1270.早過ぎる落葉
「呪医、ちょっと待って下さい」
夕飯後、お茶もそこそこにトラックの荷台を降りようとしたところ、レノ店長に呼び止められた。
陸の民の青年が荷物を跨いで追いつき、可愛らしい小袋を差し出す。
「瀞屋さんの飴ではありませんか。どうなさったのです?」
見覚えのある包みに思わず笑みがこぼれ、校舎へ戻る足が止まる。
レノ店長は、意外そうな顔で呪医の手に小袋を置いた。
「そんな有名なお店なんですか?」
「えぇ。旧王国時代から続く進物用緑青飴の老舗ですよ。高かったでしょう?」
「あれっ? お話ししませんでしたっけ?」
患者の急変に備え、呪医セプテントリオーは、薬師アウェッラーナと交代で食事を摂る。
「えぇ、いつの間に……?」
「飴屋さんがタダでくれたんです。化粧箱入りの立派な缶で」
レノ店長が言うと、一緒に王都へ行った工員クルィーロが、懐かしい商標入りの紙袋を手に出て来た。
「閑古鳥鳴いて困ってたんで、ラゾールニクさんに原因調べてもらって、それを伝えたら、お礼にってくれたんです」
「あのお店にお客さんが居なかったのですか? 一体、何があったのです?」
……この戦争? いや、湖上封鎖の影響か? 巡礼は再開されたのに何故?
陸の民の青年二人が語ったのは、セプテントリオーには想像もつかない理由だ。
意味がわからず、反応できない。
レノ店長は、困った顔をクルィーロに向けた。金髪の若者が、ポケットからタブレット端末を出して、小さな写真が並ぶ画面をつつく。
「念の為にサイトの画面を写真に撮っといたんですけど」
「その港の写真がですか?」
「これは同じ日に船便の時刻表とかを記録した奴で、お店のはこれじゃなくて、湖東語の口コミサイトなんですけど、どこに保存したっけな?」
クルィーロは大量の写真を順繰りに送って、目当てのものを探す手を止めずに答えた。
「待って下さい。これが、つい先日の王都なのですか?」
「えぇ……何かマズいモン写ってます?」
手を止めて不安な顔を向ける。
「もう一度、港の写真を見せていただけますか?」
青年は数枚戻して呪医に画面を向けた。
「植込みの樹木が完全に葉を落としていますが、毛虫の大量発生などのニュースを耳にしませんでしたか?」
「えッ? 毛虫?」
「いえ、全然……」
王都に行った二人が拍子抜けした顔で首を振る。
「では、木の病気が出たと言う話はいかがですか?」
「え……さぁ? そう言うのは調べなかったんで」
クルィーロが申し訳なさそうに言ってレノ店長を見たが、端末を持たない彼は目を伏せた。
「こんな状態の木は、港の辺りだけでしたか? それとも、他の所でも?」
「そう言われてみれば、街路樹とかもそうでしたけど、こっちより島が小さくて風が強いから、先に散るもんだとばっかり」
レノ店長が不安げに言い訳めいたことを口にした。
食事を終えたみんなも、お茶を飲むのをやめて三人の遣り取りを見守る。
「フナリス群島はここより南ですから、秋の落葉はネーニア島やネモラリス島より後になるのが普通です」
「腥風樹のせい……ですか?」
ピナティフィダが掠れた声で聞く。
「実際、現地に行ってみなければわかりませんが、シェラタン当主が秦皮を動員した可能性があります」
「秦皮を……えっと……?」
今、トラックに居るのは陸の民の若者ばかりだ。
セプテントリオーは、半世紀の内乱後生まれの彼らにもわかりやすい言葉を探して答えた。
「シェラタン当主は翼佐……他の人の術を手助けして補強する術を得意とするお方です。彼女が修めた【贄刺す百舌】学派の中には、樹木の生命力を魔力に変換して集める術があります」
幹に呪印を描くなど、事前の準備に時間が掛かる術だ。
……一体、いつから?
「じゃあ、これって寒くなって葉っぱが落ちたんじゃなくて、秦皮の木がその術で枯れちゃったってコトですか?」
「あんなにたくさん?」
クルィーロが早口に聞き、レノ店長が身震いする。
パン屋の姉妹も扉の前に移動して呪医を見上げた。
「前もこんなことがあったんですか?」
セプテントリオーは頷いた。
若者たちが息を呑み、こちらを向いた顔が一斉に青褪める。
「半世紀の内乱中、たくさんの神殿が破壊され、青琩への魔力の供給が不足しました」
「それで、王都の木を枯らして、湖水を維持してるんですか?」
DJレーフの問いで荷台に重い影がのしかかった。
セプテントリオーは、努めて微笑を作って答える。
「流石に枯死するまでは集めないでしょう。王都の街路樹は、大木が多かったでしょう?」
「あ、あぁ……そう言われてみれば」
レノ店長とクルィーロは、額を寄せ合って港の写真を確認し、僅かに顔を明るくした。
「半世紀の内乱中は、力を借りた後の数年間は木を休ませました。次の春には、例年通り若葉が芽吹く筈です」
「じゃあ、大丈夫なんですね」
「ただ……この状況が長引けば、弱い木から順に枯れる可能性はあります」
南ザカート市など、半世紀の内乱からの復興を諦めた都市が複数あり、同時に神殿の再建も放棄された。
ラキュス湖の水位はまだ回復途上で、内乱以前の水準に戻すだけでも何年掛かるか不明だ。
今回の魔哮砲戦争で再び、ネーニア島の都市と神殿が烏有に帰した。数十万の民が国外に流出し、アミトスチグマの大森林で湖と神殿から離れて暮らす。
……一体、どれ程の祈りと魔力が失われたのだ?
呪医セプテントリオーは、改めてラキュス湖の現状を思い、足下に暗い穴が開いた心地がした。
☆閑古鳥鳴いて困ってた/何があった/理由……「1250.ネットの風評」参照
☆巡礼は再開された……「196.森を駆ける道」参照
☆同じ日に船便の時刻表とかを記録……「1250.ネットの風評」参照
☆街路樹とかもそうでした……「1247.絶望的接種率」参照
☆腥風樹のせい……「862.今冬の出来事」参照
☆シェラタン当主……「684.ラキュスの核」参照
☆シェラタン当主は翼佐……他の人の術を手助けして補強する術を得意とする……「309.生贄と無人機」「685.分家の端くれ」参照
☆【贄刺す百舌】学派の中には、樹木の生命力を魔力に変換して集める術……「534.女神のご加護」「536.無防備な背中」「585.峠道の訪問者」参照
※ 枯れた原因は詰まり、そういうこと。
☆青琩への魔力の供給が不足
仕組み……「534.女神のご加護」「542.ふたつの宗教」参照
青琩……「684.ラキュスの核」「821.ラキュスの水」参照
水位低下……「874.湖水減少の害」「1086.政治の一手段」参照
☆南ザカート市など、半世紀の内乱からの復興を諦めた都市……「182.ザカート隧道」参照
往時の姿は、外伝「明けの明星」(https://ncode.syosetu.com/n2223fa/)参照




