1266.五里霧中の国
「おつかれさん。今日の分、持ってっていいぞ」
「ありがとうございます」
ゲンティウス店長から朝刊を受け取り、ロークはスキーヌムと連れ立って獅子屋へ急いだ。
夕飯の定食を待つ間、ロークは新聞に目を通した。
相変わらず写真がなく、文字ばかりの記事が並ぶ。
……この方が情報量が多くていいけど。
写真がなければわかり難い記事は困る。何故、写真を載せなくなったのか、理由の記載はなかった。
当初は、インターネットで写真を送るからだと思ったが、データを入れた記録媒体を人の手で運べばいいと気付いてからは、不自然さが気に掛かる。
一面トップは、星光新聞アーテル支社の郵便受けに怪文書が入った件だ。
A4の紙が五枚入った大判封筒が直接、投函された。内容は通信大手五社の報道発表だが、封筒には何の記載もなく、差出人の手掛かりは全くない。霧の時間帯に入れられたらしく、防犯カメラにも入れた人物の姿はなかった。
同様の封筒は、逓信省とアーテル本土の各市役所、教会にも入れられた。全て同じ日で、一人にせよ複数人にせよ、アーテルに土地勘を持つ魔法使いの仕業ではないかとの推測が載る。
市役所と教会が逓信省に問合せたが、中央省庁も心当たりがなく、頭を抱える。
外務省を通じて駐ラニスタ大使館に確認してもらうとあり、星光新聞も、ラニスタ支社に人を派遣して確認すると締め括られた。
二番手の記事は、大統領予備選だ。
十一月には二度目の予備選が予定されるが、通信回線の途絶と魔獣の出現でそれどころではない。
インターネット投票ができない為、投票所の準備をいつもより手厚くしなければならないが、湖上封鎖で投票用紙が不足。また、投票所に足を運ぶ有権者の安全確保も覚束ない。
投票日が来月に迫る中、未だに実施と延期で揉め、結論が出なかった。
冬至に近付くにつれて日没が早くなり、危険が増す。決断を急がなければならないのに選挙管理委員会は何をしているのか、と有権者の憤りの声が載る。
「お待たせしました。白身魚のバター焼き、森のソースです」
香ばしく焼けた白身魚にきのこソースがたっぷり掛かって食欲をそそる。
ロークは畳んだ新聞を膝に置いて、正面のスキーヌムを見た。
「いつまでこんな状況が続くんでしょう?」
「俺に聞かれたってわかりませんよ」
突き放すと、スキーヌムはフォークを置いて俯いてしまった。
なるべくやさしい声で言い聞かせる。
「まず、魔獣を何とかしないと、地上の設備を修理できません。これはわかりますね?」
スキーヌムは顔を上げて小さく頷いた。
「魔獣の退治屋さんが頑張っていらっしゃいますね」
「そう。俺たちは呪符作りとかで駆除屋さんを支援しますけど、何頭居るかわからないし、全部退治するのにいつまで掛かるか、誰にもわかりませんよね?」
スキーヌムは無言で頷いた。
「全部退治できても、安全に部品を運べるようになってから動くから、部品が揃うのを待つだけで時間掛かるのも、わかりますよね?」
ロークは夕飯を口に運んで、スキーヌムの反応を待った。彼は小さく頷いて、少し迷う素振りを見せたが、ロークに倣って白身を口に入れた。
魔道機船に可搬式衛星通信局を積んでルフス沖に停泊させても、地上部分が復旧しなければ、個人が持つタブレット端末などでは、湖岸ギリギリまで出ない限り接続できない可能性が高い。機種によっては湖上まででなければ接続できないかもしれなかった。
「あんなにたくさん壊れたら、職人さんや技師の人たちも大勢必要だけど、魔獣に食べられちゃった人が居るかもしれないし、爆発で電柱とかが壊れて停電してるとこもあるから、先にそれを復旧させなくちゃいけません」
スキーヌムは、説明にいちいち頷きながら、チビチビ食べ進める。
ロークはそれ以上言わず、折角の夕飯が冷めない内にせっせと食べた。とろりとしたカボチャスープの甘みが、ささくれかけた心を円く包んだ。
食後のお茶を待つ間、スキーヌムは不意に思い出したようにポツリと言った。
「ヂオリート君、どうしてるんでしょうね」
「さぁ?」
クロエーニィエ店長は、それとなく地下街を見ておくと言ったが、あれから特に何の音沙汰もない。
ヂオリートは、地下街チェルノクニージニクを出て、ネモラリス憂撃隊の拠点に入ったかもしれないが、そもそも生死さえ定かでなかった。
レフレクシオ司祭を刺した少年は、殺人未遂犯として捕えられた。彼の父親が手を回し、実家へ連れ帰ろうとしたところ、逃走した。その後、ロークたちが彼を目撃したのは、この獅子屋で一度きりだ。
クロエーニィエ店長は、彼が老婦人シルヴァと一緒に居るのを目撃したが、その後の消息は杳として知れなかった。
「どこに居るかわかりませんけど、この街に居るなら……本土より安心……ですよね?」
……聞きたかったのって、これか。
指名手配犯として捕まったなら報道されるだろうが、新聞やラジオにヂオリートの名は全く出ない。
彼はかなり前からシルヴァと接点を持ち、ルフス神学校の礼拝堂爆破事件では、ネモラリス憂撃隊の復讐派を手引きした。
「それって、教団に恨みを持つ殺人未遂犯が野放しってコトなんですけど、一体誰の、何が、どう、安心なんですか?」
何故、スキーヌムがヂオリートの側から物を言うのかわからない。
「香草茶です。ご注文の品、揃いましたか?」
「はい。ありがとうございます」
スキーヌムは、カップを両手で支えて芳香を胸いっぱいに吸い込んだが、答えを口にしなかった。
☆星光新聞アーテル支社の郵便受けに怪文書……「1260.配布する真実」参照
☆俺たちは呪符作りとかで駆除屋さんを支援する……「1232.白い闇の中で」参照
☆魔道機船に可搬式衛星通信局をに積んでルフス沖に停泊……「1241.資金を集める」参照
☆クロエーニィエ店長は、それとなく地下街を見ておくと言った……「1168.復讐者の消息」参照
☆レフレクシオ司祭を刺した少年……「1075.犠牲者と戦う」「1076.復讐の果てに」参照
☆ロークたちが彼を目撃したのは、この獅子屋で一度きり……「1119.罪負う迷い子」参照
☆かなり前からシルヴァと接点……「923.人捜しの少年」~「925.薄汚れた教団」参照
☆ルフス神学校の礼拝堂爆破事件……「868.廃屋で留守番」「869.復讐派のテロ」参照




