1249.病の情報拡散
不安で胸いっぱいでも、腹は減る。
レノとクルィーロは、手頃な店で具だくさんのスープを食べながら、ファーキルに連絡した。
……ラクリマリスからは、アミトスチグマのファーキル君と一瞬で連絡できるなんて、いつの間にか外国は便利になってたんだな。
何度目になるかわからない感慨を籠めて、クルィーロがつつくタブレット端末を見詰める。
ネモラリス共和国からアミトスチグマ王国に連絡する場合、国際電話を掛けられるのは、首都クレーヴェルやレーチカなどの大都市に限られる。
国際郵便の船便なら片道三日。料金が高い【跳躍】便でも一日掛かる。
電話局や郵便局を通さず、個人に頼めば却って謝礼が高くついた。
だが、ラクリマリス王国でインターネットを使えば、アミトスチグマ王国までほんの一瞬だ。
どちらの国も、インターネット回線が使える場所は限られるようだが、王都と夏の都なら確実に繋がる。
……アーテル人は、この便利さに慣れ切ってるんだよな。
独立後、科学文明に舵を切ったアーテル共和国は、何者かに回線網を物理的に破壊され、インターネットから切り離された。
今、どうなっているのか。現地まで直接見に行かない限りわからないが、多数の魔物が出たとの情報もあり、迂闊に行けない状況だ。
「ネモラリスは元々インターネットとかないから、外国に噂が伝わるのって、直接顔を合わせて喋って広まったってコトだよな」
ファーキルからの返事を待つ間、クルィーロはニュースサイトを表示させ、あれこれ単語を変えてそれらしい記事を探す。
「出所は、フラクシヌス教の聖職者かボランティアってコト?」
「その線もあるけど、リャビーナの星の標の方が」
「えっ? 何で?」
レノには幼馴染の推測が全くわからない。
クルィーロは素早く視線を巡らせ、声を潜めた。
「カイラーとカーメンシクにも結構、居ただろ?」
「あ、あぁ……」
隠れキルクルス教徒や星の標の構成員が、地元の力なき民に元々どれだけ居て、ネーニア島からの避難民のどこまで根を下ろしたか、見当もつかなかった。
ラクエウス議員とファーキルの働きで、爆弾テロは鳴りを潜めたが、ネモラリス共和国の星の標が解体されたワケではない。聖典を送られて、キルクルス教の信仰は更に深まっただろう。
「役所が交通規制する前にどうにかしてリャビーナの支部に知らせて、あっちの連中が、ディケアとか周りの国の仲間にネットで伝えて、噂を広めてるんじゃないかって思うんだ」
「えっ? 何で?」
……そんなコトして、連中に何の得があるんだ?
レノが首を傾げると、クルィーロは端末に少し前の報告書を表示させた。
「ワクチン作ってる工場で機械壊れて品薄になってるだろ?」
「うん。でも、もう直ったって言ってなかったか?」
「直ったには直ったけど、生産が追い付かなくて当分こっちに来ないって」
「あー、そう言やジョールチさんたち、言ってたなぁ」
言われるとだんだん思い出してきたが、まだ話が見えない。
「それで、ネモラリスのどこかで麻疹が流行ってるって噂流したら、外国から来る一般人のボランティアは減るんじゃないか?」
「あ……!」
しかも、根も葉もない嘘ではなく、本当のことだ。
「臨時政府ってボランティアに注意喚起しないのか?」
「俺もそう思って検索したんだけど、公式発表のニュースは、一個もみつかんないんだよな」
レノは窓に目を向けた。
湖に近い雑居ビルの二階からは、ラクリマリス港がよく見える。
冬の薄日を受けて出航するあの魔道機船がどこ行きか知らないが、レーチカ市と王都ラクリマリス、そして夏の都を結ぶ難民輸送船は、まだ運行中だ。
「ワクチンが足りない疫病が出たってなったら、難民キャンプに連れてってもらうどころか、王都に入るのも断られるかもしれない」
クルィーロはますます声を潜めたが、レノの耳には囁きが鋭く突き刺さった。
「でも、黙ってたら外国にも……って言うか、キャンプ地で流行ったらそれこそオオゴトじゃないか?」
「そうなんだよなぁ。あの辺は空襲に遭わなかったから、難民キャンプに行く人は居ないって判断して、何も言わないのかもしれないけど」
「どうしてそう思うんだ?」
「ミャータ辺りはもっと早くにアレしてたろ」
レノたち移動放送局プラエテルミッサが、今も滞在する村に着いたのは夏だ。
村人たちの話を総合すると、ミャータ市ではその少し前から麻疹の流行があったらしい。
「あー……じゃあ、噂バラ撒くのもその辺から?」
いつ頃、ラクリマリスまで伝わったのかわからないが、ネモラリス難民が文字通りバイ菌扱いされないか気懸りだ。
スープで腹はあたたまったが、心がうっすら寒くなる。
「あ、返事来た」
ファーキルがラクエウス議員から聞き出した話によると、昨日、ルニフェラ共和国に駐在するザミルザーニィ大使が、現地の製薬会社からワクチン輸出の了承を取りつけたと言う。
「でも、国際空港はトポリしかないし、湖上封鎖で便数に制限があるから、一度にたくさんはムリだって」
「それでも、来るには来るんだよな?」
「早かったら、最初の分は二十日後くらいに大使自身が付き添って運ぶってさ」
「やった!」
何人分来るかわからないが、何もないよりずっといい。
「まぁ、でも大使が運ぶってコトは、正規ルートって言うか、臨時政府の保健省に行っちゃうんだよな」
「あっ……!」
クルィーロが肩を落とし、レノの浮かれた気持ちは地に着いた。
「でも、ないよりマシだ」
ミャータやカーメンシクに回るのがいつになるか不明だが、今は明るい兆しが見えただけでも良しとするしかなかった。
☆国際電話を掛けられるのは、首都クレーヴェルやレーチカなどの大都市に限られる……「876.警備員の道程」参照
☆どちらの国も、インターネット回線が使える場所は限られる
ラクリマリス=田舎は無理……「270.歌を記録する」「280.目印となる歌」参照
アミトスチグマ=難民キャンプ奥地などは無理……「806.惑わせる情報」「1148.祈りを湖水に」参照
☆何者かに回線網を物理的に破壊……「1218.通信網の破壊」~「1222.水底を流れる」参照
☆多数の魔物が出たとの情報……「1234.長期化を予想」参照
☆カイラーとカーメンシクにも結構、居た……星の標の拠点は各地にある「808.散らばる拠点」参照
カイラー……「1020.この街の治安」参照
カーメンシク……「1041.治安と買い物」「1042.工場がアジト」参照
☆ラクエウス議員とファーキルの働きで、爆弾テロは鳴りを潜めた……「0958.聖典を届ける」「0959.敵国で広める」「0989.ピアノの老人」参照
☆ワクチン作ってる工場で機械壊れて品薄……「1058.ワクチン不足」「1090.行くなの理由」参照
☆もう直った……「1167.流れを変える」「1211.懸念を伝える」参照
☆当分こっちに来ない……「1117.一対一の対話」「1118.攻めの守りで」参照
☆レーチカ市と王都ラクリマリス、そして夏の都を結ぶ難民輸送船……「767.急増する難民」参照
☆ルニフェラ共和国に駐在するザミルザーニィ大使……「1195.外交官の連携」参照
☆国際空港はトポリしかない/湖上封鎖で便数に制限がある……「634.銀行の手続き」「750.魔装兵の休日」参照




