1273.新発売の菓子
頼まれた買物を午前中に終え、二人は安心して飴屋に入った。
庶民的な店構えで、緑髪のおばちゃんがレノたちを愛想良く迎える。
「お兄さんたち、ウチは緑青飴しかないんだけど、大丈夫?」
「村の人に頼まれたんです」
「あら、お土産? ウチは普段使いのしかないんだけど、いいの?」
「普段使いの気軽なのがいいって言われたんです」
レノは自分でも、嘘がすらすら出るのが不思議だった。
……嘘も方便って言うし。
何軒も回るのは面倒なので、村人一人当たり十粒で計算して量を告げる。
飴屋のおばちゃんに困ったような笑顔を向けられた。
「あらあら、そんなに買ってくれるの。ありがとうね」
「村の湖の民の人たちみんなの分なんです」
クルィーロが屈託のない笑顔で応えると、おばちゃんは店内を見回して申し訳なさそうに眉を下げた。
「見ての通り、仕入れがアレでね。ホラ、戦争で湖上封鎖してるでしょ。前は毎週仕入れがあったんだけど、今は材料もなんもかんも、月に一回か二回しか来ないのよ」
断り文句なのか愚痴なのか。
陳列棚はスカスカとまではゆかないが、空きが目立つ。
どう見ても、子供が小遣いを握りしめて来る店だ。
「あー……俺たちが買い占めちゃったら、地元の常連さんが困りますよね」
「もうちょい大きい店、探そっか?」
クルィーロが端末を取り出すと、おばちゃんは慌てて言った。
「あー、待って! あるわ! 在庫!」
「あるんですか?」
「村のみなさん、珈琲お好きかしらねぇ」
出て行き掛けた二人が立ち止まると、おばちゃんは店の奥へすっ飛んだ。
「珈琲味?」
改めて見回したが、棚に並ぶのは、この店で手作りしたらしい果物系の味が十種類とプレーンタイプだけだ。
味付きのものは緑色に食紅か何かで目印の線が引いてあり、レノは、当てると高得点のビー玉を思い出した。
おばちゃんが段ボール箱を抱えて戻る。
品名は「緑青飴 十個入 珈琲味」だ。
蓋に貼られた「新発売」のシールが目に眩しい。
「半年くらい前にね、メーカーさんが売り込みに来たの。試食も付けてくれたんだけど、子供らは苦いからいらないって言うのよ」
「あぁ……それで出してないんですね」
「大人は美味しく食べられると思うんだけどねぇ」
レノが頷くと、おばちゃんは開封済みの箱からチラシを取り出した。
「えっ? これ、ホントにこの色なんですか?」
「ヤバくないですか?」
「私もそう思って、小さい子がお友達にあげないように引っ込めたのよ」
よく見ると、レジカウンターには同じチラシが貼り出され、赤ペンで「大人限定」と書き加えてあった。
飴の写真は珈琲色を忠実に再現し、緑青飴らしい緑色はどこにもない。
「レノ、どうする?」
「どうするったって、俺たち、味見できないし」
「香りだけなら大丈夫よ」
おばちゃんは、試供品と書かれた袋から一粒摘んで、レノの鼻先に突き出した。
「あ、スゴイ! ホントに珈琲みたい」
「でしょ? 味もそのまんまで、こう光に透かしたら……真ん中、黒っぽいのわかる?」
確かに中心だけ色が濃い。
「銅の錆を芯にして、周りを普通の珈琲飴で固めたんですって」
「あぁ、それだったら大人ウケしそうですね」
クルィーロが引き攣った顔で頷く。
……湖の民しか居ない村だったら大丈夫そうだけど。
外見、香り、味。どれをとっても見分けがつかない。
陸の民と湖の民が一緒に暮らす所では、万が一、陸の民が「普通の珈琲飴」と間違って口に入れたら大変なことになる。
……これ、危険物だよなぁ。
「クルィーロ、どうする?」
「このチラシっていっぱいありますか?」
「これで全部ね」
おばちゃんが箱から引っ張り出したのは十枚くらいだ。
二人は顔を見合わせ、同時に頷いた。
「じゃ、これ、箱ごと全部下さい」
「みんな買ってくれるのかい? ありがとうね」
おばちゃんは、満面の笑みで五つもオマケを付けてくれた。厄介払いできるのが嬉しいらしく、オマケにくれた渦巻き模様の大きい棒付き飴は、この店で一番高い品だ。
小粒の【魔力の水晶】で支払いを済ませ、チラシを一枚だけコートのポケットに入れて店を出た。
「珈琲苦手な人用に普通のも買おう」
「じゃ、こっちだ」
クルィーロが端末で地図を見ながら道案内を買って出る。
二軒目は少し大きな店で、在庫が充分あり、当たり前のように大人買いできた。
珈琲飴と同じ【無尽袋】に段ボール箱を押し込んで、隣の薬局に入る。
狭い店内には、魔法を使わずに作る効果がゆるやかな伝統薬と、輸入物の大衆薬が所狭しと並ぶ。大衆薬は、大手の製薬会社が大量生産する科学の薬だ。
レノは、実家の救急箱に常備してあった腹痛の薬をみつけ、口の中がなんとなく苦くなった。
「何個買おう? 頼まれ物じゃないし……」
「そうだなぁ……トラックと保健室の常備一個ずつと、取敢えず試しに使うの五個くらい?」
「そうだよな。そのくらいで様子見てもらって、残っても後で使えるし」
レノは買物籠を手に取り、救急箱の中身を思い出しながら商品を選ぶ。
見知ったパッケージが目に入る度に、動きが止まった。
父が作ってくれたパン粥の味を思い出して胸が詰まる。
甦った思い出に蓋をして、機械的に数えて籠へ入れた。
「何のかんの言っても、ここはちゃんとモノがあるから、フツーの値段でまとめ買いできるんだよなぁ」
薬局を出た途端、クルィーロがレシート片手にポツリと言った。レノは何も言えず、頷くしかない。地元の買物客で賑わう細い通りから、巡礼や観光客が多い大通りまでとぼとぼ歩いた。
瀞屋の看板が見え、自然と歩調が早まる。
緑髪の客が居る。二人は思わずこぼれた笑みを交わした。
レノはポケットからチラシを出し、幼馴染の耳元で囁く。
「これ、教えたげないか?」
「他所のメーカーのだろ?」
「だからだよ。こんな紛らわしい商品が出回ったせいで、他の飴屋さんが風評被害みたいなの受けるんじゃないか?」
クルィーロがチラシを覗き、珈琲飴のメーカー名を検索する。
「……電話帳にしか情報がない。サイトとか作ってない中小なのかな?」
客が途切れるのを待って、例の店員に声を掛けた。
☆俺たち、味見できない……「333.金さえあれば」参照
☆瀞屋/例の店員……「1250.ネットの風評」「1270.早過ぎる落葉」参照




