0129.支局長の疑惑
ロークは、寒さでかじかむ手に息を吹きかけ、ニュース原稿の要点を時系列でまとめた。読み進めるにつれて被害が明らかになり、寒さ以外の震えが加わる。
被害は、星の道義勇軍によるテロのせいだけではなかった。
火が回らなかった地区では、略奪や強盗が横行した。
「逃げるったって、アテはねぇ。先立つモノがなきゃ、どうにもならん」
逮捕された強盗が嘯いた言葉は、まとめないことにした。
現金、魔力の水晶、飲料水、食糧、燃料を求め、商店や倉庫、銀行、富裕な市民の家が襲われた。
略奪に加わった暴徒の言葉もある。
「今なら、テロリストのせいにできると思った」
国営放送のこの支局でも、隠れキルクルス教徒が何人も働く。
支局長もその一人だ。彼はいつ、空襲の情報を得たのか。
この原稿からはわからない。
最新情報は、二月三日午前十時、空襲当日の朝のニュース用だ。この原稿が読まれたかさえ、定かでない。
どの原稿にも、落ち着いて河を渡り、北のマスリーナ市か西のクルブニーカ市へ向かうよう、繰り返し書いてある。
メモをまとめ終え、ロークは溜め息を吐いた。
キルクルス教国のアーテルが何故、同じ信仰を守る者が住むこの地を空襲したのか。結局、ここにある原稿からはわからなかった。
星の道義勇軍は、ネーニア島内の隠れキルクルス教徒とアーテルの援助で武装蜂起したのだ。
……アーテルは、俺たちや義勇兵を捨て駒にしたのか? そんな馬鹿な。
すぐにその考えを否定する。
普通に考えれば、自治区外の空襲が終わるまで安全な場所で待機させ、翌日以降に魔法使いの残党狩りや【魔道士の涙】の回収をさせるだろう。
アーテル地方からネーニア島へ、地上部隊を派遣するのは難しいからだ。
科学文明国のアーテルやラニスタは、魔物だらけのラキュス湖を安全に航行できる船舶を持たない。
輸送機は、兵員を下ろす際に狙い撃ちされれば、ひとたまりもない。
魔法の届かない高所から、爆弾を投下する他ないのだ。
ソルニャーク隊長は、支局長室の金庫は開け放たれて空だったと言った。
避難後に金庫破りに遭った可能性もあるが、ロークには、支局長が持ち逃げしたように思えた。
支局長は祖父と親しく、よくディアファネス家に来た。
酒が入って興が乗れば、半世紀の内乱の武勇伝を語る。
焼け跡を漁って【魔道士の涙】を回収し、それを各陣営……時には遺族にも売りつけ、財を成した。
和平協定後、その財力で現在の地位にのし上がった男だ。自分一人で逃げるくらい平気でやってのけるだろう。
セリェブロー区は拠点にする為、星の道義勇軍の攻撃対象からは外されたのだ。
アーテル軍による空襲を事前に知っていたと見て間違いない。
……ウチの連中も、知ってて先に逃げたかもな。
祖父は、この辺りの隠れキルクルス教徒を束ねる司祭のような立場だ。
支局長が密かにその司祭位を狙うなら、見殺しにされたかもしれない。
これについては、どちらとも言えなかった。
ロークは、家族が生き残った可能性について、他人事のように分析する自分に驚いた。
……そう言えば、あのテロの日からずっと、お祈りもしてない。
何もかも失い、生命の危機にあると言うのに、聖者キルクルスへの信仰に縋らず、聖句のひとつも唱えない。
この先、何者として生きて行けばいいのか。
今は、まだわからない。
今は、できることをできるだけする。
ただ、今日を生き延びることに集中するとだけ決めた。




