1257.不備と不手際
魔力の照射を受けた箇所が白く輝き、一瞬で蒸発する。
ランテルナ中部基地の破壊も、雑妖をたらふく食わせた魔哮砲の前には赤子の手を捻るようなものだ。
……こんな弱い軍に街を焼かれたのか。
魔装兵ルベルは虚しさを覚えた。
地下街チェルノクニージニクの宿から【索敵】で状況を見ながら【花の耳】越しに命令を与える。
いつか見た飛行機のゴーレムに指示を出すアーテル兵と同じ状態だと気付いたのも、虚しさの一因かもしれない。
部屋に残るのはルベル一人。
工兵の四人は、アーテル本土で破壊工作中だ。
ラズートチク少尉は魔哮砲と共に現場に出た。
少尉がいつも通り、一仕事終えた魔哮砲を【従魔の檻】で回収して【跳躍】するのを見届けると、ルベルは【索敵】の術を解いてベッドに横たわった。
今回、魔哮砲の給餌はアーテル領や北ザカート市ではなく、ネーニア島東部のクルブニーカ市で行った。
魔哮砲に瓦礫の間を這わせながら、見渡す限り廃墟が横たわる街を眺める。
空襲で破壊の限りを尽くされた医療産業都市は、ルベルの知らぬ間に工兵の手で主要道の瓦礫が撤去され、工事車両や工作機械がひっきりなしに往来する。雑草が生い茂る薬草畑では、不発弾処理の最中だ。
防壁工事の進捗は二割程度だと言われたが、北ザカート市よりも魔法で守られた建物が多く、復旧が進んだように見えた。
だが、まだ一般市民の姿はない。
作業に当たるのは全員、ネモラリス軍の正規兵だ。
北のトポリ市では、日雇労働者やボランティアが作業に加わると聞いた。
医療産業都市クルブニーカの辺りは、まだ立入制限が解除されない。
だからこそ、堂々と魔哮砲に給餌させられるのだ。
アーテル軍基地の破壊が進んだ今なら、住民らを帰還させた方が早く復興しそうなものだが、何故、そうしないのか。
疲れた目を閉じて考えようとしたが、思考は敵国のお粗末な備えに飛んだ。
ラズートチク少尉の調査によると、アーテル政府中枢や大都市の行政機関には、可搬式の通信衛星アンテナや、衛星携帯電話機の備蓄が複数台あった。だが、大半は納入後に一度も稼働させず、バッテリが劣化して使い物にならなかった。
講習を受けた職員が定年退職し、使い方や設置方法のわかる職員が一人も居なくなり、機器が使える状態か、確認すらできない自治体も複数あると言う。
そもそも、地方の小都市では、予算不足で配備すらされなかった。
アーテル軍の中部基地も同様だ。
こちらは可搬式通信衛星アンテナ車だが、年に一度の訓練でのみ使い、普段は倉庫で眠る。
魔哮砲戦争の開戦後、耐用年数を越えた人工衛星が更新された。
地上の機器を最新式に買替えるか、通信事業者が配布する「新衛星に対応させるプログラム」とやらをインストールしなければならなかったが、実行しなかった。戦争の対応で手を取られたのが原因だろう。
旧式の人工衛星は、他の衛星の妨げにならぬよう大気圏を越え、鵬大洋に落とされた。
運用可能な非常用通信設備は、アーテル共和国内に片手で数える程しかない。
いずれも旧式で、通信速度が遅く、容量も小さい。
全てが大統領府に集められ、通信途絶対策委員会がほぼ独占使用する。辛うじて繋がる細い回線は、バルバツム連邦政府や、通信事業者の湖南地方支社との連絡で塞がった。
ラズートチク少尉より数日遅れで、アーテル共和国の星光新聞にもその件が載った。国会と地方議会は、不手際を糾弾する声で溢れる。
特にポデレス政権の責任を問う声が大きく、再選を危ぶむ記事が紙面を賑せた。
……責任のなすり合いとかしてる場合じゃないと思うんだけどな。
星光新聞の紙面によると、戦争が財政を圧迫して予算不足が生じ、政府として正式に発注できないらしい。
外国に伝手のある者が、最新式の機器とそれを扱える技師の派遣を要請し、早急に仮復旧させるべきだと思うが、国内の通信事業者に丸投げだ。
どれだけ莫大な費用が掛かるか知らないが、業者を働かせれば、その支払いは誰かが負担することになる。
回収の見込みが薄そうなら、業者の動きが鈍くなって当然だ。
思惑通りに進み、ラズートチク少尉はほくそ笑んだ。
魔道機船に可搬式衛星通信局を積んで、首都ルフスの沖合に停泊させる案は、通信事業者がラクリマリス王国から湖上封鎖領域での活動許可証を得るところまでは進んだ。
しかし、工兵たちが、湖上で派手に水飛沫が上がるよう爆破を繰り返した為、どの業者も尻込みして船を出さない。
今日の朝刊には、「回線が繋がる駐ラニスタ共和国大使館を通じて連絡を行う」とあったが、アーテル本国との連絡が、郵便や航空機による職員派遣に頼らざるを得ず、対応が後手後手に回る。
ラニスタ共和国に駐在するアーテル共和国大使は、通信事業の各社に復旧作業を急かすだけだ。
アーテル共和国は、湖上封鎖を敷くラクリマリス王国と国交を断絶した。
第三国を通じて連絡しようにも、フラクシヌス教国との外交パイプは、あまりにも細く脆弱だ。
しかも、聖地を擁する王国に対して、キルクルス教国となったアーテルの意向を伝達するフラクシヌス教国など、みつかる筈がない。
ラキュスの湖での作業は、ラクリマリス王国の意向ひとつで、いつでも中断できるのだ。
周辺国から喉元に刃を突きつけられた状態だが、湖東地方のキルクルス教国やキルクルス教徒の勢力が強い中立国の援助はアテにならない。
魔装兵ルベルは、外交失策の尻拭いを一人担わされたアーテル共和国大使を思い、敵ながら胃が痛んだ。
☆ランテルナ中部基地の破壊/可搬式通信衛星アンテナ車……「1240.基地局の種類」参照
☆飛行機のゴーレムに指示を出すアーテル兵……「839.眠れる使い魔」参照
☆衛星携帯電話機の備蓄……「1214.偽のニュース」「1225.ラジオの情報」「1230.又とない好機」参照
☆魔道機船に可搬式衛星通信局を積んで、首都ルフスの沖合に停泊させる案……「1240.基地局の種類」「1241.資金を集める」参照
☆湖上で派手に水飛沫が上がるよう爆破……「1240.基地局の種類」参照
☆アーテル共和国は、湖上封鎖を敷くラクリマリス王国と国交を断絶……「0118.ひとりぼっち」「0161.議員と外交官」「0164.世間の空気感」「265.伝えない政策」「1145.難民ニュース」参照




