1297.やさしい説明
クルィーロは幼馴染のレノと二人で、ランテルナ島の地下街チェルノクニージニクを訪れた。
「えっ? ローク君、留守なんだ?」
「はい。今日は運び屋さんのお仕事をする日で、夕方には戻るそうです」
呪符屋のカウンターでは、元神学生の少年が一人で留守番をする。
レノがポケットから呪符の買物メモを出した。
「ミャータ市方面の交通規制が解除されて、移動の目途が立ったんだ」
「来たついでにローク君にも言っとこうと思ったんだけど……伝言書くから、渡してくれる?」
「は、はい……あぁッ!」
頷いた途端、大量の茶葉がティーポットに落ちた。
「えっと……君、いつも計量スプーン使わないで、袋から直接やってんのか?」
レノがカウンターに身を乗り出し、スキーヌムの手許を覗いて目を丸くする。元神学生の少年は、レノに何かを恐れる目を向けて固まった。
「お茶の淹れ方……誰かに教わったコト、ある?」
「は、はい。お茶屋さんに教えていただきました」
レノがやさしい声で聞くと、蚊の鳴くような声で返事があった。
「そのお茶屋さんって、魔法使える人?」
「は、はい」
「じゃあ、あんまり参考になんないな」
レノが座り直すと、店番の少年はお茶の大袋を抱えて俯いた。
「そのティーポット、乾いてる?」
「は、はい。店長さんが洗って下さったので」
「じゃ、お茶の袋、口閉めて片付けて、小さいビニール袋とティースプーン用意してくれる?」
レノに言われるまま黙々と動く。
「ポットに入ったお茶、一旦、小さい袋に入れてくれる?」
スキーヌムが、スプーンでチマチマ移し始める。
レノは顔を引き攣らせたが、すぐに笑顔を繕った。
「あー、ごめんごめん。説明抜けてた。スプーンは後で使うんだ」
店番の少年が動きを止め、泣きそうな目でレノを窺う。
……あー、成程。ローク君、こう言うのがイラつくんだろうな。
クルィーロは、以前訪れた時のギスギスした空気を思い出して苦笑した。
「ポットにその袋を被せて逆さにして振って……全部出た? 君も入れて三人分だから、ティースプーンでえーっと、二杯半くらい。あー、そんなキッチリじゃなくていいよ。大体でいいんだ。大体……そうそう。そのくらい。イイ感じだよ」
レノのやさしい声と笑顔で、スキーヌムは泣きそうな顔ではあるが、辛うじて涙を零さずに作業を続ける。
「残りは湿気ないように空気抜いて、袋の口をぐるぐる捻って、捻じれたとこを半分に折り曲げて……そうそう、その辺でいいよ。で、その曲げたとこをクリップで留めるんだ」
スキーヌムは、ひとつ何かする度にレノをちらちら窺う。
レノは苛立つことなく、次々わかりやすく指示を出した。
「今回、君の分も淹れるのは味の確認用ってコトで。多分、冷めてもおいしいと思うから、呪符の用意よろしく」
「は、はい!」
緊張は解れないようだが、カウンター背後にずらりと並ぶ小抽斗から迷いなく、メモにある呪符を慣れた手つきで次々取り出す。
クルィーロは手帳を一枚千切って伝言を書いた。
今回はどの呪符も在庫があり、すぐに揃った。
クルィーロが、薬師アウェッラーナから預かった魔法薬の余りで支払う。
「少々お待ち下さい」
スキーヌムにはまだ鑑定できないらしく、薬の袋を抱えて奥へ引っ込んだ。
残された二人が、色鮮やかな紅茶を啜る。
レノの指示で淹れたお茶は、前回と同じものとは思えないくらい美味しかった。
……お茶っ葉が悪いワケじゃなかったんだな。
飲み終わる頃、スキーヌムと一緒にゲンティウス店長も出て来た。
「兄ちゃんたち、今回も上物ありがとよ」
「こちらこそ、いつもありがとうございます」
「こいつが余るってこたぁ、あっちの件は片付いたんだな?」
「はい。お陰様でミャータ市方面の通行止めが解除されました」
店長が嬉しそうに聞き、二人の顔も綻んだ。
「すぐ移動すんのかい?」
「いえ、まだみんなの体力が回復しきらないんで、アウェッラーナさんが、念の為に発疹の痕が消えるまで待とうって」
「プロが言うんなら、その通りにした方がいいな」
ゲンティウス店長は、クルィーロの説明に深く頷いた。
「こっちの様子はどうですか?」
「相変わらずインターネットは繋がんねぇし、本土にゃ魔獣がわんさか居て、駆除屋がそれ系の呪符買ってくから、儲かるっちゃ儲かるけどよ」
「駆除、進んでないんですか?」
レノが不安げに聞くと、店長は小さく首を振った。
「いや、どんどん倒して……実際、支払は魔獣の消し炭やらなんやらが多いんだがよ、倒しても倒しても新手が出て追っ付かねぇっつってたな」
「誰かが召喚してるんでしょうね」
クルィーロは、アクイロー基地襲撃作戦を思い出した。
どうやら、あの小柄な呪符職人は、まだネモラリス憂撃隊に居るらしい。
「で、物は相談なんだが、この坊主を王都へ連れてってくんねぇか?」
「えっ?」
クルィーロとレノだけでなく、スキーヌムも寝耳に水らしく、恐ろしげに雇い主を見上げた。ゲンティウス店長が前掛けのポケットからメモ帳を出し、凄い速さで書いて寄越す。
店名と所在地、最寄りの神殿からの略地図。
それにクルィーロが初めて目にする単語が三つだ。単語の横にはそれぞれ数字もある。
「最近、スクートゥム王国の行商人が来なくなってよ」
「通信途絶は関係なさそうですけど……?」
「魔獣がこっちの島にも出るって噂にでもなったのかな?」
クルィーロとレノは首を捻ったが、ゲンティウス店長にも理由はわからないらしい。太い眉を下げて続けた。
「ここらじゃ、後はこの店しか扱わねぇ素材でな。数字は【魔力の水晶】で払った時の目安だ」
「俺たちが仕入代行するんじゃなくて、スキーヌム君を王都に連れて行くだけでいいんですか?」
クルィーロが確認すると、店長は我が意を得たりと笑みを広げた。




