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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十四章 寒灯

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1265.お役所の障壁

 「成程(なるほど)、儂らもその仕組みを利用できる……か。だがなぁ」

 ラクエウス議員は、アルキオーネの自信に満ちた説明に時々相槌を打ちながら聞いたが、渋い顔で黙り込んだ。両輪の軸党のアサコール党首とモルコーヴ議員も、タイゲタが作った計画書を難しい顔で読み返す。

 運び屋フィアールカは、お茶を飲んで何も言わない。

 沈黙がアミエーラたちの期待を萎ませ、不安に塗り替えた。



 「あの、ラクエウス先生、どんな問題が?」

 アミエーラは思い切って聞いてみた。

 老議員が視線で促し、代わりにアサコール党首が答える。

 「在外公館が、独自に資金集めをしても、本国の予算に組入れる法的根拠がないからね」

 「なんですか? それ?」

 アルキオーネの声がほんのり怒気を帯びる。

 党首は困った顔で答えた。

 「つまり、おカネを集めること自体、認めてもらえなくて、最悪の場合、ザミルザーニィ大使が責任を問われて更迭(こうてつ)されるかもしれないんだよ」

 「こーてつってなんですか?」

 サロートカが恐る恐る聞く。

 「ザミルザーニィ大使が、ルニフェラ共和国駐在の任務を解かれて、別の人が行くかもしれない。そうなると、製薬会社が本国政府機関と購入契約をしたのではなく、大使個人の人脈を使って、どこかの病院を経由して結んだ購入契約だと、手に入らなくなる可能性が出て来る」

 「今、そんなコト言ってる場合だと思います?」

 アルキオーネが机の上で両拳を震わせる。


 モルコーヴ議員は、穏やかな声で答えた。

 「ザミルザーニィ大使が悪い人じゃなくても、一度これを許してしまえば、悪い人が私腹を肥やすのに使うかもしれないでしょ?」

 それには、みんなも頷かざるを得ない。

 赤毛の女性議員は、頷き返して続けた。

 「あの大使はよくても、この大使の場合はダメって言うには、法的な根拠が必要なのよ」

 「知ってると思うけど、ワクチンは生物(なまもの)で【無尽袋】に入れられないからね」

 この場で唯一、緑髪の運び屋も諦め顔だ。


 「別に正規ルートを通さなくても、大使が買ってフィアールカさんとかがクレーヴェルに運んでもいいんじゃないんですか?」

 タイゲタが眼鏡を(せわ)しなく拭き、裸眼でどこを見るでもなく言った。

 「生憎(あいにく)、土地勘がないのよ。アルトン・ガザ大陸の何カ国かにも協力者は居るけど、力なき民のキルクルス教徒か、魔法使いでも、この辺に土地勘のない人ばっかりだし」

 「飛行機で運ぶとなると、戦争の影響で便数が激減している上に検疫などもあるからね」

 アサコール党首も、できない理由を重ねた。


 ……私たちの見通しが甘かったってコト?


 まさか、資金集めを断られるとは思いもよらず、アミエーラは呆然と大人たちを見回した。亡命議員三人は少し申し訳なさそうだが、運び屋フィアールカはどこか他人事(ひとごと)風だ。


 アルキオーネが食い下がる。 

 「でも、今、戦争でおカネなくって、ワクチンあんまり買えないんですよね?」

 「大使の機密費にも限りがあるし、資金集めの案自体は、悪くないわ。ただ、問題はその先なのよ」

 モルコーヴ議員が眉尻を下げて言うと、アルキオーネは肩を落とした。長い黒髪がリーダーの顔を覆い隠す。

 「輸入経路が成立したことで、本国の保健省が緊急予算を(ひね)り出すやもしれん」

 「ザミルザーニィ大使に口利きしていただいて、パルンビナ株式会社に輸入代行してもらえないか打診するから、宿題にさせてくれないかい?」

 ラクエウス議員が希望的観測を述べ、アサコール党首は祈る調子で六人の少女を見回した。


 そう言われては、引き下がるしかない。

 「それじゃあ……よろしくお願いします」

 「お手数お掛けしました」

 アルキオーネが席を立つと、他の五人もすごすごパソコンの部屋に戻った。



 「……どうするの?」

 アステローペが恐る恐る聞くが、リーダーは眉間に皺を刻んで答えない。

 パソコンの画面で、能天気なスクリーンセイバーが躍り出した。



 石のような沈黙を破ったのは、ラゾールニクと共に戻ったファーキルだ。

 「あれっ? 歌の練習は?」

 「休みよ」

 アルキオーネの声が地を這い、ファーキルは固まった。

 ラゾールニク一人、どこ吹く風で聞く。

 「ん? 何? どうしたの?」

 「んー……それが……」

 タイゲタが、さっき作った計画書のファイルを開いて説明する。


 ラゾールニクは一通り聞いて苦笑した。

 「そりゃ相手は役所なんだし、これ系のゆるい活動とは相性悪いよ」

 「でも……」

 「マリャーナさんの会社に聞いてくれるって言ってたんだろ? あっちは議員の先生方に任せとけば?」

 「会社が無理でも、フラクシヌス教団とか他に頼むのもアリだし、今は返事を待つしかないと思うよ」

 ラゾールニクがエレクトラの反論を遮り、ファーキルも加勢した。


 「そっか」

 「そうね」

 「じゃ、PVのネタ出ししよっか」

 アステローペ、タイゲタ、エレクトラが吹っ切れた笑顔で頷く。

 サロートカは、ファーキルとラゾールニクを交互に見て聞いた。

 「撮影、手伝ってくれますか?」

 「今日は無理だけど、どんなの撮るか決まったら教えてくれる?」

 「今回は彼女を中心にするから、ヨロシク」

 「えっ? わ、私?」

 アルキオーネに背を押され、一歩前に出たアミエーラは狼狽えた。

 「さっきも言ったじゃない。こう言うのは、ネモラリス人のカワイイ女の子の方が効果あるって」

 「あぁ、そう言うコト」

 「成程なぁ」

 ファーキルとラゾールニクにも訳知り顔で頷かれ、アミエーラは断れなくなってしまった。


 「大丈夫だって。いつも通り、舞台と同じで堂々としてれば」

 ラゾールニクは軽い調子で励ますと、用があるからと出て行った。

☆アルトン・ガザ大陸の何カ国かにも協力者は居る……バルバツムの同志

 口座の名義貸し……「440.経済的な攻撃」参照

 聖典の調達者……「0958.聖典を届ける」参照

 不正アプリ開発者……「589.自分の意志で」「0993.会話を組込む」参照


☆飛行機で運ぶとなると、戦争の影響で便数が激減……「634.銀行の手続き」「750.魔装兵の休日」参照


【参考】前回のプロモーションビデオ……「515.アイドルたち」~「517.PV案を出す」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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