウス店長が、完成した呪符を棚に仕舞う手を止めて振り向く。


 「フィアールカさんが居るってコトは、スキーヌム君、今、一人で王都に?」

 「前に十日程手伝ってくれたクルィーロ君に連れてってもらった。一緒に彼らの用もこなして、明日、送ってくれる手筈だ」

 「えッ、あ、あぁ、そうなんですか」


 ロークは、この間の一件を思い出した。

 あの不味い紅茶に怒らなかった彼なら、スキーヌムが買物でもたついても苛立ったりしないだろう。


 ……あの余裕、歳の離れた妹さんが居るからなのかな?


 アマナは、ロークの目から見てもかなりしっかりした子だ。

 恐らく、スキーヌムよりずっと「社会人」としての経験は上だろう。開戦前は家の手伝いをしていたらしく、小学生ながらも家事ができる。

 移動販売店の仕事や、あのお屋敷での魔法薬作りの手伝いも、レノ店長や薬師(くすし)アウェッラーナに少し教えられただけで、すぐできるようになった。


 ……スキーヌム君とアマナちゃん、頭の良さの方向性が違うのかな?


 クルィーロの性格なら、スキーヌムのトロさに嫌気が差して置き去りにする心配はない。

 スキーヌムが王都の人混みで迷子になりさえしなければ、無事に店へ送り届けてくれる。



 「帰って早々ですまんが、店番頼む」

 「はい」

 商品を片付け終えた店長は、呪符を作る作業部屋に引っ込んだ。

 代わりにロークがカウンターに入り、クラウストラにお茶を淹れる。

 「ネットが繋がらないから、今回の画像と音声データ、端末預かって回収させてもらうけど、いい?」

 「はい。大丈夫です。それと、これ、現地の新聞です」

 一部だけ買えた朝刊を鞄から出して渡す。

 「魔獣被害の件と、力なき民でもできる対策特集がありました。それに押されたみたいで、選挙の扱いは小さいです」

 「そう。ありがと。次来る時、新しい報告書を入れて返すわね」

 「お願いします」


 フィアールカはロークのタブレット端末をバッグに片付け、呪符屋のカウンターに新聞を広げた。

 アーテル本土で最も発行部数が多い星光新聞だ。フラクシヌス教の元神官は、題字の上にキルクルス教の聖印が印刷された新聞を気にせず(めく)る。


 「あぁ、一カ月分のまとめが出たのね」

 魔獣による死傷者数の一覧だ。

 遺体があれば、歯型の照合などから身元を特定できるが、髪の毛一本残さず食べられた場合は「行方不明」で、この統計には載らない。


 掲載されたのは警察や役所に届出があった件だけだ。

 例えば、近所に友人知人が居らず、仕事や身寄り、近所付合いもない独居老人などが捕食されても、すぐにはその不在に気付かれないだろう。


 「動揺を防ぐ為、過少に発表した可能性があります。そちらは現在、別の同志が作業中です」

 「ネットワークに潜り込めなくても、調べが付くのね?」

 フィアールカが紙面から顔を上げ、クラウストラに確認する。

 口調が変わっただけで、高校生くらいの黒髪の少女の姿は同じだが、まるで別人に見えた。


 「ハッカーとは別の同志が動いています」

 「そう。あんまり無理しないように伝えてくれないかしら?」

 「機会がありましたら」


 ……どんな人脈なんだ?


 「えぇっと、それと住宅街の教会三箇所で時間帯を変えて、レフレクシオ司祭の礼拝の内容を少し流してきました」

 ロークとクラウストラは、昼の礼拝直前、直後、夕べの祈りの直前に別の教会で同じ話を繰り返した。

 三回とも【化粧】の首飾りを付け替えて別人の顔で行い、「何人もの高校生が同じ疑問を抱いた」状況を作って来た。


 どの教会でも、司祭は狼狽えるだけで、二人の話を止められなかった。


 「インターネットが繋がらないから、どの程度の拡散効果があるかわかりませんけど」

 「口コミ効果、今の方が高いんじゃないの?」

 ロークが自信のなさに声を小さくすると、運び屋から意外な声が上がった。

 「どうしてですか?」

 「ネットが使える時でも、役所とかが都合の悪い話は削除してたでしょ?」

 「それなら、前と同じくらいじゃありませんか?」


 ロークが首を(ひね)ると、クラウストラが呆れた声で言った。

 「えっ? わかっててやってると思ったんだけど」

 「少しずつでも広めて、信仰に疑問を抱いてくれればとは思いましたけど」

 「今はネットが繋がらないでしょ? アプリのゲームとか動画や音楽のストリーミング配信、他にもなんやかんや、無料で楽しめる娯楽が使えないし、情報収集もアナログな手段しかないから、口コミが広まりやすくなってんの」

 クラウストラが、小さい子に言い聞かせる声音で説明し、言葉を切る。


 ロークが無言で頷いてみせると、運び屋フィアールカが続けた。

 「でも、新聞やラジオなんかのマスメディアは、政府の検閲が入ってるから、みんな確度なんてお構いなしで、生の情報を欲しがってるのよ」

 「あっ……口コミは削除って言うか、取消すの難しいですもんね」

 ロークもやっと気付いた。


 人々が求める「答え」の断片を投げれば、インフルエンザのように変異を繰返しながら、爆発的な速度で広まることに――

☆前に十日程手伝ってくれたクルィーロ君……バイト中「518.いつもと違う」~「520.事情通の情報」、報酬の支払い「533.身を守る手段」参照

☆この間の一件/あの不味い紅茶に怒らなかった彼……「1224.分担して収集」「1225.ラジオの情報」参照

☆移動販売店の仕事……「217.モールニヤ市」「218.移動販売の歌」参照

☆あのお屋敷での魔法薬作りの手伝い……「250.薬を作る人々」参照

☆現地の新聞……「1294.フツーに仕事」参照

☆レフレクシオ司祭の礼拝の内容を少し流してきました……「1295.住宅街で聞く」「1296.虚実織り交ぜ」参照


 ▼キルクルス教の聖印

 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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