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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第七章 印歴二一九一年二月七日

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0132.何もない午後

 レノは、水の傘の下でパンを焼いていた。

 薬師(くすし)アウェッラーナが、【操水】の術でバケツの水を起ち上げ、板状に広げて支える。


 ポツリポツリと降りだした雨は、すぐ勢いを増した。

 二人はまだ戻らない。

 雨を受け、水の傘が厚くなる。

 アウェッラーナが傘の面積を広げ、飛沫(しぶき)が掛からないようにしてくれた。


 レノは湖の民に目礼し、パン焼きに集中する。

 急拵(きゅうごしら)えの(かまど)には、クルィーロの【炉】の炎が燃える。油性マジックで歩道に引いた線の外には熱が漏れなかった。


 この時期には珍しい篠突(しのつ)く雨に道端の雑妖がざわめく。

 日を遮る雨雲に守られ、()()きとして、(かまど)やフライパンによじ登る。


 クルィーロがレノの隣に立った。紙片を手に小声で力ある言葉を唱える。さっきアウェッラーナに書いてもらった【退魔】の呪文だ。

 場の穢れを祓うだけなので、雑妖などを直接、倒せるワケではない。それでも何もしないよりマシだろう。

 クルィーロが結びの言葉を唱えると、真珠色の淡い光が広がった。濃度を増した汚らしい霧が、萎縮して二人から離れる。

 「おっ、上手く行った」

 彼自身、意外だったのか、拍子抜けした顔で声を弾ませた。



 規則的な水音が近付く。

 レノは音へ目を向けた。

 雨で煙る歩道を、ふたつの人影が駆けて来る。

 ロークと少年兵モーフだ。すっかりずぶ濡れだが、金属パイプを手にした顔は、少し誇らしげに見えた。


 「お疲れさん。それ、取敢えずそこに置いて、すぐ乾かすからこっち来て」

 二人がパイプを放送局の入口脇に置くと、湖の民の薬師(くすし)は水の傘を入口まで伸ばした。魔法使いの工員が傘の下へ招じ入れ、【操水】の呪文を詠じる。


 クルィーロの【操水】が、二人から水を抜く。髪と衣服が乾いただけで、かなり顔色がよくなった。


 二人から抜いた水に周辺の水溜まりの水を加え、塵やゴミを排出する。キレイになった水を加温し、まず少年兵モーフを洗った。ズボンにこびり付いた灰混じりの泥が湯を濁らせる。

 ゆっくり洗って、冷え切った身体を温めた。


 「よし。終わった。濡れないように気を付けて帰ってくれよ」

 クルィーロが声を掛けると、少年兵は無言で頷き、放送局に入った。


 ……まぁ、大人しく洗われただけでも、よかったよな。


 レノは、モーフが何者であるか思い出し、思わず魔法使いのクルィーロを見た。幼馴染も同感のようで、目が合うと小さく頷いた。

 クルィーロはすぐロークに視線を戻し、力ある言葉で水に命じた。

 レノもパン焼きに集中する。



 昼食は、焼き立てのパンと、乾物のキノコとハムの残りで作ったスープにした。

 アウェッラーナが空中で飲料水を沸かし、キノコとハムを煮込む。


 ……料理するのに鍋とか要らないって、魔法ってスゲー便利だよなぁ。


 レノは感心しながら、スープに塩と香辛料を加え、味を調えた。



 食事を終え、紅茶を飲んでホッとする。

 雨は一向に止む気配がない。

 「今日は一日、ゆっくりしよう。外の作業ができんからな」

 ソルニャーク隊長の声は、提案や命令ではなく、独り言のようだ。みんな小さく頷くだけで何も言わない。


 ……何か、気が抜けちゃったな。


 レノは、ティスの頭を撫でながら、外の雨をぼんやり眺めた。

 あの日から一週間、ずっと気を張り詰め過ごした。


 剃刀がなく、少年兵モーフ以外の男性陣は、無精髭が伸びて人相が悪くなった。入浴と洗濯はできないが、クルィーロたちが魔法で洗ってくれるので、不潔ではない。


 それでも取敢えず、安全そうな場所で、ふかふかの寝床がある。

 安心して緊張の糸が切れたのか、満腹になったせいか、やけに眠い。


 ティスがレノにもたれて、うとうとする。ピナも眠そうだ。

 レノは、長椅子のひとつにティスを寝かせ、自分も横になった。ピナも同じ布団に入って来る。


 目を閉じると、本当になんでもないような気がして、三人はすぐ、寝息を立て始めた。

☆【退魔】の呪文……「0015.形勢逆転の時」「0033.術による癒し」参照

☆二人はまだ戻らない/金属パイプ……「0131.知らぬも同然」参照

☆あの日から一週間……「第一章 印歴二一九一年二月一日」~「第七章 印歴二一九一年二月七日」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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