1253.攻撃者の目的
スキーヌムが、茶器を恐る恐るカウンターに置く。
会社員風の恰好をしたクラウストラは、出涸らしのように薄い紅茶を一瞥しただけで手を付けなかった。
客が途切れるのを待って、革の通勤鞄から大判封筒を取り出す。
「おぉい、スキーヌム。ロークに店番任せて、納品行ってくれ」
「はーい!」
スキーヌムは、店長の声に助かったとばかりに安堵を浮かべ、奥に引っ込む。鞄を襷掛けにした少年は、メモを片手に呪符屋を出た。
インターネットが繋がらなくても、情報収集の手段は色々ある。
カウンターに置いたタブレット端末には、爆破痕の写真が並ぶ。どのサムネイルも市街地だ。
今回、彼女は【跳躍】でアーテル本土の様子を直接見に行った。
現地からはネットに繋がらなくても、端末はカメラとしてなら使える。ラクリマリスやアミトスチグマに跳べば、他所ではネットに繋がって、報告書をまとめてもらうのにも支障はなかった。
「デタラメに爆破したように見えるが、明らかに共通点がある」
「爆弾の種類ですか?」
「それもあるが、爆破対象だ」
ロークは、クラウストラの端末に表示されたサムネイルを改めて見た。
折れたコンクリートの電柱、穴を穿たれたビルの外壁、何かの破片が散乱したどこかの屋上……市街地のありふれた風景に爆破の痕跡が刻まれる。
ロークが何度か行ったショッピングモールにも、同様の傷があった。
「人が集まるところ……とは限らないのか」
大抵の屋上は転落防止の為、関係者以外立入禁止だ。
クラウストラは、ロークが答えを出す前に話題を変えた。
「報告書のファイルは、今度アミトスチグマかラクリマリスに行った時に送ろう。予定はあるか?」
「いえ、特には。店長さんに聞いておきます」
「そうしてくれ。私が【跳躍】しよう」
細い指が写真を一枚つついて拡大表示した。
瓦礫や壊れた機械の破片が、爆心地を中心に散乱する。壁面から看板が幾つも突き出る雑居ビルの屋上を見下ろす構図だ。
「ここに平敷が居る」
屋上への扉の前を更に拡大表示する。
そこだけ破片がなく、妙にキレイだ。
言われなければ、出入口だから片付けたと思うだろう。
地面に擬態した平たい魔獣は、動物が乗るとネズミ捕りの粘着シートのように丸まって獲物を包む。内側になった体表から消化液を分泌し、骨まで溶かして後には何も残さない。
被害状況を確認しに行った管理会社の職員や、復旧作業員が何人食われたか、知れたものではなかった。
「魔獣の種類は様々だが、爆破された屋上には大抵、何かが居た」
「大抵? どのくらいの頻度ですか?」
「私が確認しただけでも、八割方居た。正確な場所と数は前回の報告書で確認して欲しい」
……参ったな。
前回の報告書は、封筒ごとフィアールカに渡した。自分用に端末で撮ったが、ブレて文字を判読できないページが多い。
今度、ネットが繋がる所で元ファイルをもらった時に見ればいい。気持ちを切替えて聞く。
「八割も? 多いって言うか……誰かが呼び出したとしか」
素人のロークでも不自然さに気付く。
キルクルス教徒ばかりのアーテル軍や政府は、気付くだろうか。
「だろうな。【舞い降りる白鳥】学派の仲間が、術で括られた個体を複数、確認した」
「えっ? それって誰かが使役してるってコトですよね?」
「全てではないが、通常なら移動できるのに留まり続けるモノはそうだろう」
ロークにはワケがわからなかった。
「屋上なんて、係の人くらいしか行かないのに、何でそんなとこに?」
「何故だと思う?」
「アーテル人を食べさせるんなら、人通りの多いとこで放しますよね」
ルフス光跡教会の件を思い出して言うと、彼女は別の屋上を表示させた。
隣接する建物のほぼ同じ高さからの撮影で、原形を留めて倒れる小型の鉄塔が印象的だ。曇天の屋上を移動する何者かはかなり速いらしく、ブレて「人ではないらしい」ことしかわからない。
「これは、通信の基地局だ」
「基地局? 現場のビルがですか?」
「アンテナが六本あるこの鉄塔とその下の機械だけだ」
「えっ? ビルじゃなくて、これが基地なんですか?」
屋上にはそれらしい部屋の痕跡はない。
「通信アンテナと機械だけの無人局だ。端末と交換局を中継する。科学文明圏のビルの屋上は、かなりの割合でこのような無人基地局が設置される」
「そう言う仕組みだったんですね」
ロークが行ける範囲のアーテル領では、どこでもすぐインターネットに接続できるのが当たり前だった。無線通信を支える仕組みなど考えたこともなかったが、攻撃者はそこに目を付けたのだ。
「電柱などには、これよりずっと小型の基地局がある」
「じゃあ、爆破されたのって全部、基地局なんですか」
「そうだ。様々な形状だが、種類や設置場所など、かなり入念に下調べした上で実行したようだな」
いつから、どのくらいの人数で調べて、連続爆破を実行したのか。
少なくとも、相当な統率力を持つ組織らしい。
爆破の目的はアーテル人の殺傷ではなく、通信網の破壊。魔獣の固定は、修理の妨害と看做して間違いないだろう。
「これらは末端の基地局だが、交換局も破壊された」
「交換局……?」
「衛星通信アンテナとのデータ通信や、付近の電話同士の音声通信を中継する。こちらは、建物丸ごとだ」
「建物丸ごと? そんな強力な爆弾を?」
ネモラリス憂撃隊は、アーテル軍の基地から盗み出した爆弾でルフス神学校の礼拝堂を爆破した。
この組織も同じことをしたのだろう。
ロークは、アクイロー基地襲撃作戦で手榴弾を使ったが、室内で一個や二個爆発させても、鉄筋コンクリートの建物本体はビクともしなかった。
空から爆撃でもしたのか。
「それは、まだ調査中だ。アーテルの通信網の大元は、衛星通信アンテナと湖底ケーブルだが」
「どっちも壊されましたよね? その上、末端の基地局まで壊すって、念入り過ぎって言うか」
「それだけ、脅威と看做すからだろう。湖底ケーブルも、修理に妨害が入るやもしれん」
「えぇっ? 保守船って外国の会社ですよね? アーテルじゃなくて」
「そうだ。連中がバカでなければ、保守船への直接的な武力行使以外の手段を取るだろうな」
クラウストラは、端末にアーテル共和国西部の地図を表示させた。
☆情報収集の手段は色々……「1225.ラジオの情報」参照
※ 今回、彼女は【跳躍】でアーテル本土の様子を直接……前回は【索敵】で安全圏から見た「1232.白い闇の中で」参照
☆何度か行ったショッピングモール……「765.商いを調べる」「766.熱狂する民衆」「908.生存した級友」「1105.窓を開ける鍵」「1134.ファンの会合」~「1136.民主主義国家」参照
☆ルフス光跡教会の件……「1072.中途半端な事」~「1077.涸れ果てた涙」参照
☆盗み出した爆弾でルフス神学校の礼拝堂を爆破……「868.廃屋で留守番」「869.復讐派のテロ」参照
☆アクイロー基地襲撃作戦……「436.図上での訓練」、実戦「461.管制塔の攻略」参照




