1304.もらえるもの
「俺が聞いたのは、魔獣を閉じ込めた屋上の話です」
「詳しく聞いたのか?」
素材屋プートニクが匙を置いて、向かいに座るレノを見詰める。
「その人が確認しただけでも、八十箇所以上あって、通信設備の復旧工事を邪魔したい誰かが、召喚して固定したんじゃないかって言ってました」
レノがスープをかき混ぜながら言う。木の深皿でキノコと角切りのニンジンがくるくる踊った。
つい先日、移動放送局のトラックで、ジョールチたちと一緒に報告書を読んだばかりだ。
クルィーロは、インターネットに接続できる場所へ行く度にタブレット端末で最新版をダウンロードして持ち帰る。大人たちが画面を囲み、放送用に要点を紙にまとめる作業をするのだ。
「屋上で復旧工事? 湖底ケーブルが切れただけじゃねぇのか?」
素材屋プートニクが食いついた。
「アーテル本土のあちこちで爆発があって、電柱が折れて停電も大変って……」
「屋上のは術で括られてて、近付きさえしなきゃ安全だから、取敢えず街をウロつくのを先にやっつけてるみたいなコト聞きましたよ」
「屋上の何とか基地ってなぁ、直さなくていいのか?」
レノに続いてクルィーロが言うと、素材屋プートニクは首を傾げながら温野菜を口に入れた。
スキーヌムはフォークを手に取っただけで、料理に手を付けない。
スープを啜るレノに代わってクルィーロが答える。
「そこ修理しても、大元の湖底ケーブルと通信衛星アンテナ基地が復旧しないことには、繋がらないからですよ」
「兄さん、何でそんなコトまで知ってんだ?」
「通信事業者の公式サイトの発表を見ただけですよ」
クルィーロが苦笑すると、素材屋プートニクは神妙な面持ちで頷き、フォークで焼魚の身を外した。
「そろそろ俺も、それ持った方がいいかもしれんな……小僧、とっとと食えよ。冷めちまうだろ」
「は、はいッ!」
スキーヌムがやっと顔を上げ、温野菜を口に入れた。
クルィーロも、本日のオススメ定食を食べ進めながら考える。
……この人、魔獣駆除の免許持ってんのか?
いや、そもそも彼の地の免許制度の有無さえ不明だ。
アーテル共和国内で魔獣と戦い得る者は、軍の特殊部隊とランテルナ島の駆除業者だけだ。軍には必要ないだろう。島民は居ない者として扱われる。
プートニクが長命人種なら、旧王国時代や旧ラキュス・ラクリマリス共和国時代に行って土地勘があるのかも知れないが、街の様子が大きく変われば、別の場所同然だ。
呪医セプテントリオーや運び屋フィアールカに聞いた限り、すっかり様変わりした場所には【跳躍】できないらしい。
クルィーロ自身、星の道義勇軍のテロか、アーテル・ラニスタ連合軍の空襲で焼失したであろう自宅には、跳べる気がしなかった。
「運び屋の兄さん、アーテルの本土へ跳べるか?」
「無理です。ランテルナ島の街しか知らないんで」
「カルダフストヴォー市からイグニカーンス市まで、南ヴィエートフィ大橋を経由する路線バスが運行されています」
「小僧! でかした! 後で何でも好きな菓子買ってやっかンな」
厳つい顔を綻ばせたプートニクが、スキーヌムを子供扱いする。
今日、初めて褒められた彼は、ほんのり頬を染めて僅かに口角を上げた。
「いっいえ……そんな。みんな知ってるコトですし」
「情報って、知ってる人は知ってるけど、知る機会がない人は、全然わかんないもんなんだ。その機会の差や、欲しい人にとっての重要度が、情報の値打ちになるんだよ」
クルィーロが静かな声で説明すると、スキーヌムはフォークを止めて俯いた。
「運び屋の兄さんの言う通りだ。ここも奢るし、菓子も食ってけ」
「あの……本当にこんな簡単な話で……?」
「あぁ。あっちから来たおめーさんたちには常識でも、俺ら他所モンにゃ、島から本土へ自力で渡れる手段があるってなぁ、貴重な情報なんだ」
「本当に……いただいてよろしいのですか?」
「報酬ってなぁ、もらえる時にもらっとかねぇと、遠慮してたら日干しンなっちまうぞ」
類は友を呼ぶと言うものか。
呪符屋のゲンティウス店長と、素材屋プートニクに共通点をみつけ、クルィーロは胸にあたたかな灯が点った。
「あ、返事来ました」
皿が空になる頃、卓上に出したタブレット端末が震えた。
ファーキルからだ。
〈お疲れ様です。
ラゾールニクさんに場所と写真だけまとめて送ってやれって言われました。
添付ファイルはその人に渡してもいいそうです。〉
インターネットの繋がる場所では、ちょくちょく遣り取りする為、用件のみの素っ気ないメールだ。
お礼を返信し、PDFのファイルを開いてプートニクに見せる。
……ファーキル君、仕事速いよなー。
素材屋の視線を読んでページを送る。
写真は一ページに四枚並び、場所の座標と撮影日時、モノの種類、術による束縛の有無の情報が添えてある。
プートニクは上着の懐から手帳を出して、熱心にメモした。
……あれっ? これってアーテルに与することに……いや、駆除屋さんの営業妨害?
クルィーロは血の気が引いたが、今更止められるワケもなく、諦めて二十二ページある簡易報告書をすべて見せる。
読み終わる頃にはすっかり客が入替わった。
プートニクはレジで長居を詫び、四人前を【魔力の水晶】で支払った。
斜め向かいの菓子屋に入る。
プートニクは、贈答用の焼菓子詰め合わせを一箱買い、問答無用でクルィーロに寄越した。
「いいんですか? こんな上等なの」
「さっき言ったろ。遠慮はいらねぇってな。小僧、できたてもあンぞ。好きなの選べ」
奥の厨房から菓子の焼ける香ばしい匂いが漂い、店内に満ちる。観光客らしき一家の幼い兄弟が、レジ前で焼き立ての菓子を頬張り、両親に満面の笑みを向けた。
「あ、あの、さっき、お昼食べたばかりですから、その……」
元神学生の少年がレジ前から目を逸らす。
「じゃあ、日持ちする奴、持って帰れ。これなんかどうだ?」
「あ、はい。ありがとうございます」
スキーヌムは見もせずに頷いた。
プートニクが指差したのは、大きな缶入りクッキーだ。困った顔でクルィーロとレノを見る。二人も素材屋と同じ顔になり、三人は何となくわかり合った気分で頷いた。
「兄さんたち、いつ島に戻るんだ?」
「明日です」
「じゃ、発つ前に店へ来て、ついでに連れてってくれ」
「えっ? そんな急にですか?」
「お店はどうするんです?」
素材屋は、クルィーロとレノの驚きを笑い飛ばした。
「俺が留守の時に来る奴が悪い。早く行かねぇと狩り尽くされちまうだろ」
「え……えぇ?」
後半はともかく、前半の発想に面食らう。
「勿論、俺の【跳躍】代は別に出す」
「いや、まぁ、特にお断りする理由はないんで……」
「じゃ、決まりだな。明日、忘れんなよ」
プートニクは言いながら支払いを済ませ、お徳用の割れクッキー特大缶をスキーヌムに渡して、さっさと行ってしまった。
☆召喚して固定したんじゃないか……召喚の可能性「1223.繋がらない日」「1253.攻撃者の目的」参照
☆湖底ケーブルが切れた……「1218.通信網の破壊」~「1222.水底を流れる」「1223.繋がらない日」~「1225.ラジオの情報」参照
☆屋上で復旧工事……「1253.攻撃者の目的」「1266.五里霧中の国」参照
☆通信事業者の公式サイトの発表……「1260.配布する真実」「1261.対クレーマー」参照
☆魔獣駆除の免許……ネモラリスとラクリマリスでは免許と地区毎の許可証が必要「851.対抗する武器」「865.強力な助っ人」参照
☆星の道義勇軍のテロ……「0006.上がる火の手」「0021.パン屋の息子」「0029.妹の救出作戦」「0050.ふたつの家族」参照
☆アーテル・ラニスタ連合軍の空襲……「0056.最終バスの客」参照




