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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十四章 寒灯

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1274.業者が夜逃げ

 「その節は大変お世話になりまして有難うございました」

 店員が先に気付いて、大声で店長を呼ぶ。


 顔を出した店長は、二人を見留(みと)めるなり顔を輝かせて駆け寄った。涙ぐんで何度も礼の言葉を重ねる。

 「いえいえ、俺たちの方こそ、あんな高価な飴いただいちゃって」

 「湖の民の呪医(せんせい)薬師(くすし)さん、懐かしいって喜んでましたよ」

 レノとクルィーロが恐縮する傍らで、店員の目が険しくなる。


 視線が刺さるのは緑青飴(ろくしょうあめ)のチラシだ。

 「あの、これ、拝見させていただいても?」

 「差し上げますよ。今日はこれ渡しに来ただけなんで」

 レノが手渡すと、店長もハンカチで涙を拭い、緑髪の頭を寄せて食い入るように見た。

 「これは、どちらで……?」

 瀞屋(とろや)の顔の険しさに、レノは店名を教えるのを躊躇した。

 クルィーロがとぼける。

 「あ、看板見るの忘れてた。庶民的な小さい飴屋さんです」

 「半年くらい前にメーカーの人が営業に来たって言ってましたよ」

 「半年前……やっぱり」

 若い女性店員が、唇を噛む。

 店長は深い溜め息を()いた。

 「お兄さん方に教えていただいてすぐ、組合に相談したんですよ。係の人が色々調べてくれまして、紛らわしい緑青飴(ろくしょうあめ)が出回ったせいで、ジゴペタルムなどを中心に湖東地方で誤食事故が何件もあった、と突き止めて下さったのです」


 ユアキャストで自殺実況した若者の部屋には、瀞屋(とろや)の他、この珈琲飴の包みも散乱していたらしい。

 珈琲味の緑青飴を作った製菓会社は、ジゴペタルム共和国に本社があり、半年程前にラクリマリス王国のグロム市に営業所を構えた。

 陸の民が緑青飴自殺した事件がニュースになった直後、ネーニア島の営業所を引き払い、この紛らわしい緑青飴も製造が中止されたと言う。


 店長は溜め息混じりに続けた。

 「知名度の低いメーカーだったので、動画で一緒に映った包装紙を見て、ウチが作ったような噂が流れたのですよ」

 「わざと食べた現場には他のメーカーのもあったんですけどね」

 「あー……でも、有名な方に目が行っちゃいますよね」

 クルィーロが同情する。

 店員は何とも言えない顔で頷いた。

 「誤食事故は十件や二十件じゃ済まなくて、社長が夜逃げしちゃって、従業員の人たちも困ってるそうなんです」

 「えぇッ?」

 「それってもう、どこにも苦情言えないって言うか、巻き添え食ってとばっちりで売上減った分って……一体……」

 レノは疲れ切った顔の瀞屋(とろや)に心底、同情した。

 「お気遣い恐れ入ります。それはもう……諦めるつもりです。お二人のお陰で、組合がホームページや記者発表で誤解を解く情報を流してくれまして、客足がぼちぼち戻りましたし、常連さんも励まして下さいますし、これで良しとするしかありません」

 店長は改めて礼を言うと、新しく来た客の応対に出た。


 店員が低い声で聞く。

 「このチラシ置いてたお店、まだ、売ってるってコトですよね?」

 「危ないから、子供には売らないようにしてたそうですよ」

 「それに、俺たちが買占めたんで、もうありません」

 クルィーロが答えると、店員は肩の力を抜いて聞いた。

 「行商のお仕事をなさってるんですか?」

 「ついでにって、湖の民だけの村の知り合いに頼まれただけですよ」

 「わざわざ教えて下さってありがとうございました。他にも仕入れたお店がないか、また、組合に相談させていただきます」

 女性店員が店長に呼ばれて接客を代わる。


 店長は、今回も缶入りの超高級品を渡そうとしたが、二人は固辞した。

 クルィーロが声を(ひそ)めて言う。

 「その代わり、情報収集に協力してもらえませんか?」

 「何をお知らせすればよろしいのです? 飴の調合やお客様のことはお教え致し兼ねますが」

 レノも、クルィーロが何を聞くのか気になって、半歩近付いた。

 幼馴染が、端末にラゾールニクの写真を表示して店長に向ける。

 「何聞くかは俺にもわかりませんけど、この間のこと、色々調べて教えてくれたのって、この人なんです」

 「どちら様でしょう?」

 「フリージャーナリストです。湖南地方のあっちこっちで取材してる人なんで、もし、この人が取材に来たら協力してもらえませんか?」

 「え……えぇ、まぁ、お答えできることだけでよろしければ」


 ラゾールニクがどんな偽名を使うかわからないので、クルィーロは呼称までは言わない。

 瀞屋の店長も魔法文明圏のマナーを守り、本人以外から呼称を聞き出そうとしなかった。


 「あ、それと全然関係ないんですけど、王都っていつもこんな早く落葉するんですか?」

 「グロム市の方はまだ全然なのに、この辺早いなって二人で言ってたんです」

 レノが聞くと、クルィーロは端末で調べた観光客向けの黄葉(こうよう)情報を元に、見て来たかのような嘘で話を合わせた。

 「ここらは昔から、何年か置きに早い年があるんですよ。都民は誰も気にしませんが、観光客の方々にはがっかりされますね」

 「えっ? 王都だけなんですか?」

 「フナリス群島全体じゃなくて?」

 「私は滅多に他所の島へ行きませんものですから、他所の黄葉(もみじ)は新聞でしか知らないのです。プラヴィーク山脈の方は、紅糖楓(べにとうかえで)で山が真っ赤になるそうですよ」

 「へぇー……そっちの方、秋は行ったコトなくて知りませんでした」


 レノは、ドーシチ市で過ごした日々とあの屋敷のアーモンドを思い出した。

 まだ二年も経たないのに、みんなと満開の大木を見たのが遠い昔のようだ。


 瀞屋(とろや)の店長は、何度も礼を言って二人を店の外まで送り出した。



 二人は緑青飴の老舗から充分離れ、小声を交わす。

 「地元の人は慣れちゃって、理由とか特に考えないもんなんだな」

 「そんな当たり前になるくらい昔から足りてないってコトだよな」

 レノはコートのポケットの中で【魔力の水晶】を詰めた小袋を握った。


 湖の女神パニセア・ユニ・フローラを崇める人々は普段、ラキュス湖に直接祈りを捧げ、家族に何か祝い事か困り事でもない限り、神殿に足を運ばない。

 「もっとしょっちゅう、神殿へお参りするように呼掛けた方がいいと思うんだけどなぁ」

 「昔からずっとそうだし、今の混雑考えたら、これ以上人を呼ぶのって難しくないか?」

 「そこなんだよなぁ」

 レノには名案が浮かばない。


 陸の民の若者二人は神殿へ向かう道すがら、どうすれば湖水の減少を食い止められるか考えた。

☆懐かしいって喜んでました/こんなに早く落葉……「1270.早過ぎる落葉」参照

☆ユアキャストで自殺実況した若者……「1250.ネットの風評」参照

☆プラヴィーク山脈……「223.ドーシチ市へ」参照

☆あの屋敷のアーモンド……「262.薄紅の花の下」「263.体操の思い出」参照

☆人々は普段、ラキュス湖に直接祈りを捧げ……「541.女神への祈り」「669.預かった手紙」「605.祈りのことば」参照

☆湖水の減少……「534.女神のご加護」「874.湖水減少の害」「1086.政治の一手段」参照


 挿絵(By みてみん)


▼プラヴィーク山脈はネーニア島の西部。

 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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