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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十四章 寒灯

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1279.愚か者の灯で

 老婦人シルヴァが一言断って手洗いに立つ。

 仲間を呼びに行った可能性もあるが、老人とは言え、女性のトイレについてゆくのは(はばか)られる。

 レノたちはカフェの個室で、老いた足がゆっくり階段を降りる音が聞こえなくなるまで待った。



 「ヂオリート君、愚か者の()って知ってる?」

 「おろかもののひ? 俺が愚かだと言うのですか?」

 レノの質問を侮辱と解した声が怒気を含む。

 「あ、君、ネーニア島の子じゃないんだね」

 クルィーロが気付かないフリで明るく言うと、少年は再度の失言に唇を噛んだ。


 金髪の魔法使いは何でもないことのように続ける。

 「島に昔からある言い伝えだよ。ずっと昔の冬のある日、旅人が近道するつもりで島を横断したんだけど」

 「ネーニア島がどんな島か知ってる? 地形とか」

 レノが聞くと、ヂオリートは弱々しく首を横に振った。

 クルィーロが説明を付け加える。

 「クブルム山脈の南はツマーンの森と少しの平野、北はレサルーブの森と湿地帯で、人が住めるのは沿岸部の狭い平野だけなんだ」

 「今も開拓されていないのですか?」

 「開拓できないんだよ」

 レノは普通の質問にホッとして答えた。


 「何故です? 農地が増えれば、それだけ豊かになるでしょう?」

 「愚か者の()がいっぱい居るからね」

 レノの答えに黒髪の頭が小さく傾いた。

 「いっぱい……居る?」

 「魔物だよ。そう呼ばれる種類」

 深緑の目が「最初からそう言え」と言いたげに鋭さを増したが、レノは構わず続けた。

 「湿地帯に住んでるんだ。で、街への到着が遅れた旅人とかが、暗くなった湿地を歩いてると……」



 冬の夕暮れはどんどん暗さを増し、辺りに雑妖が漂い始める。

 魔法の服で寒さは大丈夫だが、早く人が住む所に行かなければ危険だ。


 ふと気が付くと、行く手にポツンと(とも)る小さな灯が見えた。

 旅人は猟師小屋か、自分と同じ旅人か、それとも地元の狩人だと思い、助かったとばかりに湿地帯の道なき道を急ぐ。雑妖が邪魔で、足下は見えない。

 そうこうする内に霧も出た。暗さが増すにつれて雑妖が濃くなり、霧なのか雑妖なのかはっきりしなくなる。目印は遠くの頼りない(ともしび)だけだ。


 やっと灯の傍に着いたが、その寒灯(かんとう)は猟師小屋ではなく、人が持つものだった。

 人影はじっと動かない。霧に巻かれて旅人に気付かないのかと声を掛けたが、返事がない。更に近付くと、踏み出した足が地にめり込んだ。



 「何故、そんなことに?」

 「沼だよ。湿地帯によくある」



 旅人が焦って足を抜こうとすると更に(はま)り、あっと言う間に膝まで沈んだ。

 今回の旅は諦めて、よく知る場所へ戻ろうと【跳躍】を唱えたが、何故か術が発動しない。



 「ヂオリート君って力なき民だよね?」

 レノが聞くと少年は頷いた。

 魔法使いのクルィーロが重ねて聞く。

 「じゃあ、【跳躍】がどんな術か知ってる?」

 それには首を横に振った。

 クルィーロが術の効果と使用条件、それに【跳躍】除けの結界と街の中にある許可地点のことを簡単に説明する。「推定・神学生」のヂオリートは、遮らず魔法の説明に耳を傾けた。


 ……シルヴァさん、遅いな。


 レノはこれ幸いと昔話を続ける。

 「旅人は【跳躍】できなくて焦って動こうとするけど、ますます泥に沈む」

 「何故、(あかり)を持つ人は助けてくれないのですか?」



 旅人は勿論(もちろん)、霧の中で灯を持つ人影に助けを求めた。

 やっと気付いたのか、灯が泥沼に捕われた旅人に近付く。

 霧の中、灯で浮かび上がったのは、沼地から伸びた長い口だった。象の鼻のような口が木の棒を横向きに咥え、沼の泥を纏って人影のように見せたのだ。

 灯は魔物が沼の燐光を操ったもので、身体全体を沼に沈め、口だけ出して獲物を待ち構える。


 旅人は何度も【跳躍】を唱えて逃げようとしたが、この魔物「愚か者の灯」の背中の上では、結界同様【跳躍】や【飛翔】など移動に関する術が使えない。



 「身動き取れない旅人は、遠回りでも船で行けばよかったって、後悔しましたとさって昔話だ」

 「その旅人は食べられてしまったのに何故、詳しい状況や後悔が後世に伝わったのですか?」

 「なかなか鋭いな、君。冷静になれば【操水】で沼の水を集めて泥を分離して脱出できるんだよ。魔物が封じるのは移動系の術だけだから」

 クルィーロが苦笑交じりに神学生を褒める。

 「戦い系の魔法が使えたら、魔物をやっつけられるし」

 ヂオリートは難しい顔で黙った。

 クルィーロが軽い調子で続ける。

 「で、水を操ってギリギリ逃げ切れた別の旅人が、こんな怖い目に遭ったってみんなに伝えて、行方不明になった人は愚か者の()に食われたんだろうなって納得したってワケだ」


 ヂオリートは顔を曇らせた。

 「助かるのは、魔法使いだけなんですね」

 「そうだよ。魔法使いだって戦い方を知らなかったり、焦ってまともに判断できなくなったら食べられるんだ」

 クルィーロが自嘲気味に言って鎮花茶を啜った。

 レノはクルィーロの深緑の瞳をじっとみつめる。

 「それに、俺たち力なき民はそもそも、内陸部を徒歩で移動しようなんて思わないだろ?」


 階段の足音に神経を傾けながら続ける。

 「この話は、聞いた通り“急がば回れ”ってのの他にも教訓があるんだけど、気が付いた?」

 ヂオリートは少し考えて何か言おうとしたが、階段を昇る足音に気付いて口を閉ざした。レノも何食わぬ顔でお茶を飲む。


 「男の子同士、気兼ねなくお話できたかしら?」

 「ネーニア島に出る魔物の話をしただけですよ」

 「島の中央部は湿地帯で、旅人が食べられたそうなのですが」

 クルィーロの説明にヂオリートが不安げに付け足す。

 老婦人シルヴァは微笑み、怖がる孫を(なだ)めるような声音で言った。

 「岸辺には女神様のご加護がありますからね、そんな魔物は滅多に出ないわ」

 「あ、そうだ。さっきお店の人が、アーテルで通信障害がどうのとか言ってたんですけど、ランテルナ島は大丈夫ですか?」

 レノが思い出したようなフリで聞く。

 老婦人シルヴァは少し困った微笑を浮かべ、僅かに(かぶり)を振った。

 「あの別荘には電話がありませんからね。何かあってもわからないのよ」


 ……答える気はないってコトか。


 レノたちは軽く世間話をして話題を流すと、二人分ずつに分けた伝票の一方を取って別れを告げた。

☆あの別荘には電話がありません……「458.戻らない仲間」参照

※ 位相をずらして建ててある為、電話回線を引けない。


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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