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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十四章 寒灯

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1272.買物で助ける

 レノはクルィーロと二人で、王都ラクリマリスを訪れた。

 今度は風邪などの症状に対処する魔法薬素材の買出しだ。

 メモの項目は、種類の多さに比例してずらりと並び、指定された店も多い。


 呪医セプテントリオーに言われたことが気になって、クルィーロは街の写真を撮り、レノも街路樹の幹を見ながら水路の船着場まで歩く。

 湖を渡る風は冷たいが、まだ十月初旬で、確かに冬枯れするには早過ぎた。

 水路を行く舟の世間話には、早過ぎる落葉が上らない。王都の住民はまだ気付かないのか。


 ……いやいや、落葉の掃除とかで気付くだろ?


 「毛虫も木の病気も、なんもないな」

 クルィーロが、タブレット端末でラクリマリス王国のニュースを調べたが、誰も気にしないのか、どのサイトもこの話題に触れないらしい。


 出発前、呪医セプテントリオーに「樹木の生命力を魔力に変換して集める術」について聞いてみた。

 呪医自身は【青き片翼】学派で、シェラタン当主の【贄刺(にえさ)百舌(モズ)】学派には詳しくないと前置きした上で、事前準備として幹に特殊な染料で呪印を描くが、術が発動すれば消えてしまう為、後から調べるのは無理だと教えてくれた。


 ……わかったところで、俺たちにできることって?


 「買物が終わったら、お参りに行かないか?」

 「時間があったらな」

 薬師(くすし)のメモを見る限り、買物だけでも日が暮れる前に終わるか怪しいものだ。

 「アウェッラーナさんは、無理しないでこっちで一泊してもいいって言ってたけど?」

 「でも、看病の交代もあるし、薬が足りなくなったらどうすんだよ」


 クルィーロの言うことも(もっと)もだが、それでは、アウェッラーナ一人がずっと働き詰めだ。


 「出来合いの薬、買ってくの、どう?」

 「素人に売ってくれるか?」

 「あっ……」

 レノは考えの甘さを指摘されて固まった。

 薬師(くすし)アウェッラーナが学校の保健室で作るのは、どれも強力な薬で、処方箋がなければ手に入らないものばかりだ。

 ネモラリス共和国ではその辺の薬屋では扱わず、病院か、病院付属の薬局にしか置かない。レノは、ラクリマリス王国ではどこで買えるのかさえ知らなかった。


 クルィーロがレノを慰めるように言う。

 「あ、でも、今は例のアレじゃなくて風邪が流行ってるだけっぽいし、軽い人は市販の風邪薬でイケるかもな」

 「でも、よく考えたら、どっち(みち)、診てもらわないと、どの薬使うかわかんないんだよな」

 呪医セプテントリオーも【見診(けんしん)】の術を使えるが、彼は外科専門の【青き片翼】学派で、病気を診ても(ほとん)どわからない。

 呪文だけ知っていても、内科の膨大な知識がなければ、病気の正確な診断はできないのだ。


 ……科学のお医者さんが【魔力の水晶】で【見診】使えたらミャータ市とあの辺の村、もっとマシだったかもな。


 先に麻疹(はしか)の流行を出して封鎖した東の都市を想像して気が重くなる。

 レノには【見診】が【魔力の水晶】で使える術なのかもわからない。


 「でも、ホラ、作る量を減らせたら、ちょっとマシじゃないか?」

 「そうかな? 手間は一緒なんじゃないか?」


 薬師(くすし)アウェッラーナは、昼間は【見診】で診察して投薬、夜は遅くまで魔法薬を作る。どちらも彼女にしかできず、代わりが居なかった。

 レノたち移動放送局の仲間は、患者の食事作りや世話、薬素材の下拵(したごしら)えなど、素人でもできることは精一杯手伝うが、彼女は今にも倒れそうな顔色だ。


 「それと、緑青飴(ろくしょうあめ)。俺らが食べたら毒だけど、湖の民の人たちは、あれがないと病気になりやすいんだろ?」

 「じゃあ、いっぱい食べたら元気になるってコト?」

 レノが明るい声を出すと、クルィーロは苦笑した。

 「そんな単純にはいかないだろうけど、風邪引き(にく)くなるくらいは……期待していいんじゃないか?」

 「ちょっとでもマシになるんなら、買ってって損はないよな」


 滞在する村の住人は、湖の民ばかりだ。


 「飴屋さんも行くんなら、やっぱ今日は泊まりだな」

 素材が尽きては作れない。

 彼女の身は休まるだろうが、仲間と村人の命が懸かっており、気が気でないだろう。麻疹(はしか)(かか)った直後は抵抗力が落ち、普段なら罹らない病気になったり、ちょっとした風邪でも重症化しやすい。

 最悪、森へ薬草摘みに行ってしまうかもしれなかった。



 二人は商店街前の船着場で渡し舟を下りると、薬の素材屋へ急いだ。

 総合的に扱う店は品揃えが豊富だが、商品個別の品質は店毎に違う。

 アウェッラーナは、これまでの買物で各店の特徴を押えて、なるべく質がよくて安い店を素材毎に指定した。

 二人は、メモを元に店頭で品質を確認して注文する。

 メモとタブレット端末の地図で確認しながら素材屋を梯子し、買った物を見習い職人が作った【無尽袋】にどんどん詰めた。


 素材の目利きをできるようになったのが、あのお屋敷の件なのが複雑な気分にさせる。


 「こっちも一緒に買わないとお薬できないんだけど、いいのかい?」

 「頼まれ物なんで、勝手に買い足すのはちょっと……」

 「そっちはまだ在庫持ってるかもしれませんし」

 ふたつ目の素材は既に他の店で購入済みだ。確認してくれた店長に笑顔で断り、一種類だけ買って素材屋を出る。


 昼は屋台で買って歩きながら済ませたが、残り二軒と言うところで日が暮れてしまった。

 今から帰ろうとしても、王都の門が閉まって外に出してもらえない。

 「秋は日が落ちンの早いなぁ」

 「やっぱ泊まりじゃないと無理か」


 神殿の近所へ移動し、宿の空きを探す。以前は安い宿も神殿の避難所も満員だったが、ネモラリス人の難民キャンプ移送が進み、三軒目で空室がみつかった。

 一日歩き回ってクタクタで、クルィーロは定食を待つ間、今にも寝てしまいそうだ。

 「折角、王都まで来たし、明日は帰る前にお参りしないか?」

 「そうだな。素材の残りと緑青飴(ろくしょうあめ)買って、お参り。うん。みんなの分も」

 幼馴染は、眠い目をこすって頷いた。

 「俺【水晶】持って来たんだ」

 レノは会計係のジョールチに頼んで、小粒の【魔力の水晶】を十粒もらった。その代わり、レノが千年茸の分け前としてもらった作用力を補う【水晶】を一粒、移動放送局プラエテルミッサの共有財産に回した。


 こんな小さな【水晶】では、到底足りないだろう。だが、何もしないよりはマシだ。ラキュス湖は、みんなの祈りと魔力が水源なのだから。

☆呪医セプテントリオーに言われたこと……「1270.早過ぎる落葉」参照

☆ミャータ市/先に麻疹の流行を出して封鎖した東の都市……「1050.販売拒否の害」「1090.行くなの理由」「1126.癒せない悩み」参照

☆あのお屋敷の件……「245.膨大な作業量」「250.薬を作る人々」「262.薄紅の花の下」参照

☆以前は安い宿も神殿の避難所も満員だった……「674.大規模な調査」「677.駆け足の再会」「736.治療の始まり」参照

☆ネモラリス人の難民キャンプ移送が進み……「1145.難民ニュース」参照

☆千年茸の分け前……「564.行き先別分配」「565.欲のない人々」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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