1301.王都の素材屋
ゲンティウス店長が指定した店は、この間参拝した神殿のすぐ近くだ。
クルィーロはシルヴァの顔を思い出し、そっと辺りを窺った。相変わらず人は多いが、それらしき老婦人は居ないようだ。
……でも、ローク君たちが使ってるって言う魔法の装飾品を使えば、顔なんて幾らでも変えられるんだよな。
諦めてタブレット端末をつつく。
店名と所在地を入力すると、すぐに地図情報が出て来た。現在地からの道順も瞬時に表示される。
「それ、ホント便利だよなー」
横から覗いたレノが感心する。
「だよな。発明した人ホント凄い」
「で、この辺、公衆トイレない?」
「えーっと、そっち?」
地図から記号を読み取り、方向を指差す。通りの少し先に巡礼用トイレの標識が見えた。
「ごめん、ちょっと行って来る」
「ゆっくりでいいぞー」
駆け出したレノの背中に声を掛け、傍らのスキーヌムにも声を掛ける。
「荷物持っといてあげるから、君も行ってきなよ」
「いえ、まだ大丈夫です」
「そう? ……今日、これ持って来た?」
スキーヌムは頷いて、コートのポケットからタブレット端末を取り出した。
「君が持ってるって知ってんの、俺とアウェッラーナさんだけだから、今の内にメールアドレス交換しとこう」
何に驚いたのか、目を丸くしてクルィーロを見詰める。
「イヤ? 念の為、迷子になった時用に連絡先、交換しようと思ったんだけど」
「い、いえ、そんな……ありがとうございます。お願いします」
クルィーロがメールアドレスを表示し、スキーヌムが空メールを送る。程なく手の中で端末が震えた。
チラリと見えた画面には、三桁の着信があった。
スキーヌムが、電源を切ってポケットに仕舞う。
……アーテルは通信途絶が続いてんのに何で?
レノがハンカチで手を拭きながら戻って来た。
「ごめんごめん。お待たせ―」
「いいよいいよ。じゃ、行こ」
インターネットの地図のお陰で、目当ての素材屋はすぐみつかった。
以前、老婦人シルヴァたちとお茶した店の一本隣の筋だ。
「こんなとこにあるんだなぁ」
「不自然な場所なのですか?」
独り言に質問され、何となく笑みが浮かんだ。
「不自然ってワケじゃないけど、もっと専門店が集まる通りにあると思ってたから、意外だなって」
「そうなのですか」
「さっさとお使い済ませてごはんにしよう。お昼時になったらどこも混むよ」
レノが店の戸を開けた。
間口の狭い店は、入ってすぐがカウンターだ。その背後にはたくさんの抽斗がついた棚と木製の扉が一枚。人の姿はない。
椅子はなく、三人が横に並んだだけでいっぱいだ。
いつからあるかわからない古い店だが、清潔で、漆喰の壁にはシミひとつない。落ち着いた雰囲気に何となく居心地の良さを感じた。
「……スキーヌム君、店長さんの手紙出して、お店の人呼んで」
「あ、は、はい!」
レノが囁くと、スキーヌムは耳まで真っ赤になって肩掛け鞄を探った。
ゲンティウス店長が持たせた交換品や本人の着替えをカウンターに次々出して、底からやっと封筒を引っ張り出す。
「ん? 何だ? 客かと思ったら、押し売りか?」
音もなく扉が開き、目付きの悪い黒髪の男性が顔を出した。
スキーヌムの顔から血の気が引き、あっという間に蒼白になる。
「あ、あのっ……あの……こ、これっ」
それでもどうにか、震える手で封筒を差し出す。
男性が三人に視線を巡らせた。
付添い二人は無言で使者を見る。
……ランテルナ島のお店なら、ちゃんとできるんだ。手助けはナシだよな。
「何だ? 俺に手紙か? 誰からだ?」
男性は手紙に触らず、スキーヌムに聞く。
使者は蛇に睨まれた蛙のように動かない。
レノが黒い前掛け姿の男性に会釈して、スキーヌムの肩を抱いた。
「島のお店だったら、ちゃんとお使いできるんだよね?」
スキーヌムは、蝶番の錆た戸のようにぎこちなく首を縦に動かした。
何かを察した男性が眉を下げる。どうやら目付きの悪さは元々らしい。
「外国ったって言葉は同じなんだ。大丈夫だよ。落ち着いて、いつも通りやってごらん」
レノは軽く肩を叩いて身を離し、男性に目礼した。
「で、そいつぁどこの誰からの手紙で、何の用で来たんだ?」
さっきより声音はやさしいが、相変わらず口は悪く眼光は鋭い。
首から提げた徽章は【飛翔する鷹】学派。自らも戦い得る武器職人の証だ。
……武器屋じゃなくて、素材屋さん? 何で?
彼が恐ろしげな気配を纏うのが「戦う者」だからだとわかったが、呪符屋には魔獣駆除業者たち魔法戦士の客が多い。
……コワモテなお客さんで慣れてると思ったんだけどなぁ。
「あっあのっ……これ……ッ」
スキーヌムが封筒を差し出す手を更に上げたが、腕全体が震えるせいでブレて宛名も読めない。
男性が諦め顔で封筒を掴んだ。
俯くスキーヌムは気付かないのか、手紙をしっかり握って離さない。
「おい、お前、何しに来たんだ?」
「手。ほら、手、離して」
レノが小声で言いながらスキーヌムの腕を軽く叩く。
顔を上げて手を離した使者の涙腺は、決壊寸前だ。声もなく男性を見詰める。
武器職人の証を持つ素材屋は、涙目の使者にそれ以上構わず封筒を裏返した。
「何だ。竜胆のとっつぁんとこの小僧か。こんなのを弟子にしたって?」
「いえ、彼は店番のアルバイトなんです」
レノが庇うように言う。
「で、あんたらは?」
「俺が【跳躍】で案内して、また呪符屋さんに連れて帰る約束なんです」
「あぁ、運び屋さんね。ご苦労さん。で、これは素材の対価か」
言いながら開披し、呪符屋のゲンティウス店長が認めた内容に目を走らせた。
☆この間参拝した神殿/老婦人シルヴァたちとお茶した店……「1275.こんな場所で」~「1279.愚か者の灯で」参照
☆ローク君たちが使ってるって言う魔法の装飾品……「847.引受けた依頼」参照
☆君が持ってるって知ってんの、俺とアウェッラーナさんだけ……「1123.覆面作家の顔」「1124.変えたい社会」「1158.学びの予定を」参照
☆アーテルは通信途絶……「1218.通信網の破壊」~「1222.水底を流れる」「1223.繋がらない日」~「1225.ラジオの情報」参照




