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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十四章 寒灯

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1280.病室に逆戻り

 死にそうな風邪はどうにか治ったらしいが、まだちょっと歩いただけでフラフラする。

 モーフが「入院」する教室から、トイレまでのたった数メートルが果てしなく遠かった。


 ……なんで便所行ったくらいでこんな疲れてんだよ。


 寝過ぎで腰は痛むが、何もしないのに起き上っているだけでジワジワ体力を消耗して、すぐ横になってしまう。

 自分の身体を縦にするだけのことがやたらキツい。

 少し前までは、何をするにもメドヴェージのおっさんに支えてもらわなければならず、一人では歩けもしなかった。

 ゆっくりでも自力で歩けるようになったから、前よりはマシになったのだ。


 ……メシも自分で食えるようになったし。


 少し前までは、薄くて不味いスープを魔法で喉の奥に流し込まれた。

 一昨日からはベッドに身を起こして、お粥を自分で噛んで食べられるようになった。おっさんが匙で口に入れるが、寝たまま魔法で飲まされるよりマシだ。


 「おぉっと」

 待ち構えていたおっさんが、戸の手前で(つまづ)いたモーフを支えた。安心と心配がごちゃ混ぜになったヘンな顔で、モーフの背中をさする。

 「やっぱ、便所までついてった方がいいンじゃねぇか?」

 「一人で行って戻ったろ」

 モーフが言い返すと、おっさんはそれ以上言わず、そっと手を離した。

 背中のぬくもりが消え、急に心細くなったが、足下を見て慎重に歩く。

 学校の床には(つまづ)く物など何もない。校舎には【結界】があるし、村人が魔法で浄化してくれるから、足を引っ張る雑妖も居ない。


 ……それで何で、このザマなんだよ?


 おっさんに支えられて、やっとのことで寝床に入る。

 ここは普段使わない教室で、隣は保健室だ。村人たちが空き家からベッドや布団を運んで置いてくれた。

 モーフの他にアマナたちの父ちゃんと村人が五人、向かいの教室にも村人が入院中らしいが、人数までは知らない。

 アマナたちの父ちゃんは寝ているらしく、隣のベッドはやたら静かだ。


 少し前まで、ソルニャーク隊長も居たが、先に元気になってトラックに戻った。

 モーフも一旦は元気になったが、風邪で死にそうになってここに連れ戻された。

 どうやら、モーフがアマナたちの父ちゃんに移してしまったらしい。アマナと魔法使いの工員クルィーロは何も言わないが、メドヴェージのおっさんにガチ切れされた。


 ……ちょっとカーラムのツラ見に行っただけなのに。クソッ!


 布団から目だけを出して外を見る。

 窓の向こうは校庭で、隅の秦皮(トネリコ)の木はすっかり黄葉した。

 小鳥が一羽、秋色に変わった葉の間から青空に飛び立つ。


 夏からこっち、ずっと閉じ込められてばかりだと気付いて、げんなりする。

 魔獣の群が出るから移動放送のトラックが村に閉じ込められ、その後、疫病が出てどこにも行けなくなった。

 モーフも病気になって、教室に「入院」させられ、何日もここから出してもらえない。


 ……やっと動けるようになったと思ったのにコレかよ。


 ヒマでヒマで仕方がないが、自分のこともロクにできないのがもどかしい。

 ピナたちは、薬師(くすし)のねーちゃんの手伝いで、寝るヒマもないくらい忙しいが、看病される側のモーフには何ひとつ手伝えない。

 考える内に惨めになってきた。

 「坊主、どうした?」

 「別に。何もねぇよ」

 メドヴェージは眉を下げたが、それ以上言わなかった。

 することがなく、できることもない。

 考えまで同じ所をぐるぐる回って、どこへも行けない。



 青空を流れる小さな雲を眺めていると、センセイが入って来た。

 入口に近いベッドから順番に何か呪文を唱えて病人の手を握る。センセイが何か言って、一緒に来たピナが手帳に何か書き、次の患者に移った。

 窓際のモーフは最後だ。

 「おや、今日は起きられましたか。具合はどうです?」

 「んー……何で熱も洟も咳もねぇのにこんなダルいんだ?」

 「お薬で症状を抑えただけで、本当はまだ治っていないからですよ」

 「薬スゲー……じゃあ、いつ治るんだ?」

 「普通なら、もう治る頃ですが、今は麻疹(はしか)のせいで色々と弱っていますからね。ある程度、体力が回復してからになるでしょう」

 「どうすりゃ治るんだ?」

 早く勉強しない教室から出て、みんなの居るトラックに帰りたい。

 枕元で学校の椅子に座るセンセイの顔は、青カビだらけに見えた。


 ……そっか。湖の民ってヒゲも緑なんだ。


 剃るヒマもないのか。疲れてその元気もないのか。

 無精髭だらけ顔は両方に見えた。

 モーフの手を布団に戻して答える。

 「薬で症状を抑えた間になるべくしっかり食べて、ゆっくり眠って、無理しない程度に少し動いて、体力を回復させるくらいですね……それから、身体を冷やさないように」

 最後に付け足したのは、モーフが力なき民で、魔法の服で寒さから身を守れないのを思い出したからだろう。


 「ムリしねぇ程度ってどんくらい?」

 「食事は、無理にたくさん食べても身体が受け付けなくて、却って衰弱してしまいますから、食べられないと思ったらそこで止めて、ベッドの上に座っているのも疲れを感じたら横になって休んで、何事も休憩を挟みながらして下さい」

 「それじゃ、いつまで経っても、何も終わンねぇんじゃねぇの?」

 「焦らず、少しずつ、寝ていない時間を増やすところからですね」

 この呪医(センセイ)は、この間からそればっかりだ。

 「一人で便所行って倒れたらアレだしよ、ついてってやっから遠慮すんな」

 モーフは睨んでやったが、センセイはメドヴェージに頷いてみせた。

 今度はベッドに閉じ込められた気がして、モーフの心がささくれる。


 「坊主、外はもう寒いからな。出歩くんじゃねぇぞ」

 おっさんは調子に乗って追い打ちを掛けた。

 自分でも懲りたのだが、おっさんに言われるとムカつく。それなのに怒る気力もないのが情けなく、鼻の奥がツンとした。

 さっきみたいに涙が出そうなのを悟られたくなくて、頭の先まで布団に潜る。

 センセイの手が布団を軽く叩いた。

 「先程【見診】した感じでは、お粥の他、少しなら、スープも大丈夫ですよ」

 「わかりました。モーフ君は麦粥とお魚のスープ……っと」

 ピナが書くのは、患者一人一人に合わせた食事だ。

 「モーフ君、焦らないでゆっくり休んでてね……じゃ、お兄ちゃんたちに伝えて来ます」

 ピナは返事も待たずに行ってしまった。


 ……もう何日、ピナと一緒にメシ食ってねぇんだ?


 この教室で食べるのは、モーフ、アマナの父ちゃん、湖の民のおっちゃん五人とモーフに付き添うメドヴェージだけだ。

 寝込んでるおっちゃんたちには、他の村人が交代で緑色のお粥を作って食べさせに来る。モーフたち三人は陸の民なので、ピナの兄貴と漁師の爺さんが、緑青ナシのお粥を別に作ってくれた。

☆ちょっとカーラムのツラ見に行っただけ……「1252.病で知る親心」→「1271.疲弊した薬師」参照

☆魔獣の群が出るから移動放送のトラックが村に閉じ込められ……「1057.体育と家庭科」参照

☆その後、疫病が出てどこにも行けなくなった……「1242.蓄えた備えで」参照

☆ピナたちは、薬師(くすし)のねーちゃんの手伝いで、寝るヒマもないくらい忙しい……「1271.疲弊した薬師」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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