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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十五章 探訪

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1294.フツーに仕事

 ロークが思った以上に、オフィス街の人々は落ち着いてそれぞれの仕事をするようだ。


 「この後、どうする?」


 斜め後ろの会社員たちが会計に立つと、クラウストラに聞かれた。

 「教会に行ってお祈りしようかなって」

 「まっじめー! 何をお祈りするの?」

 「早く平和になりますようにって」

 ロークが聞えよがしに言うと、クラウストラはタブレット端末でダウンロード済みの地図を開いた。慣れた手つきで、現在地のカフェから最寄りの教会までの経路を調べる。

 つい先程、魔獣駆除が行われたばかりの区画だ。



 カフェの前で信号待ちしながら、何気ない風を装って話す。

 「さっきのアレ、ついでに見に行かない?」

 「まだ立入禁止かもしれないよ?」

 「でも、ほら、あの人もう居ないし」

 クラウストラが、先程まで魔獣駆除業者が居た場所を指差す。区画の奥へ続く道からは、通行止めの看板もなくなった。

 連れ立って横断歩道を渡る。途中、現場付近のビルにも(あかり)が見え、社員たちが出勤して仕事中らしいのがわかった。


 ……何で避難させないんだ?


 「あの……さっき、この辺って警察の人、居ました?」

 「居なかったよ。業者さんがあの人も入れて五人だけ。どうしたの?」

 渡りきったところで立ち止まる。

 道行く者は、オフィス街に不釣り合いな「休日の高校生」に扮したロークとクラウストラだけだ。

 ロークは信号の正面にあるビルを指差した。

 「この会社の人とか、フツーに仕事してるっぽいんですけど」

 菓子卸業者の看板を掲げるビルは、一階の店舗部分こそシャッターを降ろしてあるが、二階より上は時折、窓辺に人影が(よぎ)る。

 「この裏で、ついさっき……」

 「そうよ」

 「何で避難しないのかなって」

 「わかんない」

 クラウストラが、外見に合わせた元気な声で即答し、菓子卸商の裏手へ向かう。ロークは一車線幅の一方通行路を小走りして追い付いた。



 似たようなビルに囲まれた四つ辻には、何の痕跡もなかった。

 見落としがないか、改めて見回す。

 トイレらしき小窓で換気扇が回る。魔獣が暴れたとは思えないくらいキレイだ。ビルの隙間にも雑妖が一匹も視えなかった。


 「……何も……ない……?」

 「取るモノ取ったら、焼いて消し炭にして【無尽袋】に詰めてったからね」

 「えっ、あ、あぁ、そうなんですか」


 魔獣の消し炭は呪符の対価や素材として、ロークがアルバイトする呪符屋でもよく扱う品だ。


 「そこの車くらいの大きさだったよ」

 クラウストラが少し先の小さな駐車場を指差した。停まるのは社名入りのワゴン車一台きりだ。

 「えっ? あれで小型なんですか?」

 「地蟲(ちこ)ってすぐ大きくなるから、おうちくらいあるのがフツーって言うか、それより小さいのって、こっち来てすぐのしか居ないよ」

 口調こそ外見通り可愛らしいが、内容の恐ろしさにそぐわず、不気味さが増す。


 ……隊長さん、そんなのと拳銃一丁で戦ったって?


 かなり前の報告書を思い出し、身震いする。

 「ここはもう何もないし、早く教会行こうよ」

 「う、うん」

 クラウストラに急かされ、ロークは足早に魔獣駆除現場を去った。



 食糧品や雑誌などを売る個人商店をみつけて入る。

 元は菓子パンを並べたらしい商品棚には「入荷未定」の札がずらりと並ぶ。

 缶ジュースの棚も空きが多く、大部分が期限ギリギリだ。

 入口脇のワゴンで色とりどりの缶詰が投げ売りされる。羊肉の缶詰を見ると、魔哮砲戦争前の製造で、期限は今年の年末までだ。

 レジ前に今日の朝刊が一部あった。取り残されたような新聞もカゴに入れる。

 「おや、こんなたくさん……ありがとうね」

 店番の老婆が、喜びで顔中の皺を深くする。

 どうやら店仕舞いではなく、仕入先が動けないらしい。老婆の背後に貼られた入荷予定のメモは、どれも来月半ば以降の日付で「変更の可能性あり」と但し書きがあった。



 雑居ビルや個人商店、会社員向けのカフェや大衆食堂が占める街区を抜けると、公園に行き当たった。

 ゼルノー市と同じ遊具はあるが、子供どころか大人も居ない。

 児童公園を通過すると、住宅街に出た。庭付きの戸建物件はなく、アパートと低層マンションが空と通りを四角く区切る。

 道の先に教会の尖塔が見えた。



 平日の半端な時間帯だが、礼拝堂には数組の親子連れと、子供向けの聖典を読み聞かせるボランティアが居る。


 ロークは肩掛け鞄に先程買った物を詰め直し、礼拝堂奥の説教壇前に立った。

 見上げると、ステンドグラスを背にした聖者像が、両腕を広げて穏やかな微笑で信徒を迎える。この教会の内装と聖者像にも、【魔除け】などの呪印や力ある言葉が巡らせてあった。


 ……何が“()しき(わざ)”だ。


 ロークは(ひざまず)いて胸の前で指を組んだ。目を伏せ、祈るフリで読み聞かせグループ以外の信徒の話に聞き耳を立てる。

 ここでも、商店街同様、パート先の心配や物価への不安が話題の中心だ。

 読み聞かせの邪魔にならないように絞られた声は、それでも耳についた。


 「教会が近くて助かるわぁ。お外で遊ばせてあげられないから退屈してて」

 「ウチも。保育所が閉まって預け先がなくなって、パートにも行けないし」

 「こんななのに選挙なんてできるの?」

 「ウチも通知書届いたけど、行けない人って多そう」

 「でしょ? 税金の無駄遣いよねぇ」

 「戦争中なんだから融通利かせて、大統領は変えなくていいと思うんだけど」

 「結局、ポデレスさんがするんなら、選挙なんて時間と税金のムダよ、ムダ」


 十二月には、予定より遅れて二回目の予備選が行われる。

 ロークは、投票率の低さを思い出して立ち上がった。

☆魔獣の消し炭は呪符の対価や素材

 作り方……「408.魔獣の消し炭」「520.事情通の情報」参照

 対価……「385.生き延びる力」「519.呪符屋の来客」参照

 素材……「398.価値ある勉強」「399.俄か弟子レノ」「427.情報と作戦案」参照


☆地蟲/隊長さん、そんなのと拳銃一丁で戦った……「906.魔獣の犠牲者」参照

☆この教会の内装と聖者像にも、【魔除け】などの呪印や力ある言葉……「432.人集めの仕組」「433.知れ渡る矛盾」「763.出掛ける前に」「896.聖者のご加護」参照

☆商店街同様、パート先の心配や物価への不安……「1291.庶民の恨み節」参照

☆予定より遅れて二回目の予備選……大統領予備選「1167.流れを変える」「1267.伝わったこと」、変更後「1293.ずれた解決策」参照

☆投票率の低さ……「1162.足りない信任」「1164.信任者の実数」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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