1261.対クレーマー
ファーキルには、言語の系統が全く異なる日之本帝国やアルポフィルム連邦の本社サイトは読めない。辞書や翻訳のサイトを使っても、その訳が正しいか確認できないのだ。
諦めて、共通語圏に本社を置く三社の公式サイトと、五社がそれぞれ湖南地方に配置した支社のサイトで確認した。
共通語圏の本社サイトにあるのは、プレスリリースではなく、投資家向けに共通語訳した同じ文章だ。
湖南地方の支社は、当事者のアーテル共和国だけでなく、巻き込まれたラニスタ共和国、余計な手間が発生したラクリマリス王国、間接的な影響が予想される周辺諸国に向けた声明を出した。
五社共同声明の形を採らなかったのは、母国の信仰や政体、湖南地方との関係が異なる為、足並みが揃わなかったせいだろう。
……結局同じコト言うんなら、共同声明にした方がよかったんじゃないか?
今更、一般人のファーキルがアミトスチグマ王国で思っても仕方がない。
声明の冒頭は各社とも、爆発や魔獣の襲撃による犠牲者への祈りだ。
宗教色を排した社もあれば、本社所在地の国教に合わせた所、キルクルス教やフラクシヌス教の祈りの詞を書き添えた所もあり、同じ表現はひとつもないが、主旨は同じだ。
続いて、湖底ケーブルの現状報告。
声明では損傷箇所数だけを挙げ、詳細ページへの誘導リンクを貼るに留める。
各社は、ラクリマリス王国政府から湖上封鎖水域での活動許可証を得て、作業船が王家の使い魔から攻撃を受ける懸念はないと断言した。
勿論、ラクリマリス王室の厚意への感謝の言葉も忘れない。
〈しかし、ラクリマリス王国は魔哮砲戦争の当事国ではない為、王国水軍をケーブル保守船の護衛には付けられないと申し渡されました。
現在の国際情勢を鑑みるにラクリマリス王国軍にご協力を仰ぐべきでないことは、一民間企業である弊社にも充分、理解可能です。
アーテル共和国北東部アケル市沖では、何らかの爆発によるものとみられる水柱が断続的に上がります。また、同国の市街地に於いても、通信設備の爆破が連続発生するだけでなく、現地の警察当局からは毎日、魔獣による捕食被害の発表があります。〉
……あぁ、うん。社員を死にに行かせるようなもんだよな。
ネモラリス政府軍か、武装ゲリラ組織ネモラリス憂撃隊か、それともまったく別勢力の仕業か不明だが、通信大手五社は、言外に「大事な社員をそんな死地には遣れない」と異口同音に突っぱねたのだ。
アーテル軍も政府中枢も、通信途絶に右往左往して責任をなすり合うばかりで、実行犯を捕えるどころか、どこの誰の仕業か証拠のひとつも上げられない。
対魔獣特殊作戦群は出動させたが、基地局や交換局の修理に必要な警備などは民間業者に丸投げだ。
〈攻撃者の意図は、明らかにアーテル共和国の孤立です。
正体不明の攻撃者は、魔哮砲戦争が終戦、或いは停戦を迎えるまで、攻撃を継続する惧れがあります。
中立国の水軍は、アーテル沖の水域で、アーテルと世界を結び直す湖底ケーブル保守船を護衛する任務はできません。〉
他国の水軍が、アーテル共和国に与する動きを見せれば、それはネモラリス共和国への敵対行為であり、中立性を失ってしまう。
満身創痍のネモラリスが、同じ信仰を持つ各国に表立って武力行使するとは思えない。
それでも、他の国々には、フラクシヌス教国間の友好関係を損なってまで、キルクルス教国のアーテルに肩入れする理由はない。しかも、これがネモラリス正規軍の攻撃だった場合、次は自分たちが同じ目に遭わされるかもしれないのだ。
〈しかし、アーテル軍には水軍がなく、国全体としても、船舶は一隻も保有しておりません。アーテル軍による護衛がない中で、同国周辺水域での作業は重大な危険を伴います。
陸上での作業につきましても、宗教上の理由で、同国軍や警察からは魔法による支援が受けられず、魔物・魔獣駆除の専門家の派遣も拒否される以上、水上と同程度の危険が予想されます。〉
……守ってくれないし、守るの邪魔するし、おカネも出さないのにヤバい現場へ「人を出せ! 早くしろ!」って、そんなのもう「お客様」じゃないよなぁ。
通信事業者の声明は悲鳴に近い。
クレーマーの対応を上手くすれば、上客になる場合もあるが、理不尽な要求を増大させることも多々ある。
通信大手五社は揃いも揃って、アーテル共和国を後者として見限ったのだ。
〈弊社は、この戦争によって、生命を奪われた方々の魂の平安をお祈り申し上げます。一日も早いラキュス湖周辺地域全体での平和の実現、及び、地域の実情に即した寛容な価値観が共有される日の到来を願ってやみません。〉
……あぁ、うん。もうフツーに断られて当然だよな。
ファーキルは、通信五社のアーテル共和国に対する毅然とした拒絶で、いつか運び屋フィアールカに言われたことを思い出した。
「アルトン・ガザ大陸ならいざ知らず、この地では魔法使いの助けなしで生きて行くのは無理なのよ?」
他所の科学文明国から来た業者にもわかることが、何故、アーテルでは理解されないのか。
ファーキルは、捨てた祖国の未来を予想し、情報の闇に取り残された国民を哀れに思った。




