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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十五章 探訪

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1285.朝の押し問答

 どうにか食事を終え、兄が空いた皿を持って村長宅の客間を出る。


 足音が聞こえなくなるのを待って、アウェッラーナはそっと寝床を抜け出した。

 いつもの服ではなく、知らない寝巻きだ。肌触りのいい生地には【魔除け】【耐寒】【耐暑】【耐衝撃】それぞれの最低限の呪印が淡い色で染めつけてあった。


 カーテンを捲り、鎧戸を開ける。

 冬の夜空はよく晴れ、星々が雪と見紛(みまご)うばかりに天を埋め尽くす。

 こうして星を見るのも久し振りだ。

 ここしばらくは、日付もわからぬ程の忙しさに押し流されて過ごした。


 ……明日、フィアールカさんが来てくれるって言ってたわね。


 吐く息が星明かりにくっきり白く見えた。

 まだ十二月にはならない筈だが、ネモラリス島北部の気温の低さに気付き、モーフたち力なき民が心配になる。だが、この分では今のアウェッラーナは、薬師(くすし)としての仕事をさせてもらえないだろう。


 小さな雲を置き去りに窓を閉め、寝台へ戻る。

 しっかり眠って体調を戻さないことには、保健室に入れてもらえない気がした。



 朝食の麦粥とドライフルーツは残さず食べられた。

 「フィアールカさんって今日、何時頃来てくれるの?」

 「なるべく急ぐと言ってくれたそうだが……薬を仕入れる都合もあるだろうし、明日か明後日になるかもしれんぞ」

 「大人しく寝てるから、フィアールカさんが来たら教えてくれる?」

 「どうする気だ?」

 兄の目に不安が増し、寝台に横たわったアウェッラーナの手を握る。


 「会って色々聞きたいの。ワクチンの接種状況とか」

 「それなら、後でクルィーロ君に見せてもらえばいい。あの機械に遣り取りの記録が残ってるって言ってたから、なっ?」

 「えっ? そうなの? じゃあ今からでも見せてもらえるのね?」

 アウェッラーナの明るい声に兄は泣きそうな顔で首を振った。

 「どうして?」

 「頼むから、後にしてくれないか?」

 「どうして?」

 「あんな小さい画面の字、目が疲れるだろう。頼むから、もっと元気になるまで待ってくれないか」

 兄の手に力が籠もる。

 案じてくれる気持ちは嬉しいが、随分と過保護な気がした。


 ……私だって、もう大人なのに。


 常命人種の兄と長命人種のアウェッラーナとは、外見こそ祖父と孫のようだが、実年齢は五歳も離れていないのだ。子供扱いに苛立つモーフの気持ちが、なんとなくわかる気がした。


 「でも、気になって寝られないんだけど?」

 「今は魔法薬もわかる科学のお医者さんが居るから大丈夫だ」

 「昨日も聞いたけど、どんな人なの?」

 「結婚して【飛翔する(フクロウ)】学派の癒しが使えなくなって、科学の医学を勉強した人で、【思考する(フクロウ)】学派の魔法薬はまだ作れるって言ってたし、実際、保健室でも何個か作るのを見た」

 兄の手がアウェッラーナの肩を押さえ、起き上ろうとするのを止める。


 「画面の字がダメなら、フィアールカさんから直接、聞けばいいんじゃない?」

 「運び屋さんと顔を合わせたら、何のかんの用事を言われるかもしれんだろ?」

 この口振りでは、見舞いも断ったようだ。


 ……そんな人使い(あら)そうに見えるかな?


 確かに頼み事はされたが、情報収集とその提供が中心だ。それも、お互い様の範疇に収まる気がする。

 「それじゃあ、クルィーロさんに聞くのは?」

 「そんなに気になるか? 休みの間は仕事のことなんか忘れて、休んでてくれないか?」

 「この村には病院がないし、正式な仕事じゃないのよ」

 「だったら余計、療養に専念してくれないか?」


 涙を(こら)えた震え声で言われても、これだけは【思考する(フクロウ)】学派を修めた医療者として譲れない。


 「仕事とかそう言うんじゃなくて、私は、親切にしてくれた村の人、誰にも……治せる病気なんかで死んで欲しくないだけよ」

 「ラーナに万一があったら、村の人たちは一生、後悔すると思うぞ?」

 「アゴーニさんがこの村で仕事するコトになったら、私も一生、後悔するの!」


 半世紀の内乱中、何人もの医療者から【思考する(フクロウ)】や【青き片翼】【白き片翼】などの医術を必要に応じて教えてもらった。それでも、自身の錬度不足や物資の不足で何もできず、身内や近所の人を何人も見送らざるを得なかった。

 遺族から責められ(なじ)られたのも辛かったが、自身の無力もまた、身を切られるようだった。


 もっときちんと学べたなら、もっと薬の素材があったなら……

 救えた筈の命を忘れたことなどない。

 平和になったくらいで忘れられる筈がなかった。



 兄は笑顔を作ろうとしたようだが、何とも言えない顔にしかならず、疲れた声と共に肩を落とす。

 「世話になったって言っても、お互い様じゃないか。通りすがりの村でも、そんなに気になるか?」

 「お医者さんとの引継ぎもあるし、流行を終息させる動きがどのくらい進んだかとか、色々気になるの」

 兄はアウェッラーナの肩から手を離し、横を向いて深い息を吐いた。眉間の皺を深くして歯を食いしばる。

 アウェッラーナは、息を詰めて兄の返事を待った。


 ……兄さんがダメでも、村長さんの奥さんに頼んじゃえばいいよね。


 閃いた案で口許が緩む。布団を引き上げて隠すと、兄がこちらを向いた。

 「仕方のない奴だな。じゃあ、昼ごはんの後でクルィーロ君に頼んでみるから、大人しく寝ててくれよ」

 「うん。ちゃんと待ってるから、よろしくね」

 根負けした兄は、アウェッラーナの笑顔に弱々しい微笑を返して村長宅の客間を出た。

☆フィアールカさんが来てくれる……場所は村長の息子に教えてもらった「1083.初めての外国」参照

☆確かに頼み事はされたが、情報収集とその提供が中心……例「759.外からの報道」参照

☆半世紀の内乱中、何人もの医療者から(中略)医術を必要に応じて教えてもらった……「066.内と外の境界」「192.医療産業都市」「266.初めての授業」「717.傲慢と身勝手」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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