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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十五章 探訪

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1296.虚実織り交ぜ

 住宅街の小さな教会でも、戦争の先行きや魔獣に不安を感じる人々が、昼の礼拝に足を運ぶ。


 準備で礼拝堂に出た年配の司祭は、信徒が次々と通る大扉に視線を向けた。

 ロークは埋まり始めた会衆席に届くよう、声を大にして追い打ちを掛ける。

 「ルフス光跡教会で、大聖堂から来た司祭様が、魔法には“()しき(わざ)”とそうじゃないのがあって、いい魔法は、みんなが忘れないように教会の建物や、聖者様の衣に呪文を書いて、聖歌も呪文を共通語訳したものだって言ってました」

 「それと、聖典には“魔法使いをみんな火炙りにしなさい”なんて一行も書いてないから、星の(しるべ)は異端者だって言ってました」

 クラウストラが元気いっぱい無邪気な声で付け足す。


 場の空気が凍りついた。


 司祭が息を呑んで固まった。気を取り直すより先に会衆席から声が飛ぶ。

 「滅多な事を言うもんじゃない」

 「えぇーッ? だって、ルフス光跡教会でレフレクシオ司祭様がおっしゃってたのに?」

 クラウストラが不機嫌な声を上げ、老人に向き直る。彼女の隣に並び、ロークも言った。

 「礼拝中に大聖堂の司祭様を刺したの、ニュースじゃ頭の病気になった神学生ってコトになってますけど、ホントは星の(しるべ)じゃないかな、なんて思うんです」

 「どうしてそう思うの?」

 読み聞かせボランティアの一人がよく通る声で聞くと、礼拝堂内のざわめきが静まった。


 ロークは、半分埋まった礼拝堂内の視線を一身に浴びて続ける。

 「大聖堂から派遣されたレフレクシオ司祭様は、バンクシア共和国とバルバツム連邦が、星の(しるべ)を国際テロ組織に指定したっておっしゃってたんです。そう言う都合悪いハナシをアーテルやラニスタでバラされて困ったから、下っ端を礼拝に送り込んだのかなって」

 会衆席で幾つかの頭が縦に動いたが、大半は困惑の表情を向けるだけだ。

 隣と囁き交わし、再び礼拝堂にざわめきが反響する。


 住宅街で五十人足らずを相手にプロパガンダを展開して、どの程度広められるか不明だが、インターネットが繋がらない今は好機だ。


 ……平日昼間に来るのって学校も仕事も休みの人たちばっかりだし、あんまり広まらないだろうけど。


 再開後に広めるだろうとの期待を籠めて、年配の司祭に顔を向けた。

 突然の暴露に戸惑う司祭が、今度は何を言われるかと背筋を伸ばす。


 「俺も、大聖堂の司祭様のお話、マジかって思って聖典を最初のページから順番に全部読み返したんです」

 ページを捲る音があちこちから聞こえる。

 司祭の目が、説教壇に置いた聖職者用の分厚い聖典に向いたが、すぐロークに戻った。言い(つくろ)う言葉でも探すのか、視線を宙に泳がせる。


 「昨日、読み終わったとこなんですけど、ホントに大聖堂の司祭様のお話の通りで、俺たちが持ってるフツーの聖典には、魔法使いを皆殺しにしろなんて一行も書いてませんでした」

 「そこの君、その話は本当なのか?」

 「いい加減なコトを言うんじゃない」

 会衆席を立ち、年配の男性たちが説教壇の前に出て来た。

 司祭は何も言えず、八割方埋まりつつある礼拝堂に視線を彷徨わせる。


 ……ボンクラ司祭でよかった。


 後で入れ知恵されて、上手い言い訳で揉み消されないよう、ダメ押しする。

 「何も考えないで単に聖典を読んだだけだったら、気付かないとこでしたよ。嘘だと思うんなら、魔術は全部“()しき(わざ)”で、魔法使いはみんな悪人だから根絶やしにしなさい的なコト、書いてあるのかって気を付けて、全部読んでみればいいんですよ」

 「今は見らンないけど、ルフス光跡教会の公式サイトとか、大司教様や他の司祭様たちの礼拝は、動画が載ってたのに、レフレクシオ司祭様のだけ一個もなかったのよね」

 「それで俺たち、お小遣い貯めて夏休みに行ったんですけど、マジ、スゴイ人でしたよ」

 疑念と羨望の入り混じる目が二人に注がれる。


 「聖典全部読み返して、ちゃんとした信仰ってこう言うコトだったのかって、()(ともしび)が一個増えた気がしました」

 ロークが付け加えると、信徒の視線がステンドグラスの前で微笑む聖者像に注がれた。


 「いい魔法は教会も使ってるって言うのは、魔法がわかんないから、どれがそうかわかんなかったんですけど」

 クラウストラの声で、後から来た信徒がギョっとする。

 先客たちは、礼拝堂の壁に巡らされた装飾を見回した。


 「魔獣の駆除屋さんに聞いたらわかるかな?」

 「あのおじさんたち、今スゲー忙しいのに退治の邪魔しちゃダメだよ」

 ロークが(たしな)めると、クラウストラは唇を尖らせた。

 「えぇーッ? だって、ランテルナ島の魔法使いの人がこっち居ンのって、今しかないのに?」

 「危ないってば。駆除屋さんが居るってコトは、近くに化け物が居るってコトなんだぞ?」

 更に止めると、最前列の席から老婆も加勢した。

 「そうそう、危ないわ。警察は何もしてくれないし、役所も外出禁止令を出してくれないから、息子は仕事に行ってしまったけど、まともな会社なら、魔獣が片付くまで休みにしますからね」

 「教会に来るのはよくて、会社はダメなんですか?」

 クラウストラが無邪気な疑問を返す。


 「昔から、魔物が出たら教会へ逃げるように言われてるのよ。おウチの人から聞かなかった?」

 「初めて聞きましたー。どうしてです?」

 老婆は遠い目で言う。

 「私の若い頃は、聖者様の“()(わざ)”や“正しき業”のお力で守られるって教わったけどね」


 ……そろそろ潮時だな。


 ロークはタブレット端末をチラ見して叫んだ。

 「あ、もうこんな時間! 遅れる!」

 「えッ? ヤバッ!」

 クラウストラの手を引き、振り返らずに教会から駆け出した。

☆大司教様や他の司祭様たちの礼拝は、動画が載ってた……例:追悼礼拝の動画「1213.確認に費やす」、非公式動画「1069.双頭狼の噂話」「1099.その罪の行方」、本人が載せようとしたが無理だった「1110.証拠を託す者」参照

☆昔から、魔物が出たら教会へ逃げるように言われてる……「432.人集めの仕組」「1069.双頭狼の噂話」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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