1255.被害者を考察
クラウストラが封筒に地図を片付け、ロークに渡す。
「レフレクシオ司祭と会って話をした」
「どこでですか?」
「深夜、部屋に【跳躍】で侵入し、例の廃病院に連れ出した」
「二人きりで、ですか?」
……そんな、大胆な。
一瞬、驚いたが、レフレクシオ司祭も、彼女が礼拝堂で双頭狼を倒すのを目撃した。力なき民の身で、魔獣と戦う力を持つ魔女をどうこうしようなどとは思わないだろう。
それに、女性と二人きりになったからと言って、あの司祭が何事か致すとは思えなかった。
レフレクシオ司祭は大勢の信徒から託され、たくさんの証拠を預かる身だ。
大聖堂から派遣された彼は、キルクルス教団アーテル支部の腐敗を知り、それを正そうと水面下で活動を続ける。
迷える者の心を救う筈の聖職者に踏み躙られた人々の怒りや悲しみ、苦しみと共に受取ったものは、現在、クラウストラが安全な場所で保管する。
「共通語が堪能な同志と一緒に行った」
「あ、えっと、司祭は何て言ってました?」
「退院できる程度には回復したが、完治はまだで、司祭館の中で腫れ物扱いなのだそうだ」
退院後は、居室として与えられた部屋で、ほぼ軟禁状態。食事、入浴、トイレにまで介助と称して見習い司祭が付添い、外部と連絡を取らぬよう、監視される。
私物のタブレット端末は、入院中に接触したクラウストラに預けた。
教団関係者には、事件のどさくさで紛失したと説明した為、自室に居る間は監視が外れるのだと言う。教団関係者が信じたのは、入院中にマスターキーで開けて捜索したからだろう。
「久々に外出できてホッとしました。ありがとうございます」
「こんな廃墟でも?」
「監視が外れて自由に話せるのでしたら、どんな場所でも快適ですよ」
「そう……ですね」
クラウストラが気の毒がる表情を作り、同行者も小さく顎を引く。レフレクシオ司祭は共感を得たと思ったらしく、僅かに表情を緩めて話し始めた。
「宿舎に閉じ込められ、外部との接触を断たれても、色々と耳に入りましたよ」
「例えば?」
クラウストラが聞くと、司祭は寝巻の上に羽織ったコートのポケットから、手帳を出して答えた。開いたページには男性名がずらりと並ぶ。
「この人たちは?」
「礼拝堂で魔獣に殺された聖職者と聖歌隊です」
「キルクルス教って、女性の聖職者、居ないんですか?」
「居ますよ」
レフレクシオ司祭は、苦い顔に皮肉の混じる微笑を浮かべた。
礼拝に出られないなら、せめて魂の平安を祈りたいから、魔獣に殺された教会関係者を教えて欲しいと頼んだ。
世話と監視を兼任する見習い司祭は、「共にお祈りさせて下さい」と、わざわざ名簿で調べて教えてくれた。
新聞には、遺族のプライバシー尊重と信者に与える衝撃が大きいとの理由で、犠牲となった教団関係者の氏名等は公表されなかった。
レフレクシオ司祭も、女性名が一人もないのを不審に思って質問した。
「私は、礼拝堂に入りきれなかった方々のご案内をしておりましたので、中のことはよく知らないのですが、男性が女性を守って先に逃がしたから、みなさんご無事だったのではないでしょうか」
見習い司祭は自信なさそうに言い、魔獣の襲撃現場で神学生に刺された大聖堂の司祭を上目遣いで窺う。
聖歌隊は、通用口に近い側から順にソプラノ、アルト、テナー、バスが並び、わざわざ「男性に守ってもらう」までもなく、女性から先に逃げるのが自然だ。
だが、尼僧は、案内や介助が必要な信徒に付添い、礼拝堂のあちこちに居た。
二人の怨念を纏った双頭狼は、銀の燭台を手に戦う意思を見せたレフレクシオ司祭には、見向きもしなかった。
神学生はレフレクシオ司祭を刺した後、自害しようとしたようだが、魔獣がナイフを奪い、手の届かない所へ投げ捨てた。
進路上に立ち塞がる一般信徒は、男女の別なく食い殺して排除したが、尼僧は全員無事だ。
「私の個人的な推測に過ぎませんが、あの双頭狼は、明らかに特定の教団関係者を狙って襲ったように思えてなりません」
「例えば、私の連れを襲ったのは、あなたを刺したのが何者か知っていたから、口封じをしようとした……と?」
「恐らく、その意図があったと思われます。……あの時の彼は?」
レフレクシオ司祭が、今回の同行者をチラリと見て病室を見回す。
「今は別行動中です。その手帳、撮らせていただいてもよろしいですか?」
「どうぞ」
何もないベッドに手帳を置いて指で押さえる。前回、動画撮影で使った寝具と遮光カーテンは回収済みだ。
同行者がタブレット端末で撮り、画像を確認した。
「司祭様は、魔獣が“敢えてこの人たちを選んだ理由”にお心当たりがあるんですね?」
「以前お渡しした証拠に加害者として名を挙げられた者ばかりです」
「魔獣……と言うか、魔獣に憑いた怨念の二人が生前、司祭様と同じ情報を掴んで、それを元に襲ったと?」
「そうとしか思えません。あなたもあの時、魔獣が灰になる時に放たれた記憶と悲しみに触れましたよね?」
あの時、クラウストラと共に居合わせたロークは、砕け散ったメドソースの【魔道士の涙】から放出された悲しみに圧し潰されて動けなくなった。
メドソースは、アーテルの空襲で全てを喪い、ネモラリス憂撃隊に身を投じた。ゲリラとして生命まで喪った後も【魔道士の涙】に魔力と魂を宿してこの世に留まり、砕け散る瞬間まで、アーテル共和国への復讐を続けたのだ。
悲しみと共に放出された記憶の断片には、ヂオリートの従姉ポーチカと手を組んで、アーテルのキルクルス教徒と戦った日々もあった。
「今は、傷を理由に軟禁状態ですが、完治した後、私の扱いがどう変わるかわかりません」
「私たちに何をして欲しいですか?」
「以前もお願いしました通り、動画の公開と証拠の有効活用をよろしくお願いします」
レフレクシオ司祭の瞳に宿る意志は、あの夜から全く衰えず強く輝いた。
☆例の廃病院……「1108.深夜の訪問者」参照
☆レフレクシオ司祭は、大勢の信徒から託されたたくさんの証拠を預かる……「1109.腐敗を語る声」参照
☆受取ったものは、現在、クラウストラが安全な場所で保管/私物のタブレット端末は(中略)クラウストラに預けた/以前お渡しした証拠……「1110.証拠を託す者」参照
☆私は、礼拝堂に入りきれなかった方々のご案内をしておりました……「1069.双頭狼の噂話」「1070.二人の行く先」参照
☆神学生は、レフレクシオ司祭を刺した後、自害しようとした/私の連れを襲った……「1076.復讐の果てに」参照
☆前回、動画撮影で使った寝具と遮光カーテンは回収済み……「1108.深夜の訪問者」参照
☆メドソースの【魔道士の涙】から放出された悲しみ……「1076.復讐の果てに」「1077.涸れ果てた涙」参照




