表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十四章 寒灯

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1309/3509

1275.こんな場所で

 人の流れに乗って、王都ラクリマリスに数ある神殿のひとつに入る。

 クルィーロが、拝殿入口の台座に盛られた【水晶】を手に取った。力ある民の幼馴染が手を触れた途端、結晶が淡い輝きを宿す。


 力なき民のレノは今回、葬儀屋アゴーニたちに魔力を入れてもらった【魔力の水晶】を持って来た。小さな布袋に詰めて来たのは、治療代として村人たちが支払ったものだ。


 ……ってコトは、村の人たちも、王都の神殿にお参りしたも同然だよな。


 今は無理でも、みんなが元気になったら、本人たちがお参りできるようになる。

 村長の息子やメーラの一家、アゴーニたちが買出しに連れ出した者たちは、王都ラクリマリスやアミトスチグマの夏の都に土地勘ができた。

 近くのミャータ神殿でもいいが、聖地ラクリマリスの神殿なら、祈りを捧げるだけでなく、校長先生が言ったように見聞を広めて、村以外の社会を知る機会にもなる。


 「クルィーロ、みんなが元気になったら、村の人も誘って、もう一回お参りすんの、どう?」

 「あら、奇遇ですこと」

 聞き覚えのある声にギョッとして、レノとクルィーロは同時に振り向いた。

 知らない参拝客を三人挟んだ後ろで、老婦人シルヴァが懐かしげに微笑む。レノは逃げ出したくなったが、参拝の列はぎゅうぎゅうだ。押されてじわじわ前に進むしかなかった。


 「みなさん、今は王都にいらっしゃるの?」

 「いえ、もう何か、バラバラで……シルヴァさんたちは、王都に引越したんですか?」

 クルィーロが普通に返事をした。

 レノは、声もなく幼馴染を見る。

 「まさか。前と同じとこに居ますよ」

 参拝客の誰一人として、上品に微笑むこの老婦人を「武装組織の勧誘員」だとは思うまい。

 クルィーロが普通に聞く。

 「今日は何でこんなとこに?」

 「新しく入った彼が、女神様にお参りしたいと言うものですから、お連れしたんですよ。これもパニセア・ユニ・フローラ様のお恵みね」

 隣に立つ黒髪の若者が、肩越しに見るレノの視界の端で会釈した。

 「シルヴァさん、こちらの方は?」

 若者の声には、まだどこか幼さが残る。長命人種ではなく、外見通りに高校生くらいの少年であるらしい。


 ……こんな子供までゲリラに?


 「以前、一緒に活動した人たちですよ。ロークさんのお知り合いで、彼と一緒に出て行ってしまったのですけれど」

 シルヴァの説明で、深緑の瞳がレノたちを射る。


 ……なんでわざわざ……ひょっとして、この子もローク君の友達の生き残り?


 外見通りの年齢なら、ロークの同級生の可能性が高い。

 「お参りの後、お茶でも飲みながら、ゆっくりお話しませんこと?」

 「そうですね。ここじゃムリそうですし」

 クルィーロがあっさり了解し、レノは肝を潰したが、金髪の幼馴染は「じゃ、また後で」と前を向いた。

 人がぎっしり詰まり、この距離では囁きでもシルヴァたちに届いてしまう。


 レノが質問を(こら)えていると、クルィーロは最小限の動きでタブレット端末を取り出し、前を向いたまま何事か入力した。視界の端で端末が僅かにこちらを向く。レノは横目で見た。いつもより大きい字で読みやすいが、間に挟まる人が邪魔で、シルヴァたちからは見えないだろう。



 情報収集

 これ持ってるのは内緒



 画面の文字はこれだけだ。レノは目だけで頷いて言った。

 「いい店知ってる?」

 「俺だってまだ二回目だし、知らないよ」

 後ろの二人も土地勘がないのか、何も言わない。

 「じゃ、どこかテキトーに()いてるとこで」

 「なるべく安いとこがいいよな」

 「それがいいでしょうね」

 二人の間で話がまとまったと見るや、シルヴァが同意を寄越した。クルィーロは振り返らず、大きく頷いてみせる。

 「じゃ、また後で。出てすぐのとこで待合わせしましょう」


 警備員と列整理担当の神官が、祭壇の広間の手前で参拝客の流れを規制する。

 様々な色の頭の奥で、すっかり葉を落とした枝が秋の青空に差し伸べられる。


 ……ここもか。


 いや、神殿内、それも魔力を集める祭壇に最も近いからこそだろう。

 神官たちのよく通る声に従い、人の群がゆっくり動いた。広間に入った人々が左右に分かれ、巡らされた水の(ほとり)に並ぶ。

 レノの右にクルィーロ、左隣に黒髪の少年、その隣に老婦人シルヴァが立った。


 この神殿の祭壇は、主神フラクシヌスと湖の女神パニセア・ユニ・フローラ、岩山の神スツラーシを合祀する。

 石材を敷き詰めた人工の池が湖の女神、池の中央に一段高く作られた石積みの小島に秦皮(トネリコ)が植えられ、その背後にスツラーシの岩山を模した岩が据えてある。

 ネーニア島北部やネモラリス島では、主神か湖の女神だけの神殿が多く、レノの実家から一番近いのは女神の神殿だった。

 以前、みんなと参拝した西神殿は湖の女神だけを祀る所だったので、聖地でも似たようなものだと思ったが、そうではないらしい。


 ……聖地だけあって、神殿の造りも色々なんだなぁ。


 レノは小袋から【魔力の水晶】を出し、一粒一粒祈りを籠めて水に沈める。石材に刻まれた術が発動し【水晶】から引き出された魔力が小島に集まった。ここから更に大神殿に送られるのだ。

 あちこちで祈りの(ことば)と共に【水晶】が沈められ、池の底で淡い光を放つ。

 すり鉢状の池には、魔力を出し切った【水晶】が無数に沈む。一日の終わりに神官が回収して神殿の入口に置き直すが、池の中だけでも途方もない数だ。


 ……このひとつひとつにみんなの願いと魔力が。


 レノは最後の一粒を沈めると、ラキュス湖の(ほとり)に住まうすべての人々が、祈りの(ことば)通り「すべて ひとしい 水の同胞(はらから)」として平和に暮らせるよう祈った。

☆拝殿入口の台座に盛られた【水晶】……「542.ふたつの宗教」参照

☆村長の息子やメーラの一家(中略)土地勘ができた……「1061.下す重い宣告」「1083.初めての外国」参照

☆アゴーニたちが買出しに連れ出した者たち(中略)土地勘ができた……アミトスチグマ「1058.ワクチン不足」「1062.取り返せる事」、ランテルナ島「1063.思考の切替え」「1065.海賊版のCD」参照

☆校長先生が言ったように見聞を広めて、村以外の社会を知る機会……「1052.校長の頼み事」参照

☆この子もローク君の友達の生き残り……以前、王都の西神殿でチェルトポロフと再会した「544.懐かしい友人」参照

☆ここも/神殿内、それも魔力を集める祭壇に最も近いからこそ……「1270.早過ぎる落葉」参照

☆以前、みんなと参拝した西神殿……「539.王都の暮らし」~「544.懐かしい友人」参照


 挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ