1303.情報の値打ち
「こっちは湖底ケーブル絡みの記事しかねぇが、あっちは何でまた魔獣が?」
「まだ原因はわからないそうですけど、街に色んな種類のがたくさん出て、一部はビルの屋上とかに固定されてるそうですよ」
クルィーロはまず、全体像だけを語った。
スキーヌムは茶器を鼻先まで持ち上げ、鎮花茶の芳香を深く吸って自分を落ち着かせようと懸命だ。
他の客が聞き耳を立てるのがわかったが、気付かないフリで素材屋プートニクを見た。ごつい手が【飛翔する鷹】学派の徽章をいじる。この魔法戦士は、近場で素材集めできるか思案するのだろう。
……まぁ、戦えないアーテル人を助けに行く義理なんてないだろうけど。
ラキュス湖西地方は、三界の魔物との戦いで荒廃し、二千年以上経った現在も人が定住できない魔獣の支配域だ。
魔獣由来の素材調達や遺跡の発掘調査などで行く者は後を絶たないが、生きて帰る者は少ない。
湖岸沿いの比較的安全な場所には、奥地へ向かう者相手に商売する者たちの集落ができてはすぐ消える。
地図すら作れない未詳の領域だった。
「そのいろんな種類ってのは、どんなのが居るか、聞いてねぇか?」
「現地を調べに行った人に色々教えてもらったんですけど、幾ら出します?」
クルィーロは、DJレーフと調査した時や、カピヨー支部長の許へ行った時のことを思い出しながら、情報を小出しにする。
「なんだ。さっきから、らしいらしいっての、お前さんが見たんじゃないのか」
「写真付きで見せてもらったんですよ。一緒に写ってた看板で場所調べたらルフスとかだったんで、アーテル本土なのは間違いありません」
クルィーロ自身は、運び屋フィアールカから絶対に行くなと厳しく止められた。
一次情報を求められても、こればかりは無理だ。
「その写真っての、見せてくんねぇか?」
「それは……撮った人に聞いてみないことには何とも……」
……報告書見せんの、流石にマズいよな。
このタブレット端末には、これまでの報告書が全て収めてある。
今回、アーテル本土に出現した魔獣の件だけでも、相当な量だ。
「そいつで今すぐ聞いてみちゃくんねぇか?」
「忙しい人なんで、すぐ返事が来るとは限りませんよ?」
「だから、今すぐ聞いて欲しいんだ。えー……その、何だ。電話代みてぇのも出す。そこの菓子屋で焼菓子一箱でどうだ?」
「いいですよ」
聞くだけなら、断る理由はない。
現地調査へ行った者のアドレスがわからないので、ファーキル、ラゾールニク、フィアールカに状況の説明を添えてメールを送った。
「種類、凄く多かったし、知らない奴は忘れちゃったんですけど……」
「覚えてる分だけでも聞かせてくれ」
「屋上には平敷が居たそうです」
素材屋プートニクが怪訝な顔をする。
「アーテルの建物ってのは結構な高さがあるって聞いたんだが、兄さんの知り合いは何でンなとこ上がったんだ?」
「通信途絶の件を調べに行ったんです。屋上にはこう言う端末の電波を中継する基地局があるんで、それを確認しに」
ラクリマリス人の魔法戦士が、アーテル政府に与するとは思えない。だが、今はまだ、武力に依らず平和を目指す活動の件を教えていいか、判断するには早い。
余計なことを口走らないよう気を引き締める。
スキーヌムは大分落ち着いたが、まだ素材屋プートニクが怖いのか、レノに顔を向けてこちらを見ようともしなかった。
……アマナでも、港公園で会ったお兄さんたちを怖がらなかったのに。
あの赤毛の大男とその連れも、相当な強面だった。
逆に、妹が初対面の厳つい巨漢相手に物怖じせず、普通に話すのが怖かったくらいだ。
……アマナとスキーヌム君、足して二で割れば丁度いい感じなんだけどなぁ。
「そいつは戦える奴なのか?」
「自分の身は守れるそうです。今回は見ただけで戦ってないそうですけど」
クルィーロが報告書を読んだ限り、調査に行った者の内、少なくともクラウストラは、武闘派ゲリラの【魔道士の涙】を呑んで強化された双頭狼を【光の槍】の一撃で倒したらしい。
「一匹でウロウロする四眼狼、鮮紅の飛蛇、鱗蜘蛛……どれも小型だったそうですけど、向こうは戦える人が殆ど居ませんからね」
「成程な」
「はい、オススメ定食四人前、おまっとさん」
魚の姿焼と温野菜、南瓜入りの黄色いパンが一皿に盛られて湯気を立てる。
「スープは後で持って来るからね」
「おうっ、早めに頼むぞ」
プートニクが手をひらひら振っておかみさんを厨房に送る。
「あ、あの、僕、何も情報提供していませんが、よろしいのですか?」
「何かネタ持ってんなら言ってみろ。知りてぇのは、アーテル本土に出た魔獣の件だ」
「何故、知りたいのですか?」
スキーヌムは、鎮花茶のお陰でようやく話せるようになったが、定食の皿を見詰めて顔を上げない。
素材屋プートニクは、頬張ったパンを飲み下して答えた。
「そりゃおめー、近場で売物が手に入りゃ、楽だからに決まってんだろ」
呆れを含む声を浴び、スキーヌムはますます小さくなった。
スープが揃い、おかみさんが伝票を一枚、卓の隅に置いて行く。
「で、小僧、何かメシに換わりそうなネタ、持ってんのか?」
「は、はい。あの、えっと、お客さんが駆除屋さんで、現地で狩った魔獣の一部で支払って下さいます」
「種類はわかるか?」
「今朝は、地蟲で作った【魔獣の消し炭】をお持ちでした」
「冷めねぇ内に食えよ」
スキーヌムは、やさしい声で言われて小さく一礼したが、それでも顔を上げず、震える手でフォークを握った。
レノが軽い調子で聞く。
「俺も何か言った方がいいですか?」
「元々四人前出すつもりだ。ムリにとは言わんが、教えてもらえりゃ有難ぇな」
素材屋プートニクは笑ってスープを啜った。
☆湖底ケーブル……「1218.通信網の破壊」~「1222.水底を流れる」「1223.繋がらない日」~「1225.ラジオの情報」参照
☆ラキュス湖西地方……「301.橋の上の一日」参照
☆DJレーフと調査した時……「833.支部長と交渉」参照
☆カピヨー支部長の許へ行った時……「0960.支部長の自宅」参照
☆クルィーロ自身は、運び屋フィアールカから絶対に行くなと厳しく止められた……「1224.分担して収集」参照
☆屋上には平敷が居た/通信途絶の件……「1253.攻撃者の目的」参照
☆港公園で会ったお兄さんたち……「577.別の詞で歌う」~「579.湖の女神の名」参照




