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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十四章 寒灯

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1273.新発売の菓子

 頼まれた買物を午前中に終え、二人は安心して飴屋に入った。

 庶民的な店構えで、緑髪のおばちゃんがレノたちを愛想良く迎える。


 「お兄さんたち、ウチは緑青飴(ろくしょうあめ)しかないんだけど、大丈夫?」

 「村の人に頼まれたんです」

 「あら、お土産? ウチは普段使いのしかないんだけど、いいの?」

 「普段使いの気軽なのがいいって言われたんです」

 レノは自分でも、嘘がすらすら出るのが不思議だった。


 ……嘘も方便って言うし。


 何軒も回るのは面倒なので、村人一人当たり十粒で計算して量を告げる。

 飴屋のおばちゃんに困ったような笑顔を向けられた。

 「あらあら、そんなに買ってくれるの。ありがとうね」

 「村の湖の民の人たちみんなの分なんです」

 クルィーロが屈託のない笑顔で応えると、おばちゃんは店内を見回して申し訳なさそうに眉を下げた。

 「見ての通り、仕入れがアレでね。ホラ、戦争で湖上封鎖してるでしょ。前は毎週仕入れがあったんだけど、今は材料もなんもかんも、月に一回か二回しか来ないのよ」


 断り文句なのか愚痴なのか。

 陳列棚はスカスカとまではゆかないが、空きが目立つ。

 どう見ても、子供が小遣いを握りしめて来る店だ。


 「あー……俺たちが買い占めちゃったら、地元の常連さんが困りますよね」

 「もうちょい大きい店、探そっか?」

 クルィーロが端末を取り出すと、おばちゃんは慌てて言った。

 「あー、待って! あるわ! 在庫!」

 「あるんですか?」

 「村のみなさん、珈琲お好きかしらねぇ」

 出て行き掛けた二人が立ち止まると、おばちゃんは店の奥へすっ飛んだ。


 「珈琲味?」

 改めて見回したが、棚に並ぶのは、この店で手作りしたらしい果物系の味が十種類とプレーンタイプだけだ。

 味付きのものは緑色に食紅か何かで目印の線が引いてあり、レノは、当てると高得点のビー玉を思い出した。



 おばちゃんが段ボール箱を抱えて戻る。

 品名は「緑青飴(ろくしょうあめ) 十個入 珈琲味」だ。

 蓋に貼られた「新発売」のシールが目に眩しい。


 「半年くらい前にね、メーカーさんが売り込みに来たの。試食も付けてくれたんだけど、子供らは苦いからいらないって言うのよ」

 「あぁ……それで出してないんですね」

 「大人は美味しく食べられると思うんだけどねぇ」

 レノが頷くと、おばちゃんは開封済みの箱からチラシを取り出した。

 「えっ? これ、ホントにこの色なんですか?」

 「ヤバくないですか?」

 「私もそう思って、小さい子がお友達にあげないように引っ込めたのよ」

 よく見ると、レジカウンターには同じチラシが貼り出され、赤ペンで「大人限定」と書き加えてあった。

 飴の写真は珈琲色を忠実に再現し、緑青飴(ろくしょうあめ)らしい緑色はどこにもない。


 「レノ、どうする?」

 「どうするったって、俺たち、味見できないし」

 「香りだけなら大丈夫よ」

 おばちゃんは、試供品と書かれた袋から一粒(つま)んで、レノの鼻先に突き出した。

 「あ、スゴイ! ホントに珈琲みたい」

 「でしょ? 味もそのまんまで、こう光に透かしたら……真ん中、黒っぽいのわかる?」

 確かに中心だけ色が濃い。

 「銅の錆を芯にして、周りを普通の珈琲飴で固めたんですって」

 「あぁ、それだったら大人ウケしそうですね」

 クルィーロが引き攣った顔で頷く。


 ……湖の民しか居ない村だったら大丈夫そうだけど。


 外見、香り、味。どれをとっても見分けがつかない。

 陸の民と湖の民が一緒に暮らす所では、万が一、陸の民が「普通の珈琲飴」と間違って口に入れたら大変なことになる。


 ……これ、危険物だよなぁ。


 「クルィーロ、どうする?」

 「このチラシっていっぱいありますか?」

 「これで全部ね」

 おばちゃんが箱から引っ張り出したのは十枚くらいだ。

 二人は顔を見合わせ、同時に頷いた。

 「じゃ、これ、箱ごと全部下さい」

 「みんな買ってくれるのかい? ありがとうね」

 おばちゃんは、満面の笑みで五つもオマケを付けてくれた。厄介払いできるのが嬉しいらしく、オマケにくれた渦巻き模様の大きい棒付き飴は、この店で一番高い品だ。

 小粒の【魔力の水晶】で支払いを済ませ、チラシを一枚だけコートのポケットに入れて店を出た。


 「珈琲苦手な人用に普通のも買おう」

 「じゃ、こっちだ」

 クルィーロが端末で地図を見ながら道案内を買って出る。



 二軒目は少し大きな店で、在庫が充分あり、当たり前のように大人買いできた。

 珈琲飴と同じ【無尽袋】に段ボール箱を押し込んで、隣の薬局に入る。

 狭い店内には、魔法を使わずに作る効果がゆるやかな伝統薬と、輸入物の大衆薬が所狭しと並ぶ。大衆薬は、大手の製薬会社が大量生産する科学の薬だ。

 レノは、実家の救急箱に常備してあった腹痛の薬をみつけ、口の中がなんとなく苦くなった。


 「何個買おう? 頼まれ物じゃないし……」

 「そうだなぁ……トラックと保健室の常備一個ずつと、取敢えず試しに使うの五個くらい?」

 「そうだよな。そのくらいで様子見てもらって、残っても後で使えるし」

 レノは買物籠を手に取り、救急箱の中身を思い出しながら商品を選ぶ。


 見知ったパッケージが目に入る度に、動きが止まった。

 父が作ってくれたパン粥の味を思い出して胸が詰まる。

 甦った思い出に蓋をして、機械的に数えて籠へ入れた。



 「何のかんの言っても、ここはちゃんとモノがあるから、フツーの値段でまとめ買いできるんだよなぁ」

 薬局を出た途端、クルィーロがレシート片手にポツリと言った。レノは何も言えず、頷くしかない。地元の買物客で賑わう細い通りから、巡礼や観光客が多い大通りまでとぼとぼ歩いた。


 瀞屋(とろや)の看板が見え、自然と歩調が早まる。

 緑髪の客が居る。二人は思わずこぼれた笑みを交わした。

 レノはポケットからチラシを出し、幼馴染の耳元で囁く。

 「これ、教えたげないか?」

 「他所のメーカーのだろ?」

 「だからだよ。こんな紛らわしい商品が出回ったせいで、他の飴屋さんが風評被害みたいなの受けるんじゃないか?」

 クルィーロがチラシを覗き、珈琲飴のメーカー名を検索する。

 「……電話帳にしか情報がない。サイトとか作ってない中小なのかな?」

 客が途切れるのを待って、例の店員に声を掛けた。

☆俺たち、味見できない……「333.金さえあれば」参照

瀞屋(とろや)/例の店員……「1250.ネットの風評」「1270.早過ぎる落葉」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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