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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十四章 寒灯

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1281.寝込めるヒマ

 村のみんなは、畑仕事で忙しく、看病に来てもすぐ行ってしまう。

 余計な病気を持ち込まないようにとのことで、お見舞いは来ない。


 「じゃ、また後で」

 ピナの兄貴も、病人食とやらを乗せたお盆をおっさんに渡すと、さっさと教室の病室を出て行った。お礼を言うヒマも、ピナがどうしてるか聞くヒマもない。


 ベッドの傍には学校の机と椅子が一組ずつ置かれ、お粥の深皿とスープが入ったマグカップが湯気を立てる。

 モーフが自分で起き上ると、メドヴェージが慌てて背中を支えた。

 「寝床で起き上るくらい、もう平気だよ」

 「そうか? 無理すんなよ?」

 上体を起こすだけでさっきみたいに「(つまづ)いて転ぶ」要素なんかどこにもない。

 いちいち病人扱いされ、こんなに心配されるのが(しゃく)(さわ)るが、これ以上何か言うのもダルく、モーフはふっつり口を閉じた。


 「おっ、今日のスープ、魚入ってんじゃねぇか。よかったな、坊主」

 おっさんが匙で掬って見せたのは、肉団子だ。


 ……食いてぇとは思うけどよ。


 何故か空腹感がない。薬のお陰で喉の痛みがなくなって、固形の食べ物も飲み込める筈だが、食べられる気がしなかった。


 「坊主、こっち先ン食うか? ん?」

 取敢えず、何か腹に入れなければならない。

 早く治りたい一心で頷くと、メドヴェージは、お粥の深皿と薬用の水が入ったマグカップを机に置き、スープの銅マグだけになったお盆を布団にそっと乗せた。

 もっと悪かった頃はそれどころではなかったが、これだけ元気になると、いちいちおっさんに食べさせてもらうのは、鬱陶しい上に恥ずかしい。

 「自分で食う」

 「そうかそうか」

 おっさんは妙に嬉しそうに笑って匙を寄越した。

 スープは、いつものマグカップに半分しかない。


 ……なんでぇ。これっぽっちかよ。


 魚肉の団子も二個だけだ。これと麦粥では足りない気がした。


 ……足りなかったら、店長さんに言やぁおかわりくれるよな?


 何気なく持ち上げたマグカップが異様に重い。

 ぐらぐらする手をおっさんがすかさず支えた。


 「半分だけにしてもらってよかったな」

 「お……おう」


 ……なんでこんな持てねぇんだよ!


 「ずっと寝込んでたせいで筋力も弱ってんだ。今の坊主じゃ、カマキリにも勝てねぇぞ」

 「虫ケラになんざ負けねぇよ」

 見透かしたように言われ、反射的に言い返したが、おっさんは笑うだけだ。


 リストヴァー自治区に居た頃は、こんなに寝込んだことなどなかった。

 工場の下働きに出なければ、食べ物が手に入らない。休日も食べられる草や虫を探してシーニー緑地へ出掛け、寝込むヒマなどなかった。


 ……違う。こんな病気ンなったら、死ぬんだ。


 自治区東部のバラック街では、薬も何も手に入らない。

 近所のねーちゃんアミエーラには、弟と妹が何人も居たらしいが、みんな病気で亡くなった。

 病気になったら、大抵の奴は寝込むヒマもなく死んだ。夜中に息を引き取って、病人が居たバラックから魔物が出てすぐに受肉したこともある。

 星の道義勇軍が、魔獣化した魔物を倒してくれなかったら、モーフの姉ちゃんも食われただろう。

 次々イヤなコトを思い出して匙が震えた。


 「じゃあ、これ持っててやっから食えよ」

 おっさんが、モーフの手からそっとマグカップを取る。

 ドーシチ市のお屋敷でもらってから、毎日、使い続けた銅マグすら持てないのが情けなかった。


 ……ぐだぐだ考えててもしょうがねぇ。


 さっきセンセイに言われた注意を思い出し、冷めない内に肉団子を口に入れる。魚のすり身は、やたら葉っぱ臭かった。薬草を混ぜたのかもしれない。

 不味くはないが、美味くもない。

 何となく、魚を損した気分でもそもそ食べる。噛めば噛む程、魚肉と推定薬草の味が混ざってワケのわからない味になった。

 本当にピナの兄貴が作ったのか疑わしい。

 気が重くなるにつれて、木の匙まで重くなってきた気がする。


 どうにか飲み下したら、溜め息がこぼれた。

 「座ってんの疲れたか? じゃ、ちっとばかし横ンなって休憩すっか?」

 「んー……」


 ……わかんねぇ。


 返事をするのもダルい。これが疲れのせいなのかもわからない。

 メドヴェージはお盆と銅マグを机に置いて、モーフの手からそっと匙を取った。


 完全に動けなかった頃は、村の若者とDJレーフが魔法で食べさせてくれた。

 食べさせると言っても、薬草臭くて薄いスープの汁だけを直接、胃に流し込むだけだ。最初に一回、センセイがヘンな所へ入らないようにコツを説明しただけで、魔法使いたちはすぐできるようになった。


 ……あんなんじゃ食った気しねぇし。


 また、自力で食べられなくなったと思われたら、あんな食事に逆戻りだと気付いて、おっさんの手から匙を取り返した。

 「おっ? 食えるか? じゃ、次はスープの汁だけにしてみろ」

 メドヴェージがいそいそ銅マグを取って、モーフの口許に近付ける。

 湯気まで薬臭い。

 「これ……メシじゃなくてクスリじゃねぇのか?」

 「まぁ、今は身体が弱ってっからな。フツーのメシは、ちょっとな」

 おっさんは何故かバツが悪そうだ。


 隣のベッドでは、魔法使いの工員クルィーロが父ちゃんが食べるのを手伝う。

 二人とも何も言わない。父ちゃんに喋る元気もないからだろう。アマナの兄貴の顔が暗い。

 窓を見たが、ここからでは荷台の中までは見えなかった。


 モーフが匙にちょっとだけ取って舐めてみると、さっきの魚肉団子を薄めた味がした。


 ……そっか。薬草入りの方が早く元気になるよな。


 美味くはないが、不味くもない。

 やっと当たり前のことに気付き、せっせとスープを飲んだ。



 「ここらでちっと休憩すっか?」

 メドヴェージは返事も待たずに銅マグを机に置いてしまった。

 隣では、アマナたちの父ちゃんが兄貴に支えられて横になる。

 残りは魚の肉団子一個だ。

 「あと一口だけじゃねぇか。キリのいいとこ、全部食ってからに」

 「おい! 大丈夫かッ?」

 「しっかりして下さい!」

 隣の保健室から何かが割れる音と、幾人もの声が叫ぶのが聞こえ、肉団子どころではなくなった。

☆ドーシチ市のお屋敷でもらってから毎日、使い続けた銅マグ……「243.国民健康体操」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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