1275.こんな場所で
人の流れに乗って、王都ラクリマリスに数ある神殿のひとつに入る。
クルィーロが、拝殿入口の台座に盛られた【水晶】を手に取った。力ある民の幼馴染が手を触れた途端、結晶が淡い輝きを宿す。
力なき民のレノは今回、葬儀屋アゴーニたちに魔力を入れてもらった【魔力の水晶】を持って来た。小さな布袋に詰めて来たのは、治療代として村人たちが支払ったものだ。
……ってコトは、村の人たちも、王都の神殿にお参りしたも同然だよな。
今は無理でも、みんなが元気になったら、本人たちがお参りできるようになる。
村長の息子やメーラの一家、アゴーニたちが買出しに連れ出した者たちは、王都ラクリマリスやアミトスチグマの夏の都に土地勘ができた。
近くのミャータ神殿でもいいが、聖地ラクリマリスの神殿なら、祈りを捧げるだけでなく、校長先生が言ったように見聞を広めて、村以外の社会を知る機会にもなる。
「クルィーロ、みんなが元気になったら、村の人も誘って、もう一回お参りすんの、どう?」
「あら、奇遇ですこと」
聞き覚えのある声にギョッとして、レノとクルィーロは同時に振り向いた。
知らない参拝客を三人挟んだ後ろで、老婦人シルヴァが懐かしげに微笑む。レノは逃げ出したくなったが、参拝の列はぎゅうぎゅうだ。押されてじわじわ前に進むしかなかった。
「みなさん、今は王都にいらっしゃるの?」
「いえ、もう何か、バラバラで……シルヴァさんたちは、王都に引越したんですか?」
クルィーロが普通に返事をした。
レノは、声もなく幼馴染を見る。
「まさか。前と同じとこに居ますよ」
参拝客の誰一人として、上品に微笑むこの老婦人を「武装組織の勧誘員」だとは思うまい。
クルィーロが普通に聞く。
「今日は何でこんなとこに?」
「新しく入った彼が、女神様にお参りしたいと言うものですから、お連れしたんですよ。これもパニセア・ユニ・フローラ様のお恵みね」
隣に立つ黒髪の若者が、肩越しに見るレノの視界の端で会釈した。
「シルヴァさん、こちらの方は?」
若者の声には、まだどこか幼さが残る。長命人種ではなく、外見通りに高校生くらいの少年であるらしい。
……こんな子供までゲリラに?
「以前、一緒に活動した人たちですよ。ロークさんのお知り合いで、彼と一緒に出て行ってしまったのですけれど」
シルヴァの説明で、深緑の瞳がレノたちを射る。
……なんでわざわざ……ひょっとして、この子もローク君の友達の生き残り?
外見通りの年齢なら、ロークの同級生の可能性が高い。
「お参りの後、お茶でも飲みながら、ゆっくりお話しませんこと?」
「そうですね。ここじゃムリそうですし」
クルィーロがあっさり了解し、レノは肝を潰したが、金髪の幼馴染は「じゃ、また後で」と前を向いた。
人がぎっしり詰まり、この距離では囁きでもシルヴァたちに届いてしまう。
レノが質問を堪えていると、クルィーロは最小限の動きでタブレット端末を取り出し、前を向いたまま何事か入力した。視界の端で端末が僅かにこちらを向く。レノは横目で見た。いつもより大きい字で読みやすいが、間に挟まる人が邪魔で、シルヴァたちからは見えないだろう。
情報収集
これ持ってるのは内緒
画面の文字はこれだけだ。レノは目だけで頷いて言った。
「いい店知ってる?」
「俺だってまだ二回目だし、知らないよ」
後ろの二人も土地勘がないのか、何も言わない。
「じゃ、どこかテキトーに空いてるとこで」
「なるべく安いとこがいいよな」
「それがいいでしょうね」
二人の間で話がまとまったと見るや、シルヴァが同意を寄越した。クルィーロは振り返らず、大きく頷いてみせる。
「じゃ、また後で。出てすぐのとこで待合わせしましょう」
警備員と列整理担当の神官が、祭壇の広間の手前で参拝客の流れを規制する。
様々な色の頭の奥で、すっかり葉を落とした枝が秋の青空に差し伸べられる。
……ここもか。
いや、神殿内、それも魔力を集める祭壇に最も近いからこそだろう。
神官たちのよく通る声に従い、人の群がゆっくり動いた。広間に入った人々が左右に分かれ、巡らされた水の畔に並ぶ。
レノの右にクルィーロ、左隣に黒髪の少年、その隣に老婦人シルヴァが立った。
この神殿の祭壇は、主神フラクシヌスと湖の女神パニセア・ユニ・フローラ、岩山の神スツラーシを合祀する。
石材を敷き詰めた人工の池が湖の女神、池の中央に一段高く作られた石積みの小島に秦皮が植えられ、その背後にスツラーシの岩山を模した岩が据えてある。
ネーニア島北部やネモラリス島では、主神か湖の女神だけの神殿が多く、レノの実家から一番近いのは女神の神殿だった。
以前、みんなと参拝した西神殿は湖の女神だけを祀る所だったので、聖地でも似たようなものだと思ったが、そうではないらしい。
……聖地だけあって、神殿の造りも色々なんだなぁ。
レノは小袋から【魔力の水晶】を出し、一粒一粒祈りを籠めて水に沈める。石材に刻まれた術が発動し【水晶】から引き出された魔力が小島に集まった。ここから更に大神殿に送られるのだ。
あちこちで祈りの詞と共に【水晶】が沈められ、池の底で淡い光を放つ。
すり鉢状の池には、魔力を出し切った【水晶】が無数に沈む。一日の終わりに神官が回収して神殿の入口に置き直すが、池の中だけでも途方もない数だ。
……このひとつひとつにみんなの願いと魔力が。
レノは最後の一粒を沈めると、ラキュス湖の畔に住まうすべての人々が、祈りの詞通り「すべて ひとしい 水の同胞」として平和に暮らせるよう祈った。
☆拝殿入口の台座に盛られた【水晶】……「542.ふたつの宗教」参照
☆村長の息子やメーラの一家(中略)土地勘ができた……「1061.下す重い宣告」「1083.初めての外国」参照
☆アゴーニたちが買出しに連れ出した者たち(中略)土地勘ができた……アミトスチグマ「1058.ワクチン不足」「1062.取り返せる事」、ランテルナ島「1063.思考の切替え」「1065.海賊版のCD」参照
☆校長先生が言ったように見聞を広めて、村以外の社会を知る機会……「1052.校長の頼み事」参照
☆この子もローク君の友達の生き残り……以前、王都の西神殿でチェルトポロフと再会した「544.懐かしい友人」参照
☆ここも/神殿内、それも魔力を集める祭壇に最も近いからこそ……「1270.早過ぎる落葉」参照
☆以前、みんなと参拝した西神殿……「539.王都の暮らし」~「544.懐かしい友人」参照




