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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第七章 印歴二一九一年二月七日

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0134.山道に降る雨

 今日は、朝から曇りだ。

 霧に日を遮られ、夜が明けても雑妖がうろつく。

 針子のアミエーラは、昨日よりも慎重に道を確かめながら、山道を歩いた。


 水を一瓶飲み干し、荷物が少し軽くなった。負担が減った分、不安が増す。

 飲料水が尽きる前に、街へ降りられるのか。

 歩きながら、幼いあの日のことを思い出す。


 ……そう言えば、「鉱毒があるから、山の湧き水は飲んじゃいけない」って、お祖母ちゃんが。


 挿絵(By みてみん)


 昼少し前にやっと、ゼルノー市のピスチャーニク区へ降りる分かれ道に出た。

 大荷物を持った歩き慣れない身では、隣の地区に出るだけでも丸一日掛かってしまった。


 道標(みちしるべ)の横に立ち、北を見る。

 薄らいだ霧と木立の間に見えたのは、一面の焦土だ。この分では、ニェフリート河に架かる橋も無事ではないかもしれない。


 そのまた隣のゾーラタ区沿いに流れるニェフリート河を越えれば、クルブニーカ市だ。薄くなったとは言え、霧のせいでそんなに遠くまでは見通せなかった。

 アミエーラは震える足を叱咤し、曲がりくねった山道を西のクルブニーカ市へと急いだ。


 挿絵(By みてみん)


 悪いことは重なるもので、ポツリポツリと雨が降ってきた。

 すっかり葉を落とした木々は、雨を遮ってくれない。

 雨脚は強くないが、アミエーラの手元には雨を防ぐ物が何もなかった。


 ……どこか、雨宿りできるところ。


 とにかく、前へ進むしかない。

 雨の中では食事もできず、歩き続ける。

 次第に雨脚が強まり、コートが重くなってきた。吐息が白く立ち昇る。コートの魔法【耐寒】で、寒さに(さいな)まれないことだけが救いだ。


 道の両脇を濁った霧が流れる。

 いや、雑妖だ。

 雨とは言え、流石に日中は弱るのか、汚らしい霧となって風に揺らめく。



 日が傾きかける頃、小屋に辿り着いた。

 周囲は木が伐られ、作業場として開ける。切り株から伸びる孫生(ひこばえ)は、アミエーラの身長より高かった。


 作業場には淡い雑妖がうっすら広がる。

 アミエーラが意を決して一歩踏み込むと、汚らしい霧の塊が道を開けた。【魔除け】に蹴散らされ、足を進めた分だけ、山道から戸口まで明るい通路ができる。


 色褪(いろあ)せたペンキは、辛うじて「林業組合」と読めた。

 「ごめん下さい」

 小声で言ってノブに手を掛ける。鍵は掛かっていなかった。そっと中に入る。


 いつから放置されたのか、天井が半分落ちて雨が降り込む。落ちた屋根はすっかり土に還り、床には落ち葉が積もるが、雑妖の姿はなかった。

 アミエーラは朽ちた小屋でも安堵した。


 雨宿りできる。

 雑妖が居ない。


 一部屋きりの小屋は、中央に炉が切ってあり、灰と炭の欠片も残る。

 入口脇に短い(ほうき)とチリトリが落ちていた。

 壁には、錆びた鎌と(のこぎり)(なた)が三丁ずつ掛かる。


 アミエーラは、穂のすり減った箒で落ち葉を掃き集めた。乾いた所だけを掃くが、思った以上に埃も多い。

 驚いた蜘蛛が逃げ惑う。


 落ち葉を()けると、部屋の隅から【魔除け】の敷石と同じ物が出て来た。雨の当たる場所は掃かなかったが、四隅にあるのだろう。

 ホッとして荷物を下ろす。

 一カ所に集めた落ち葉から小枝を拾い集めた。


 ……薪になりそうなのは、これだけしかないのね。


 炉に落ち葉を山盛りにし、上から小枝を少し乗せた。

 乾いた場所から手を伸ばし、届く範囲から濡れた小枝も拾う。こちらは、周囲の灰に突き刺した。


 リュックのポケットからマッチを取り出す。リュックは単なる厚手の布なのに全く濡れていない。中も無事だ。


 ……これも、何かの魔法なのかな?


 タオルで身体を拭いて着替え、濡れた衣服をリュックに引っ掛けた。

 新しい肌着の上にコートを羽織り、前を広げて焚火にかざす。

 コートの前や肩はずぶ濡れだが、背中はリュックのお蔭で乾いていた。それに、冷たくない。


 ……魔法って不思議。


 少しずつ落ち葉を足して服を乾かす。落ち葉が燃え尽きる前に何とか着られるくらい乾いた。

 乾いた服を身に着け、コートを羽織り直す。


 ……あ、そうだ。


 リュックから空き瓶を出し、雨を溜める。

 鉱毒で汚染された湧き水より、雨水の方がずっと安全だ。自治区ではいつも、こうして雨を集めた。


 見上げると、分厚い雲が天を覆い、雨は止みそうもない。


 小鍋に水と塩を少し入れ、乾物の野菜を煮る。

 最後の枯葉一掴みを()べ、湯が湧くのを待つ。


 ……ダメね。こんなことなら、雨が降る前に薪を拾っとくんだった。


 暖を取り、雑妖を退(しりぞ)ける為に一晩中、火を焚く必要がないのは幸いだ。

 コートの【耐寒】と、服やお守り袋、小屋の【魔除け】で守られる。

 そうでなければ、とっくに凍え死んだだろう。

 アミエーラは自分の迂闊さを戒め、静かに焚火を見守った。


 食事を終える頃には、乾かした小枝も尽き、火が消えた。


 小屋はすっかり暗くなり、何もできなくなった。

 雨音以外、何の物音もないのが却って不気味だ。


 店長がくれた懐中電灯を使えば明るくなるが、特にすることもないのに()けるのは、勿体(もったい)ない気がする。


 アミエーラは、焚火の暖気が消えない内に横になり、目を閉じた。

 雨の山道を歩き続けた疲れのせいか、泥沼のような眠りに沈んだ。

☆幼いあの日のこと……「0101.赤い花の並木」参照

☆ニェフリート河に架かる橋も無事ではない……「0072.夜明けの湖岸」「0094.展開しない軍」参照

☆リュックは単なる厚手の布……「0074.初めての作業」「0080.針子の取り分」「0081.製品引き渡し」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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