1306.自助の増強を
「寄付や支援頼みばかりでは、却って自立の妨げになり、帰還の意思がある方々も帰れなくなってしまいます」
実業家であるマリャーナの意見は、いつになく厳しい。
「まず、その調査用紙の配布に関しても、どこでどう配れば、“難民キャンプの外で暮らすネモラリス人”に行き渡るのでしょう?」
尤もな疑問を呈され、両輪の軸党のアサコール党首とモルコーヴ議員が顔を見合わせる。
無所属のラクエウス議員が、白い眉を下げて言った。
「儂らキルクルス教徒は、毎週日曜には教会へ行き、礼拝を行います。フラクシヌス教団や信徒会“ラキュスの岸辺”を通じて配布していただけましたら、行き渡るのではありませんかな?」
「残念ながら、我々フラクシヌス教徒は、冠婚葬祭や巡礼くらいしか神殿に参拝しないのですよ」
「何と……」
「私たち岩山の神スツラーシ様の信者は山に、主神フラクシヌス様の信者は秦皮や樫の木に、湖の女神パニセア・ユニ・フローラ様の信者はラキュス湖に祈りを捧げますので」
老議員は、アサコール党首の答えに口を閉ざし、マリャーナを見遣った。
この日、会議室として使った部屋には、家主であるマリャーナの他、亡命議員のアサコール党首、モルコーヴ議員、ラクエウス議員、真実を探す旅人ファーキル、情報ゲリラのラゾールニクが顔を揃えた。
「真実を探す旅人アカウントの動画、今月の広告収入も全部、医薬品代に注ぎこんじゃったんですよね」
ファーキルはタブレット端末を小突いて溜め息を吐くしかなかった。
公開から一年以上経った今、移動販売店プラエテルミッサのみんなが歌った「みんなで歌おう」「パンを届けよう」「この大空をみつめて」の各動画は、全盛期の千分の一にまでアクセスが落ち込んだ。
ラクエウス議員とアサコール党首による告発動画も、ニュースの旬が過ぎてからは閑古鳥だ。
代わりにニプトラ・ネウマエや他のプロ、合唱団、難民自身など様々な歌い手による「すべて ひとしい ひとつの花」と「この大空をみつめて」の動画を公開して、拡散も行うが、捗々しくない。
アミトスチグマ王国へ逃れて「平和の花束」としてアイドル活動を再開した瞬く星っ娘の四人も、「国民健康体操」や「すべて ひとしい ひとつの花」を使ったプロモーション、新曲「真の教えを」などの動画による梃子入れ、ラジオ特番「花の約束」の公式黙認転載動画、各地の慈善コンサート動画の公開など、新たな視聴者の取り込みと情報の拡散を同時進行で行うが、全盛期のアクセス数には遠く及ばなかった。
バルバツム連邦など、キルクルス教圏諸国からのアクセスが増えたのは、元・瞬く星っ娘のファンだろう。
「アルキオーネさんたちのファンは中高生が中心で、クレジットカードを持ってない人が多いですし、大人でも若くて経済力が弱い人が多いんで、アクセスは伸びても、なかなか寄附に繋がらないんですよね」
「でも、視聴者が増えればその分、広告収入も増えるのですよね?」
モルコーヴ議員には頷いてみせたが、その収入も大幅に落ち込んだ。
「難民になったネモラリス人は、アミトスチグマとラクリマリスだけでなく、少数ながら、他の周辺国にも流れました。あなた方の力だけで支える時期は、もう終わったのです」
マリャーナの宣言に五人は無言で俯いた。
「難民キャンプに関しては、国連やNGOなどの手が入り、森林内での自給自足も少しずつ上向いてきました」
「開戦二年目か何かの節目でアンケートしてもらえないか、シレンティウム記者に持ち掛けてみます」
ラゾールニクが、偽造記者証を手中で弄んで言う。
マリャーナは一応、頷いてくれたが、なんとも渋い顔だ。
「湖南経済新聞社も、既に何らかの特集記事の用意はあるでしょう。準備や人員の手配に時間が掛かるでしょうから、なるべく急いだ方がよろしいでしょう」
「後は、フィアールカさん経由でフラクシヌス教団と、先日、連絡先を交換したボランティア団体を通じて……と言うことになりましょうな」
ラクエウス議員が皺深い額を手で押さえて呻く。
モルコーヴ議員は、アサコール党首の端末を見て小さく首を振った。
「もうすぐ、冬が来ます。難民キャンプの方々は冬仕度で忙しく、余剰の食糧はございませんので、それらの団体に直接協力するのは難しいでしょう」
「えぇ。それは重々承知致しております。難民キャンプの方々に無理を強いるつもりはございません」
総合商社パルンビナ株式会社の役員会で何があったのか、マリャーナの顔は冴えない。
「湖底ケーブル切断の件で、ラクリマリス王家による湖上封鎖解除が、更に遠のきました」
「企業活動への悪影響も長引きますな」
ラクエウス議員が申し訳なさそうに首を竦める。
「我が国へ逃れたネモラリスの方々は、現在も大半がインターネットの接続環境をお持ちでないでしょうから、なるべく経費を掛けずに就労支援を行うにも、限度があります」
タブレット端末がなければ就職活動に必要な連絡ができず、そもそも求人情報が手に入り難い。パソコンが扱えないのでは、就業可能な職種が大きく制限されてしまう。
「だよな。求職者がアクセスできないんじゃ、事業所側への働き掛けくらいしかできないもんな」
ラゾールニクが端末を小突く。
「アミトスチグマで既存の事業所で働こうとすると、地元民の雇用を圧迫するって反発喰らうから、怖くて職安にも行けないと来たもんだ」
ファーキルはぐうの音も出ず、俯いた。
今夏、薬師アウェッラーナとパドールリクから職安の様子は聞いたが、ロクな対策を打てなかったのだ。
ファーキルが良かれと思って拡散した就職情報は、犯罪の片棒を担ぐ仕事で、そうとは知らず働いた難民が警察に捕まった。
昨夜は、遅くまで話し合った割に誰からも名案が出ず、会議はひとまずお開きになった。
☆フラクシヌス教徒は、冠婚葬祭や巡礼くらいしか神殿に参拝しない……「432.人集めの仕組」「619.心からの祈り」「669.預かった手紙」「1041.治安と買い物」参照
☆今月の広告収入も全部、医薬品代に注ぎこんじゃった……昨年末からずっと「863.武器を手放す」「863.武器を手放す」参照
※ 防犯上、基本的にすぐ使い切る……「1114.バザーの出店」参照
☆移動販売店プラエテルミッサのみんなが歌った「みんなで歌おう」「パンを届けよう」「この大空をみつめて」の各動画……「290.平和を謳う声」「291.歌を広める者」「1181.事前確認の席」参照
☆ラクエウス議員とアサコール党首による告発動画……「496.動画での告発」「497.協力の呼掛け」参照
☆ニプトラ・ネウマエや(中略)「すべて ひとしい ひとつの花」と「この大空をみつめて」の動画……「813.新しい年の光」「1005.初めての樫祭」など参照
☆「国民健康体操」を使ったプロモーション……「567.体操着の調達」参照
☆「すべて ひとしい ひとつの花」を使ったプロモーション……「515.アイドルたち」~「517.PV案を出す」参照
☆ラジオ特番「花の約束」
第一回放送……「1014.あの歌手たち」~「1018.星道記を歌う」参照
第二回放送……「1149.一時間の番組」~「1151.知るきっかけ」「1153.繋がった記憶」~「1155.半人前の扱い」参照
☆シレンティウム記者……「692.手に渡る情報」「1043.アーテルの歪」「1044.歴史を見直す」「1231.すれ違う文武」参照
☆連絡先を交換したボランティア団体……「1282.支援の報告会」「1283.網から漏れる」参照
☆湖底ケーブル切断の件……「1218.通信網の破壊」~「1222.水底を流れる」「1223.繋がらない日」~「1225.ラジオの情報」参照
☆地元民の雇用を圧迫するって反発喰らう……「1186.難民支援窓口」参照
☆拡散した就職情報は、犯罪の方棒を担ぐ仕事……「1187.紛れ込む犯罪」「1188.繰り返す悪事」参照




