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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第七章 印歴二一九一年二月七日

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0131.知らぬも同然

 黙考したソルニャーク隊長が顔を上げた。

 「この天気では雑妖が多い。【魔除け】があるローク君と、志願したモーフで行ってくれるか?」

 「はいッ!」

 少年兵モーフが元気よく応じ、ロークは無言で頷いた。


 「君は時計を持っているな?」

 「はい」

 「では、十五分経ったら戻ってくれ。時間前でも、雨が降ったら戻るように」

 「わかりました」

 「了解ッ!」


 ロークは左手の腕時計を確認した。ガラスにヒビが入ったが、針はまだ動く。

 「それから、建物には入らないように」

 「どうしてッスか?」

 「雑妖が多い。それに、いきなり崩れるかもしれん。危険だから絶対入るな」

 ソルニャーク隊長が、少年二人に厳しい表情で注意を与える。

 二人は神妙に(うなず)いた。


 「鍵を探すのは、二人が戻ってからにしよう。あまりここを手薄にする訳にはいかん」

 隊長が残る面々に言った。

 「どうせ雨が降れば作業できんのだ。無理する必要はない」


 魔法使いの工員クルィーロも忠告する。

 「雨が降っても、その辺で雨宿りしないで、急いでここへ戻ってくれよ。濡れても魔法ですぐ乾かせるし、体もあっためられるから」

 「はい。じゃ、行ってきます」

 二人はそれにも了解し、放送局を出発した。



 ロークと少年兵モーフはまず、放送局の右隣へ行った。

 爆弾の直撃を受けたビルは完全に崩壊し、瓦礫の隙間から汚らしい霧のように淡い雑妖が(にじ)み出す。

 ロークが近付くと、濁った霧が逃げた。


 「梃子(てこ)にするのが目的だから、鉄筋でもいいんだよね?」

 ロークは瓦礫から突き出た鉄筋に手を掛けた。

 ビクともしない。

 両手で強く握り、全力で引っ張る。


 ……全然ダメだ。


 乱れた呼吸を整えながら振り向いた。少年兵モーフは歩道に立ち、破壊された灰色の街並を眺める。


 ……ちょっとくらい手伝ってくれてもいいのに……あッ!


 ロークは手元に視線を戻し、息を呑んだ。鉄筋の先はコンクリート塊に刺さっていた。諦めて手を放し、少年兵の隣に立つ。


 ……鉄パイプって、そう言うコトだったのか。


 鉄パイプがありそうなのは、建設現場などだろう。足場をバラせば調達できそうだ。ロークは廃墟と瓦礫の山を見て、記憶の地図を参照した。


 ……あれっ? ここって何だっけ?


 ほんの一週間前まで、しょっちゅう通った道だ。よく知る(はず)なのに、放送局の隣が何だったかさえ思い出せない。

 モーフについて歩きながら更に考える。


 一週間前、どの辺りで工事があったか思い出せない。

 工事現場前は、何度も通った覚えがある。それがどこで、いつ頃だったか全くわからなかった。


 いつもの風景として特に意識せず、何気なく見過ごしてきた。

 視覚情報として見えても、意識的に見なければ、見なかったのと変わらない。

 そんな当たり前のことに気付き、ロークは愕然(がくぜん)とした。



 少年兵が、歩きながら瓦礫の山に視線を這わせる。

 ロークは改めて少年兵モーフの後ろ姿を観察した。


 高校生のロークよりずっと背が低く、女子中学生のピナティフィダと同じか、少し低いくらいだ。


 年齢不詳。時々大人びた表情を見せることはあるが、顔立ちは、おっさん兵のメドヴェージが「坊主」と呼ぶ通り、幼い。栄養失調なのか、肌が荒れ、大地と同じ色の髪もパサパサ。


 動きが機敏なのは訓練の賜物(たまもの)だろう。

 ロークは、家に集まる隠れ信者が語った自治区の様子を思い出した。


 ……これが、自治区で生まれて、外を知らなかった人……か。


 少年兵が何かを見つけ、瓦礫の山に踏み込む。

 ロークは慌ててついて行った。霧のように薄い雑妖が【魔除け】を避け、二人に道を開ける。

 腕時計に目を()ると、この時点で十分も経ってしまった。


 少年兵モーフが、細い金属製のパイプを引っ張り出す。緑青(ろくしょう)が少し浮いて(まだら)になった銅管だ。

 「配管。俺が掘るから、お前は持っててくれ」

 「えっ? 二人で探した方が早いよ? パイプは道に投げて、後で拾えばいいんじゃないか?」


 「……そうか。じゃ、そうする」

 何が気に入らないのか、モーフは渋々(うなず)いた。

 ロークも瓦礫から配管を引き抜き、歩道へ投げて考える。


 ……もし、俺が同じ境遇だったら……?


 そもそも、この年まで生き延びられただろうか。

 祖父と両親を卑怯だと思いながら、その庇護(ひご)に甘え、ぬくぬくと守られて生きてきた。


 周囲の大人たちの姿で、聖者キルクルスの教えを信じられなかった。

 信仰を偽る彼らを腹の底で見下しながら、余計な軋轢(あつれき)を生まない為に、誰にも何も言わなかった。

 隠れキルクルス教徒たちには、上辺(うわべ)だけ愛想(あいそ)良く振舞(ふるま)い、表面的な付き合いを続けた。


 親に押し付けられた同年代の子供らとの付き合いも、信仰の繋がりを(わずら)わしく思いながら、家族の手前、調子を合わせた。


 学校の友達は、親に教えなかった。

 「魔法使いなんかと付き合うんじゃない」

 そんな一言で仲を裂かれるのが怖かった。


 ……ヴィユノーク、チェルトポロフ、チス。


 友達の顔が浮かんでは消える。

 中学で仲良くなり、別々の高校に進学しても、休日にはよく集まった。

 仲がいいと思っていた。

 大切な友達の筈だった。


 (すさ)んだ目をした少年兵は、黙々と作業した。

 ロークも、瓦礫の隙間から突き出た配管を引き抜く。


 今にも降り出しそうな空の下、ぐにょぐにょと(うごめ)く汚い霧が二人を囲む。一定の距離を保って近付かないのは、ロークの懐にある【魔除け】の護符のお陰だ。



 「将来、職人になりたいんだ。練習で作った奴だけど、もらってくれないか?」

 スカラー高校に進学したヴィユノークが、そう言ってロークの誕生日にくれた。

 ころころ太った指は意外に器用で、親指の先くらいの水晶に不思議な文様をびっしり刻み込んだ。


 「えっ? えぇっ? いいのか? こんなスゲーもん……」

 【魔力の水晶】。それを入れる袋は【魔除け】の護符だ。

 買えば、大卒の初任給が軽く吹き飛ぶ。

 そんな高価な物をもらう遠慮より、親にみつかると面倒なことになりそうだと言う、打算の方が大きかった。


 ヴィユノークは、【()葦切(ヨシキリ)】学派の術を学んでいた。

 「卒業したら職人に弟子入りして、力なき民でも使える便利な魔法の道具を作るんだ」

 瞳を輝かせて熱く語る彼は、魔力はあるが作用力がない為、自力では魔法を使えない。【水晶】などに魔力の充填はできるが、呪符や道具がなければ術が使えない点では、力なき民と同じだ。


 ヴィユノークがくれた護符と【魔力の水晶】は、素人目にも(つたな)い出来だ。だが、この小さな護符は、十人の命をしっかり守ってくれた。


 ……知ってたのに、何で……教えなかったんだろう……


 もう何度目になるのかわからない。

 苦い後悔が胸を圧迫し、溜め息を押し出す。震える息が小さな雲となり、風に流れて消えた。

 汗を拭うフリで、(にじ)んだ涙をコートの(そで)に浸みこませる。



 「時間だ。帰ろう」

 少年兵モーフに声を掛け、歩道のパイプを拾う。

 手頃な長さのパイプは五本取れた。ロークは三本抱え、放送局へ急いだ。

☆親に押し付けられた同年代の子供らとの付き合い……「0048.決意と実行と」「0052.隠れ家に突入」参照

☆ヴィユノーク、チェルトポロフ、チス……「0034.高校生の嘆き」参照

☆魔力はあるが作用力がない為、自力では魔法を使えない……「0060.水晶に注ぐ力」参照

☆この小さな護符は、十人の命をしっかり守ってくれた……「0071.夜に属すモノ」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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