1272.買物で助ける
レノはクルィーロと二人で、王都ラクリマリスを訪れた。
今度は風邪などの症状に対処する魔法薬素材の買出しだ。
メモの項目は、種類の多さに比例してずらりと並び、指定された店も多い。
呪医セプテントリオーに言われたことが気になって、クルィーロは街の写真を撮り、レノも街路樹の幹を見ながら水路の船着場まで歩く。
湖を渡る風は冷たいが、まだ十月初旬で、確かに冬枯れするには早過ぎた。
水路を行く舟の世間話には、早過ぎる落葉が上らない。王都の住民はまだ気付かないのか。
……いやいや、落葉の掃除とかで気付くだろ?
「毛虫も木の病気も、なんもないな」
クルィーロが、タブレット端末でラクリマリス王国のニュースを調べたが、誰も気にしないのか、どのサイトもこの話題に触れないらしい。
出発前、呪医セプテントリオーに「樹木の生命力を魔力に変換して集める術」について聞いてみた。
呪医自身は【青き片翼】学派で、シェラタン当主の【贄刺す百舌】学派には詳しくないと前置きした上で、事前準備として幹に特殊な染料で呪印を描くが、術が発動すれば消えてしまう為、後から調べるのは無理だと教えてくれた。
……わかったところで、俺たちにできることって?
「買物が終わったら、お参りに行かないか?」
「時間があったらな」
薬師のメモを見る限り、買物だけでも日が暮れる前に終わるか怪しいものだ。
「アウェッラーナさんは、無理しないでこっちで一泊してもいいって言ってたけど?」
「でも、看病の交代もあるし、薬が足りなくなったらどうすんだよ」
クルィーロの言うことも尤もだが、それでは、アウェッラーナ一人がずっと働き詰めだ。
「出来合いの薬、買ってくの、どう?」
「素人に売ってくれるか?」
「あっ……」
レノは考えの甘さを指摘されて固まった。
薬師アウェッラーナが学校の保健室で作るのは、どれも強力な薬で、処方箋がなければ手に入らないものばかりだ。
ネモラリス共和国ではその辺の薬屋では扱わず、病院か、病院付属の薬局にしか置かない。レノは、ラクリマリス王国ではどこで買えるのかさえ知らなかった。
クルィーロがレノを慰めるように言う。
「あ、でも、今は例のアレじゃなくて風邪が流行ってるだけっぽいし、軽い人は市販の風邪薬でイケるかもな」
「でも、よく考えたら、どっち途、診てもらわないと、どの薬使うかわかんないんだよな」
呪医セプテントリオーも【見診】の術を使えるが、彼は外科専門の【青き片翼】学派で、病気を診ても殆どわからない。
呪文だけ知っていても、内科の膨大な知識がなければ、病気の正確な診断はできないのだ。
……科学のお医者さんが【魔力の水晶】で【見診】使えたらミャータ市とあの辺の村、もっとマシだったかもな。
先に麻疹の流行を出して封鎖した東の都市を想像して気が重くなる。
レノには【見診】が【魔力の水晶】で使える術なのかもわからない。
「でも、ホラ、作る量を減らせたら、ちょっとマシじゃないか?」
「そうかな? 手間は一緒なんじゃないか?」
薬師アウェッラーナは、昼間は【見診】で診察して投薬、夜は遅くまで魔法薬を作る。どちらも彼女にしかできず、代わりが居なかった。
レノたち移動放送局の仲間は、患者の食事作りや世話、薬素材の下拵えなど、素人でもできることは精一杯手伝うが、彼女は今にも倒れそうな顔色だ。
「それと、緑青飴。俺らが食べたら毒だけど、湖の民の人たちは、あれがないと病気になりやすいんだろ?」
「じゃあ、いっぱい食べたら元気になるってコト?」
レノが明るい声を出すと、クルィーロは苦笑した。
「そんな単純にはいかないだろうけど、風邪引き難くなるくらいは……期待していいんじゃないか?」
「ちょっとでもマシになるんなら、買ってって損はないよな」
滞在する村の住人は、湖の民ばかりだ。
「飴屋さんも行くんなら、やっぱ今日は泊まりだな」
素材が尽きては作れない。
彼女の身は休まるだろうが、仲間と村人の命が懸かっており、気が気でないだろう。麻疹に罹った直後は抵抗力が落ち、普段なら罹らない病気になったり、ちょっとした風邪でも重症化しやすい。
最悪、森へ薬草摘みに行ってしまうかもしれなかった。
二人は商店街前の船着場で渡し舟を下りると、薬の素材屋へ急いだ。
総合的に扱う店は品揃えが豊富だが、商品個別の品質は店毎に違う。
アウェッラーナは、これまでの買物で各店の特徴を押えて、なるべく質がよくて安い店を素材毎に指定した。
二人は、メモを元に店頭で品質を確認して注文する。
メモとタブレット端末の地図で確認しながら素材屋を梯子し、買った物を見習い職人が作った【無尽袋】にどんどん詰めた。
素材の目利きをできるようになったのが、あのお屋敷の件なのが複雑な気分にさせる。
「こっちも一緒に買わないとお薬できないんだけど、いいのかい?」
「頼まれ物なんで、勝手に買い足すのはちょっと……」
「そっちはまだ在庫持ってるかもしれませんし」
ふたつ目の素材は既に他の店で購入済みだ。確認してくれた店長に笑顔で断り、一種類だけ買って素材屋を出る。
昼は屋台で買って歩きながら済ませたが、残り二軒と言うところで日が暮れてしまった。
今から帰ろうとしても、王都の門が閉まって外に出してもらえない。
「秋は日が落ちンの早いなぁ」
「やっぱ泊まりじゃないと無理か」
神殿の近所へ移動し、宿の空きを探す。以前は安い宿も神殿の避難所も満員だったが、ネモラリス人の難民キャンプ移送が進み、三軒目で空室がみつかった。
一日歩き回ってクタクタで、クルィーロは定食を待つ間、今にも寝てしまいそうだ。
「折角、王都まで来たし、明日は帰る前にお参りしないか?」
「そうだな。素材の残りと緑青飴買って、お参り。うん。みんなの分も」
幼馴染は、眠い目をこすって頷いた。
「俺【水晶】持って来たんだ」
レノは会計係のジョールチに頼んで、小粒の【魔力の水晶】を十粒もらった。その代わり、レノが千年茸の分け前としてもらった作用力を補う【水晶】を一粒、移動放送局プラエテルミッサの共有財産に回した。
こんな小さな【水晶】では、到底足りないだろう。だが、何もしないよりはマシだ。ラキュス湖は、みんなの祈りと魔力が水源なのだから。
☆呪医セプテントリオーに言われたこと……「1270.早過ぎる落葉」参照
☆ミャータ市/先に麻疹の流行を出して封鎖した東の都市……「1050.販売拒否の害」「1090.行くなの理由」「1126.癒せない悩み」参照
☆あのお屋敷の件……「245.膨大な作業量」「250.薬を作る人々」「262.薄紅の花の下」参照
☆以前は安い宿も神殿の避難所も満員だった……「674.大規模な調査」「677.駆け足の再会」「736.治療の始まり」参照
☆ネモラリス人の難民キャンプ移送が進み……「1145.難民ニュース」参照
☆千年茸の分け前……「564.行き先別分配」「565.欲のない人々」参照




