1260.配布する真実
ファーキルは、ラクエウス議員の手紙をパソコンで代筆した後、すぐ別の作業に取り掛かった。
ラキュス地方企業団地合同委員会に参加した企業の公式サイト巡りだ。
……ネットに繋がらなくなって、復旧がいつになるかわかんないし、直っても修理代が接続料に上乗せされるに決まってる。
進出を諦めたのを期待して、プレスリリースのコーナーを次々開く。
ファーキルの予想に反し、特に何も発表しない社が大半だ。三十四社中、アーテル共和国周辺の湖底ケーブル切断について何らかの発表を行ったのは、ほんの僅かしかない。
動きがなかったページをもう一度じっくり読み返し、見出しの翻訳に間違いない所はタブを閉じた。
残ったのは、たったの三社だ。
流石に経済の専門用語まではわからない。
別タブで共通語の翻訳サイトを開いた所で、パソコン部屋の戸をノックされた。
「はーい、どうぞー」
「やあ。作業中にゴメンね。ちょっと印刷したいものがあって」
クラピーフニク議員がいそいそ入って来た。
隣のパソコンを起動して、すっかり慣れた手つきでキーボードを叩く。何を印刷するのか見ていると、ウェブメールにログインし、添付ファイルを開いた。
……湖底ケーブルの復旧について?
プリンタが動きだし、PDFを紙に出力する。
秦皮の枝党の若手議員は、ファーキルに向き直った。
「気になる?」
「えぇ、はい。これって情報源は……ホントに?」
「うん。通信大手各社の公式サイトだよ。プレスリリースだけど、肝心のアーテルには届かないからね」
クラピーフニク議員が刷り上がった一枚を手に戻る。
紙の右肩には世界屈指の通信事業者のロゴがあった。
「ここだけじゃなくて、五社分まとめて封筒に入れて、アーテルの役所と教会、それとマスコミ各社の郵便受けに直接投函してもらうんだ」
「えっ? それって、危なくないですか? 色んな意味で」
今、アーテル本土の市街地には、何者かが通信設備の破壊工作を仕掛け、朝夕の霧が出る時間帯を中心に爆弾が炸裂する。加えて、魔獣が多数出現し、学校園は全て休校、休園措置が取られた。
個人商店を中心に休業も相次ぎ、この状況が長引けば、市民生活が崩壊しかねなかった。
「勿論、戦う力があって、【跳躍】と【姿隠し】が使える人を手配してもらうからね」
若手議員は、中学生の少年を安心させようと微笑んでみせた。
アーテルにそれなりの土地勘を持つ者となると限られる。数カ月前からロークと活動を共にするようになったクラウストラと言う女性なら、適任だろう。
……イグニカーンス市には土地勘あるけど、力なき民だから足手纏いにしかならないよな。
何もできない「力なき民の子供」の身が恨めしい。
現在、アーテル本土の市街地を闊歩するのは、魔獣とアーテル陸軍対魔獣特殊作戦群の部隊、それにランテルナ島在住の魔獣駆除業者だ。
「誰だかわかんない人がこっそり郵便受けに入れた印刷物……」
「信じない人は信じないだろうけど、少なくとも、アーテルの逓信省に問合せは行くだろう」
マスコミなら、不審な封筒そのものがネタになる。
イタズラ扱いせず、解明の為に手を尽くすだろう。
「で、逓信省の人は、外務省の人をラニスタに派遣して、大使館から会社の公式発表を確認するってコトですか?」
「普通はそうするだろうね。何日掛かるかわかんないけど」
「これ、本物のプレスリリースってわかって……それで、アーテル人はどう動くと思います?」
どんな効果を期待して、この情報を撒くのか。
クラピーフニク議員はプリンタに溜まった紙を取り、一組をファーキルに渡すと静かな声で答えた。
「目的のひとつは、降伏勧告。でも、一番の目的は“この地域では魔法なしじゃ暮らせない”って言う自覚を促すことだよ」
「降伏……まぁこの状況が何カ月も続いたら、ネモラリス軍とかが直接アーテル人を殺さなくても、色々大変なコトになりそうですけど、でも」
「でも?」
若手議員の青い瞳が、ファーキルの瞳の奥を覗く。
「昔は、インターネットがなくても普通に生活してたし、現に今も、ネモラリスやスクートゥム王国はナシでやってますよね?」
ファーキルは、ネーニア島で移動販売店プラエテルミッサの一行と過ごした日々を思い出した。
ラクリマリス王国領内では、ネットにアクセスできたが、地方の住民は有力者も含めてタブレット端末などを持っておらず、なくて当然の生活を営む。
王国内の主なネットユーザは観光客で、次が、彼らを相手にするフラクシヌス教の神殿関係者、宿泊業者などだ。
隣のラクリマリス王国でも、一般人の生活に浸透したとは言い難い。
「うん。でも、それは、魔法が使えるからなんだ」
「あ……! でも、ラニスタはどうなんですか?」
ラキュス湖半で最初にキルクルス教を国教と定めた国だ。
「少ないけど、ラニスタにも魔法使いは住んでるよ。星の標はテロの標的にするけど、ラニスタの一般人で、そこまで魔法使いに拒否感を持つ人は少ないから、テロがニュースになるし、実行犯は逮捕されるんだ」
「そうだったんですか? てっきり、アーテルと同じだと……」
「ラニスタのニュースや裁判の記録を調べてみれば、わかると思うよ」
クラピーフニク議員は、通信各社のPDFを共有フォルダに移すと、刷り上がった紙束を抱えてパソコンの部屋を出た。
ファーキルは渡された五枚のプレスリリースを見比べた。
企業ロゴの他は画像がない。文字情報だけの緊急発表だ。
五社の発表時期は前後して三日間に分かれるが、内容は示し合わせたように同じ主旨で、表現だけが異なる。
ファーキルは、通信事業者の公式サイトにアクセスし、プレスリリースのページを開いた。
☆ラキュス地方企業団地合同委員会……「1147.動き出す歯車」「1152.大統領の演説」「1225.ラジオの情報」「1234.長期化を予想」「1235.水を穢した者」参照
☆色々大変なコト……「1218.通信網の破壊」参照
☆ラクリマリス王国領内では、ネットにアクセスできた……「203.外国の報道は」参照
☆地方の住民は有力者も含めてタブレット端末などを持っておらず……「280.目印となる歌」参照
☆王国内の主なネットユーザは観光客……「270.歌を記録する」「280.目印となる歌」「303.ネットの圏外」参照
☆ラニスタにも魔法使いは住んでるよ。星の標はテロの標的にする……「0005.通勤の上り坂」参照




