表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第一章 印歴二一九一年二月一日
13/3486

0013.星の道義勇軍

 「クソッ! 化け物どもがッ!」

 罵る声に続いて、銃声と爆発音が半壊の病院に響く。

 聖なる星の道の腕章を巻いた義勇兵は、診察室の隅に追い詰められていた。その数、僅か八人。目の前に分厚い水の壁が、灰と瓦礫を飲んで迫る。

 水壁の向こうには人影。

 この病院唯一の呪医と、彼に【涙】を手渡す男の姿が、濁った水越しにぼんやり見える。


 ゼルノー市立中央市民病院を埋め尽くした(おびただ)しい死体は、全く残っていない。

 灰で濁った水壁は厚みを増し、撃ってもその向こうの術者まで弾が届かない。手榴弾を投げても、生き物のように蠢く水が爆風を包み、威力を殺された。

 対魔法使いの切り札【消魔符(しょうまふ)】は、沿岸部で治安部隊との戦いに於いて使い果たした。力なき民にも使える呪符は、この作戦で特別に用意されたものだった。


 診察室の窓に目をやる。

 泥棒避けの鉄格子が(はま)っていた。

 濁った水壁は瓦礫を含むだけでなく、激しく流れていた。壁の中で瓦礫が木の葉のように翻弄される。

 水壁の向こうの人影は、片翼の蛇の首飾りを()げた呪医と、自ら「葬儀屋」と名乗った男だ。


 挿絵(By みてみん)


 この大量の水は、水道水ではない。

 呪医が死体から抜いた水分の塊だ。

 湖の民が力ある言葉で命ずると、死体は一瞬でミイラ化した。葬儀屋がそれをその場で火葬する。死体は束の間、青白い炎に包まれ、骨も残さず灰になった。


 葬儀屋が灰の山を(あさ)る。

 魔力の結晶【魔道士の涙】を拾っているのだ。

 死体の灰が水を濁らせる。

 葬儀屋は同胞の【涙】を呪医に渡し、呪医は死者の魔力で死体から水を抜き、星の道義勇兵を追い詰める。


 水の濁りは死の濁り。


 病院の診察室で医者に溺死させられるのか、水中の瓦礫で撲殺されるのか。魔力を持たない陸の民は、湖の民の魔力を前に、絶望した。

 もう自動小銃の弾は撃ち尽くし、予備のカートリッジもない。

 手榴弾も、最後の一個が水に飲まれた。


 「仲間の死体まで利用する外道が!」

 「化け物め……! 地獄に堕ちろ!」

 果たして、水壁の向こうまで声が届くのか。

 届いたところで、力なき民の呪詛(すそ)の言葉は、ただの罵声でしかない。


 魔力を持ち、「力ある言葉」を操る魔法使いたちに刃向うこと自体が、無謀だったと思い知らされた。


 星の道義勇軍は、魔法使いを中心とするネモラリス共和国政府の圧政に立ち向かう為、立ち上がった。

 密輸した武器と僅かな【消魔符】を集めるだけで精一杯。軍服すらない。義勇兵は目印として、粗末な普段着の肩に「聖なる星の道」の腕章を巻いただけだ。

 魔法から身を守る手段は何もない。


 夜は、山と湖から魔物がやって来る。

 魔法を使えない自治区民では、魔法使いと魔物を同時には相手にできない。平和ボケした魔法使いだけが相手なら、昼の奇襲で充分な筈だった。


 湖の民は、同胞の死すら、自らの力に変えた。

 魔法使いのこの行いは、魔力を(むさぼ)る魔物とどう違うのか。

 「爺さんの言った通りだ。人でなしめ!」

 少年兵モーフが吐き捨て、足下のファイルを拾った。


 ……俺たちには、魔力みたいな(けが)れた力はない。でも、無力なんかじゃねぇ! それを証明してみせる!


 分厚いファイルを灰色の水壁に投げつける。水飛沫(みずしぶき)すら上がらず、泥にめり込むように飲まれた。

 少年兵モーフの目に涙が(にじ)む。


 半世紀の内乱後、ネーニア島北部とネモラリス島の力なき民は、リストヴァー自治区に強制移住させられた。

 モーフの祖父母も両親もそうだ。


 陸の民の内、魔力を持つ者と多神教のフラクシヌス教徒は、移住者の対象から外された。

 移住を回避する為、力なき民を導く聖者キルクルスの教えを捨て、土着の神に改宗する裏切り者が多数現れた。

 信仰を捨てなかった力なき民は、小さな自治区に押し込められ、この三十年、ネモラリス共和国政府に「自力で復興せよ」と捨て置かれた。


 運送業の男から、自治区外の復興は機械と魔法を両方使い、十年足らずで()ったと聞いたことがある。

 今日、初めて自治区から出たモーフは、その話が真実だったと確信した。


 リストヴァー自治区は、和平成立から三十年経った今も、バラックが建ち並び、上下水道の整備すら済んでいない地区もある。

 少年兵となったモーフは今回の作戦で、トラックから火焔瓶(かえんびん)を投げた。


 ……俺たちは、無力なんかじゃねぇ。


 少年兵は、肩で涙を拭った。聖なる星の道の腕章を巻いた腕は、まだ細い。

 魔力を持たないことと信仰を理由に「力なき民」などと見下される(いわ)れはない。


 キルクルス・ラクテウスは、三界(さんかい)の魔物が滅びた後に始まる「魔力のない世界」を()で導く偉大な聖人だ。

 そもそも、世界を滅ぼしかけた三界の魔物を作り出したのは、魔法使いだ。

 邪悪な魔法使いに「力なき聖者」などとバカにされる謂れはない。


 自分たちに惨めな生活を押しつける魔法使いに思い知らせる為、湖の民の街を再び灰に変える為、少年兵モーフは火傷も(いと)わず、何本も火焔瓶を投げた。

 星の道義勇軍は、沿岸部を(おおむ)ね火の海に変え、逃げる住人を追ってゼルノーの市街地を駆け上がり、ここまで来たのだ。

 ▼星の道義勇軍の紋章

 挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ