1262.沈みゆく泥船
星光新聞アーテル支社は、ポデレス大統領叩きに舵を切った。
ラニスタ支社に人を出して、アーテル政府逓信省とは別経路で情報の裏取りをする可能性が高い。
インターネットが使えない以上、人々はテレビやラジオ、新聞に情報を求める。
ラゾールニクらが取りまとめた情報によると、アーテル共和国内の市民生活はまだ完全には停滞しておらず、早朝の霧が晴れてから、夕霧の出る前までの時間帯に細々と企業活動などを続けた。
ランテルナ島の魔獣駆除業者は、これらの企業に雇われ、白昼堂々アーテル本土で仕事をする。今や、本土のキルクルス教徒で、面と向かって彼らを蔑む者は居なかった。
流石に話し掛ける者はないが、魔法の【鎧】を纏う者を見掛けると安堵して会釈する者が、ちらほら見られるようになったと言う。
……イグニカーンス市で、朝と夕方、両方に霧が出るなんてなかったけどな。
この霧も、攻撃者の術によるものかもしれない。
ファーキルはふと思いつき、ラニスタ共和国気象庁のサイトにアクセスした。
過去数年間の同時期にどの程度、霧の日があったか調べる。アーテルとの国境付近の観測地点なら、少しは参考になるだろう。
予想通り、霧が掛かるのは朝が多く、朝夕両方の日は一日もなかった。
わかったところで、どうにかできるワケではないが、後で参考資料として同志たちに伝えようと、スクリーンショットを保存する。
……戦争が終わったところで、魔獣の駆除が済まない限り、企業が進出すんのはムリっぽいけどなぁ。
湖底ケーブルや地上の通信インフラの復旧にいつまで掛かるか見通しすら立たないが、莫大な費用が接続料や通話料に上乗せされることだけは、ほぼ確定だ。
そもそも、終戦の時期どころか、どんな条件が整えば終わるのかすら、わからなかった。
……こんなんで、よく、企業団地に進出しようとか思うよな。
ファーキルは、クラピーフニク議員が来て中断した作業に戻った。
ブラウザで開いたままのタブは、ラキュス地方企業団地合同委員会のサイトと参加企業三社のプレスリリースのページだ。
委員会の三十四社中、アーテル周辺の湖底ケーブル切断に関して、何らかの発表を行ったのは、たったの三社だ。
二社は、爆発と魔獣の犠牲者への祈りと事態の推移を見守りつつ、早期の復旧を祈る云々とだけあり、一言にまとめるなら「様子見」だ。
残る一社は、ラーヌンクルス電池産業で、既に湖東地方のジゴペタルム共和国に進出済みだった。
大意は先の二社と同じだが、様子見は様子見でも、どことなく逃げ腰な雰囲気を感じる。
湖東語と湖南語で会社名を検索すると、公害訴訟のニュースや原告団のサイト、公害事件の検証ブログなどがヒットした。
……要するに損害賠償の借金で首が回らないから、接続料が値上がりするんならやめるってコトか。
共通語で「ラキュス 企業 団地」でニュースを検索する。
バルバツム連邦を中心に数十件の記事が引っ掛かった。湖底ケーブル切断事件に関する記事が多い。
〈アーテル共和国政府や地方自治体、同国内の企業などからは、衛星移動体通信システムと衛星携帯電話機の納入依頼が相次いだ。〉
遠く離れたアルトン・ガザ大陸のニュースにまで、泥縄対応に呆れる記事が掲載される。
〈ラキュス地方企業団地合同委員会に参加する複数企業の関係者が、匿名を条件に取材に応じ、可能な限り早期に進出計画を白紙撤回したいと明かした。〉
まだ、正式なプレスリリースは出せないが、担当者個人としての率直な感想だ。機を見るに敏い社員なら、有能であればある程、焦眉の急だとわかるだろう。
〈関係筋の一人は取材に対し「ポデレス大統領は“多数の国から支援を受け、早期に停戦を実現する”として、企業団地の誘致を大々的に行った。しかし、一年八カ月以上経った現在も停戦の目途が立たず、却ってネモラリス人ゲリラの活動は激化する一方だ。また、先日、何者かが湖底ケーブルを切断したが、アーテル軍は保守船の護衛すらできない」と話し、安全が担保されない地域での経済活動は差し控えたいと不快感を露わにした。〉
別の記事に目を通す。こちらも同じ論調だ。
バルバツム連邦の経済各紙は、かなり手厳しい。
〈今回の湖底ケーブル切断に関して、ポデレス政権は対応が後手後手に回り、参加企業関係者からは、国全体でリスク管理が不充分であるとの不満が噴出した。〉
……そりゃそうだ。どう見ても泥船だもん。
大聖堂に遠慮してか、誘致活動にキルクルス教団が一枚噛んだ件には、各紙、一行たりとも触れない。
誘致活動開始時点の記事には、アーテル共和国の戦後復興を支援する為、信仰の力を結集して云々と明記してあった。
……この調子だと、公開期間終了前に消して、なかったことにされそうだな。
せっせとテキストと画像のコピーを取り、スクリーンショットも残す。
複数の記事で、別々の専門家が進出計画が全て白紙に戻った場合、アーテルの戦災復興が遅れ、経済難民が発生する可能性があると指摘するが、それはネモラリスも同様だ。
……なんでキルクルス教徒だけ、特別扱いなんだよ。
内心、悪態を吐きながらも、記事を保存する手は休めなかった。
☆星光新聞アーテル支社は、ポデレス大統領叩き……「1257.不備と不手際」参照
☆面と向かって彼らを蔑む……「519.呪符屋の来客」参照
☆この霧も、攻撃者の術によるもの……「1219.白色の闇作戦」参照
☆どんな条件が整えば終わるのか……「678.終戦の要件は」参照
☆ラキュス地方企業団地合同委員会……「1147.動き出す歯車」「1152.大統領の演説」「1225.ラジオの情報」「1234.長期化を予想」参照
☆ラーヌンクルス電池産業/公害訴訟……「1161.公害対策問題」「1235.水を穢した者」参照
☆誘致活動にキルクルス教団が一枚噛んだ件……「0966.中心街で調査」「1022.選挙への影響」「1023.特番への反応」「1027.工業団地計画」~「1029.分断の阻止へ」「1092.バザーの準備」参照




