1265.お役所の障壁
「成程、儂らもその仕組みを利用できる……か。だがなぁ」
ラクエウス議員は、アルキオーネの自信に満ちた説明に時々相槌を打ちながら聞いたが、渋い顔で黙り込んだ。両輪の軸党のアサコール党首とモルコーヴ議員も、タイゲタが作った計画書を難しい顔で読み返す。
運び屋フィアールカは、お茶を飲んで何も言わない。
沈黙がアミエーラたちの期待を萎ませ、不安に塗り替えた。
「あの、ラクエウス先生、どんな問題が?」
アミエーラは思い切って聞いてみた。
老議員が視線で促し、代わりにアサコール党首が答える。
「在外公館が、独自に資金集めをしても、本国の予算に組入れる法的根拠がないからね」
「なんですか? それ?」
アルキオーネの声がほんのり怒気を帯びる。
党首は困った顔で答えた。
「つまり、おカネを集めること自体、認めてもらえなくて、最悪の場合、ザミルザーニィ大使が責任を問われて更迭されるかもしれないんだよ」
「こーてつってなんですか?」
サロートカが恐る恐る聞く。
「ザミルザーニィ大使が、ルニフェラ共和国駐在の任務を解かれて、別の人が行くかもしれない。そうなると、製薬会社が本国政府機関と購入契約をしたのではなく、大使個人の人脈を使って、どこかの病院を経由して結んだ購入契約だと、手に入らなくなる可能性が出て来る」
「今、そんなコト言ってる場合だと思います?」
アルキオーネが机の上で両拳を震わせる。
モルコーヴ議員は、穏やかな声で答えた。
「ザミルザーニィ大使が悪い人じゃなくても、一度これを許してしまえば、悪い人が私腹を肥やすのに使うかもしれないでしょ?」
それには、みんなも頷かざるを得ない。
赤毛の女性議員は、頷き返して続けた。
「あの大使はよくても、この大使の場合はダメって言うには、法的な根拠が必要なのよ」
「知ってると思うけど、ワクチンは生物で【無尽袋】に入れられないからね」
この場で唯一、緑髪の運び屋も諦め顔だ。
「別に正規ルートを通さなくても、大使が買ってフィアールカさんとかがクレーヴェルに運んでもいいんじゃないんですか?」
タイゲタが眼鏡を忙しなく拭き、裸眼でどこを見るでもなく言った。
「生憎、土地勘がないのよ。アルトン・ガザ大陸の何カ国かにも協力者は居るけど、力なき民のキルクルス教徒か、魔法使いでも、この辺に土地勘のない人ばっかりだし」
「飛行機で運ぶとなると、戦争の影響で便数が激減している上に検疫などもあるからね」
アサコール党首も、できない理由を重ねた。
……私たちの見通しが甘かったってコト?
まさか、資金集めを断られるとは思いもよらず、アミエーラは呆然と大人たちを見回した。亡命議員三人は少し申し訳なさそうだが、運び屋フィアールカはどこか他人事風だ。
アルキオーネが食い下がる。
「でも、今、戦争でおカネなくって、ワクチンあんまり買えないんですよね?」
「大使の機密費にも限りがあるし、資金集めの案自体は、悪くないわ。ただ、問題はその先なのよ」
モルコーヴ議員が眉尻を下げて言うと、アルキオーネは肩を落とした。長い黒髪がリーダーの顔を覆い隠す。
「輸入経路が成立したことで、本国の保健省が緊急予算を捻り出すやもしれん」
「ザミルザーニィ大使に口利きしていただいて、パルンビナ株式会社に輸入代行してもらえないか打診するから、宿題にさせてくれないかい?」
ラクエウス議員が希望的観測を述べ、アサコール党首は祈る調子で六人の少女を見回した。
そう言われては、引き下がるしかない。
「それじゃあ……よろしくお願いします」
「お手数お掛けしました」
アルキオーネが席を立つと、他の五人もすごすごパソコンの部屋に戻った。
「……どうするの?」
アステローペが恐る恐る聞くが、リーダーは眉間に皺を刻んで答えない。
パソコンの画面で、能天気なスクリーンセイバーが躍り出した。
石のような沈黙を破ったのは、ラゾールニクと共に戻ったファーキルだ。
「あれっ? 歌の練習は?」
「休みよ」
アルキオーネの声が地を這い、ファーキルは固まった。
ラゾールニク一人、どこ吹く風で聞く。
「ん? 何? どうしたの?」
「んー……それが……」
タイゲタが、さっき作った計画書のファイルを開いて説明する。
ラゾールニクは一通り聞いて苦笑した。
「そりゃ相手は役所なんだし、これ系のゆるい活動とは相性悪いよ」
「でも……」
「マリャーナさんの会社に聞いてくれるって言ってたんだろ? あっちは議員の先生方に任せとけば?」
「会社が無理でも、フラクシヌス教団とか他に頼むのもアリだし、今は返事を待つしかないと思うよ」
ラゾールニクがエレクトラの反論を遮り、ファーキルも加勢した。
「そっか」
「そうね」
「じゃ、PVのネタ出ししよっか」
アステローペ、タイゲタ、エレクトラが吹っ切れた笑顔で頷く。
サロートカは、ファーキルとラゾールニクを交互に見て聞いた。
「撮影、手伝ってくれますか?」
「今日は無理だけど、どんなの撮るか決まったら教えてくれる?」
「今回は彼女を中心にするから、ヨロシク」
「えっ? わ、私?」
アルキオーネに背を押され、一歩前に出たアミエーラは狼狽えた。
「さっきも言ったじゃない。こう言うのは、ネモラリス人のカワイイ女の子の方が効果あるって」
「あぁ、そう言うコト」
「成程なぁ」
ファーキルとラゾールニクにも訳知り顔で頷かれ、アミエーラは断れなくなってしまった。
「大丈夫だって。いつも通り、舞台と同じで堂々としてれば」
ラゾールニクは軽い調子で励ますと、用があるからと出て行った。
☆アルトン・ガザ大陸の何カ国かにも協力者は居る……バルバツムの同志
口座の名義貸し……「440.経済的な攻撃」参照
聖典の調達者……「0958.聖典を届ける」参照
不正アプリ開発者……「589.自分の意志で」「0993.会話を組込む」参照
☆飛行機で運ぶとなると、戦争の影響で便数が激減……「634.銀行の手続き」「750.魔装兵の休日」参照
【参考】前回のプロモーションビデオ……「515.アイドルたち」~「517.PV案を出す」参照




