1310.生情報の爆弾
ロークとクラウストラは、夕飯前にアーテル共和国本土から戻った。
「えっ? スキーヌム君、王都に行ったんですか?」
「行商人が来なくなって、素材がギリギリだからな。他は王都のその店しか扱わねぇんだ」
アルバイトの驚きに答えたゲンティウス店長は、心なしか面白そうだ。
カウンター席でロークの端末をつつきながら、運び屋フィアールカが薄く笑う。
「なぁに? あのコが王都に行くと何か都合悪いコトでもあるの?」
「俺の方は別に何も。でも、スキーヌム君は……まだ、信仰に心を残してるみたいなんで、フラクシヌス教の聖地に行くの、辛いんじゃないかと思って……」
「心配?」
「流石にもう、お使いくらいできるでしょうから、心配って程じゃありま……あれっ?」
「どうした?」
ゲンティウス店長が、完成した呪符を棚に仕舞う手を止めて振り向く。
「フィアールカさんが居るってコトは、スキーヌム君、今、一人で王都に?」
「前に十日程手伝ってくれたクルィーロ君に連れてってもらった。一緒に彼らの用もこなして、明日、送ってくれる手筈だ」
「えッ、あ、あぁ、そうなんですか」
ロークは、この間の一件を思い出した。
あの不味い紅茶に怒らなかった彼なら、スキーヌムが買物でもたついても苛立ったりしないだろう。
……あの余裕、歳の離れた妹さんが居るからなのかな?
アマナは、ロークの目から見てもかなりしっかりした子だ。
恐らく、スキーヌムよりずっと「社会人」としての経験は上だろう。開戦前は家の手伝いをしていたらしく、小学生ながらも家事ができる。
移動販売店の仕事や、あのお屋敷での魔法薬作りの手伝いも、レノ店長や薬師アウェッラーナに少し教えられただけで、すぐできるようになった。
……スキーヌム君とアマナちゃん、頭の良さの方向性が違うのかな?
クルィーロの性格なら、スキーヌムのトロさに嫌気が差して置き去りにする心配はない。
スキーヌムが王都の人混みで迷子になりさえしなければ、無事に店へ送り届けてくれる。
「帰って早々ですまんが、店番頼む」
「はい」
商品を片付け終えた店長は、呪符を作る作業部屋に引っ込んだ。
代わりにロークがカウンターに入り、クラウストラにお茶を淹れる。
「ネットが繋がらないから、今回の画像と音声データ、端末預かって回収させてもらうけど、いい?」
「はい。大丈夫です。それと、これ、現地の新聞です」
一部だけ買えた朝刊を鞄から出して渡す。
「魔獣被害の件と、力なき民でもできる対策特集がありました。それに押されたみたいで、選挙の扱いは小さいです」
「そう。ありがと。次来る時、新しい報告書を入れて返すわね」
「お願いします」
フィアールカはロークのタブレット端末をバッグに片付け、呪符屋のカウンターに新聞を広げた。
アーテル本土で最も発行部数が多い星光新聞だ。フラクシヌス教の元神官は、題字の上にキルクルス教の聖印が印刷された新聞を気にせず捲る。
「あぁ、一カ月分のまとめが出たのね」
魔獣による死傷者数の一覧だ。
遺体があれば、歯型の照合などから身元を特定できるが、髪の毛一本残さず食べられた場合は「行方不明」で、この統計には載らない。
掲載されたのは警察や役所に届出があった件だけだ。
例えば、近所に友人知人が居らず、仕事や身寄り、近所付合いもない独居老人などが捕食されても、すぐにはその不在に気付かれないだろう。
「動揺を防ぐ為、過少に発表した可能性があります。そちらは現在、別の同志が作業中です」
「ネットワークに潜り込めなくても、調べが付くのね?」
フィアールカが紙面から顔を上げ、クラウストラに確認する。
口調が変わっただけで、高校生くらいの黒髪の少女の姿は同じだが、まるで別人に見えた。
「ハッカーとは別の同志が動いています」
「そう。あんまり無理しないように伝えてくれないかしら?」
「機会がありましたら」
……どんな人脈なんだ?
「えぇっと、それと住宅街の教会三箇所で時間帯を変えて、レフレクシオ司祭の礼拝の内容を少し流してきました」
ロークとクラウストラは、昼の礼拝直前、直後、夕べの祈りの直前に別の教会で同じ話を繰り返した。
三回とも【化粧】の首飾りを付け替えて別人の顔で行い、「何人もの高校生が同じ疑問を抱いた」状況を作って来た。
どの教会でも、司祭は狼狽えるだけで、二人の話を止められなかった。
「インターネットが繋がらないから、どの程度の拡散効果があるかわかりませんけど」
「口コミ効果、今の方が高いんじゃないの?」
ロークが自信のなさに声を小さくすると、運び屋から意外な声が上がった。
「どうしてですか?」
「ネットが使える時でも、役所とかが都合の悪い話は削除してたでしょ?」
「それなら、前と同じくらいじゃありませんか?」
ロークが首を捻ると、クラウストラが呆れた声で言った。
「えっ? わかっててやってると思ったんだけど」
「少しずつでも広めて、信仰に疑問を抱いてくれればとは思いましたけど」
「今はネットが繋がらないでしょ? アプリのゲームとか動画や音楽のストリーミング配信、他にもなんやかんや、無料で楽しめる娯楽が使えないし、情報収集もアナログな手段しかないから、口コミが広まりやすくなってんの」
クラウストラが、小さい子に言い聞かせる声音で説明し、言葉を切る。
ロークが無言で頷いてみせると、運び屋フィアールカが続けた。
「でも、新聞やラジオなんかのマスメディアは、政府の検閲が入ってるから、みんな確度なんてお構いなしで、生の情報を欲しがってるのよ」
「あっ……口コミは削除って言うか、取消すの難しいですもんね」
ロークもやっと気付いた。
人々が求める「答え」の断片を投げれば、インフルエンザのように変異を繰返しながら、爆発的な速度で広まることに――




