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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十五章 探訪

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1286.接種状況報告

 「えっと……まだ、何か大丈夫じゃなさそうな感じなんですけど、話……いいんですか?」

 枕元に来たクルィーロが、開口一番、不安に(まみ)れた気遣いを発した。

 アウェッラーナの兄アビエースは、何か言いたそうな顔で隣に控えるが、結局、何も言わずに台所で借りた椅子に腰を降ろした。


 「兄さんが大袈裟なだけよ」

 アビエースが微妙な顔で横を向く。

 アウェッラーナは構わず、寝台の傍らに立つクルィーロを見上げた。

 「折角、みんなに買出しや下拵(したごしら)えを手伝ってもらったのに……ごめんなさい」

 「そんな! 俺たちの方こそあんまり手伝えなくて、こんな……すみません」


 気マズい沈黙が降りたが、クルィーロが微笑で重い空気を緩めた。

 「素材とかは、また買えばいいんで気にしないで下さい。それより、俺たちみんな、アウェッラーナさんが元気で笑ってくれる方が嬉しいです」



 あの日、薬師(くすし)アウェッラーナは村唯一の学校の保健室で、患者に合わせて粉薬を計量する最中に倒れた。

 何の前触れもなく、糸を切られた操り人形のように全身の力が抜けて、動けなくなったのだ。

 受け身も取れず、薬を盛った皿や上皿天秤などと共に床へ崩れ落ちた。

 破片で何カ所か切ったようだが、その痛みもどこか他人事(ひとごと)のように遠かった。


 怪我は、呪医セプテントリオーがすぐ治してくれたが、疲労には、魔法も科学も「休養」以外の回復方法がない。



 兄に促され、クルィーロが椅子に座った。

 「お兄さんから聞いたと思うんですけど、フィアールカさんが、魔法と科学両方わかる内科のお医者さんを連れて来てくれて、お薬もいっぱい持って来てくれたから、何とかなってますよ」

 「……ごめんなさい」

 力なく目を閉じたアウェッラーナにクルィーロのやさしい声が降り注ぐ。

 「そんな……謝らないで下さいよ。誰も悪くないって言うか、アウェッラーナさんは誰よりも頑張ってくれてたのに」

 「強いて言えば、役所の伝染病対策がダメなせいで、こんなコトになったんだ」

 兄が感情を抑えた声で言う。

 続いたクルィーロの声は穏やかだ。

 「その役所も、内乱からの復興で予算がないから、ちゃんと対策したくてもできなかったって、ジョールチさんが言ってましたよ」


 目を開けると、二人揃って弱々しい微笑をアウェッラーナに向けた。

 つい先程、起き上って長話するのは兄に止められたばかりだ。言い付けを守り、寝台から二人を見上げる。



 クルィーロはタブレット端末を取り出して、画面を見ながら報告を始めた。

 「こっちにインターネットがなくて連絡取れないから、フィアールカさんとお医者さんは、多分これが要るだろうって、見当つけて色々持って来てくれました」


 運び屋フィアールカは先に引き揚げた。

 内科医は一日診療して足りない薬の一覧を作り、翌日、クルィーロが端末で撮って王都ラクリマリスに跳んだ。フィアールカの指示でファーキルにメールで送り、支援者マリャーナが、懇意にする製薬会社に調達を依頼してくれた。


 「そうだったの。有難うございますって伝えてもらえますか?」

 「勿論(もちろん)ですよ」

 クルィーロの笑顔で、少し気持ちが(ほぐ)れた。

 平和なアミトスチグマなら、医薬品の在庫は豊富だろう。


 「それと、ワクチンの件は……」

 「その会社が、ザミルザーニィ大使とは別の経路で、麻疹(はしか)ワクチンの原料と完成品をアミトスチグマの本社に輸入して、マリャーナさんのパルンビナ株式会社がそこから仕入れて、以前と同じようにリャビーナ市の製薬会社に売りました」


 ネモラリス側の製薬会社は、ネミュス解放軍から資金提供を受け、全量を購入。半分は首都クレーヴェルの製薬会社に引き渡した。

 既に製造が始まり、完成品で輸入したワクチンは、解放軍が結成した医師団に渡り、近い内に接種を行うと言う。対象地域は、ネモラリス島北部と東部だ。



 「で、大使の方も第二便がえーっと……今日から数えて十日後、トポリ空港到着予定。リストヴァー自治区は昨日の時点では、まだ発症者が出てないそうです」


 フィアールカの仲間が、臨時政府の保健省から何らかの手段で情報を掴んだ。

 第二便のワクチンは全てリストヴァー自治区に回し、接種率を上げる。

 自治区の東地区は、貧しさ故に受診しない者が大多数を占める為、臨時政府が医師団を派遣し、個別訪問で強制接種する。ついでに致死率の高い感染症の患者を発見すれば、隔離も行うと言う。


 ……そんなコトができるんなら、どうしてもっと早くしてくれなかったの?


 リストヴァー自治区はキルクルス教徒の居住区で、魔法使いの医療者は一人も居ない。

 住人が力なき民ばかりの為、一度(ひとたび)麻疹(はしか)の流行が発生すれば、湖の民だけのこの村よりずっと酷いことになる。

 薬師(くすし)アウェッラーナは、高熱で苦しみ、発疹だらけになったソルニャーク隊長と少年兵モーフの顔を思い出し、布団の中で拳を握った。



 クルィーロが画面をつついて報告を続ける。

 「難民キャンプは、アサコール党首が現地の国会議員の人に頼んでくれて、麻疹(はしか)だけじゃなくて他のも色々接種が進んでます」

 「それ以外って、どんなワクチンですか?」

 アウェッラーナが聞くと、兄が横から端末を覗いたが、何も言わなかった。


 「ザーパット脳炎は、難民申請した力なき民全員を対象にして、九十八パーセントが済んだそうです。これで、帰国してからも安心ですよ」

 クルィーロの笑顔には何の憂いも屈託もなかった。無邪気にワクチンの種類と難民キャンプ内での対象者、接種率を読み上げる。


 ……アミトスチグマ王国の国庫を凄く圧迫してるけど、これ、後でワクチン代返せってネモラリス政府に請求が行ったりとか?


 アウェッラーナは市井(しせい)一薬師(いちくすし)でしかなく、政府間の関係を気にしたところでどうにもできない。

 将来、ネモラリス共和国が背負うであろう借金を今から気に病んでも、止められるものではない。

 アミトスチグマ王国政府も、難民から自国民への感染を防ぐ為なのだから、請求するにしても満額ではないだろうが、先々の不安要素が増えた。


 ワクチンで将来の病気を防げる。

 戦災復興の人的資源を考えれば、大助かりだ。

 戦災を免れた命が、疫病からも守られるのだから、借金してでも受けた方がいいに決まっている。


 ……私、何がこんなに心配なんだろう?


 寝ても寝ても抜けない疲れのせいで、折角情報をもらっても、それをどう解釈してこれからどう動けばいいのか、頭が上手く働かなかった。

☆あの日……「1281.寝込めるヒマ」参照


☆ザミルザーニィ大使とは別の経路……「1267.伝わったこと」参照

※ ザミルザーニィ大使の輸入経路……「1195.外交官の連携」「1249.病の情報拡散」参照

※ パルンビナ株式会社とリャビーナ市の製薬会社……「1058.ワクチン不足」参照


※ リストヴァー自治区の予防接種状況……「1202.無防備な大人」「1247.絶望的接種率」参照


☆ザーパット脳炎は、難民申請した力なき民全員を対象……「1282.支援の報告会」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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