表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第七章 印歴二一九一年二月七日

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

128/3499

0128.地下の探索へ

 半世紀の内乱中は、人間が敵味方関係なく遺体を荒らして【魔道士の涙】を抜き取った。魔物や魔獣は【魔道士の涙】を欲し、死体が炭化しても気にせず(むさぼ)る。


 空襲の翌朝に見た遺体が原形を留めたのは、グラウンドに掛けた【簡易結界】が魔物を退(しりぞ)けたからだろう。

 アウェッラーナたちが着いたのは、誰かが来る前だったのだ。

 テロの時点でさえ、葬儀屋から当たり前のように【魔道士の涙】を渡された。それも、まだ若い犠牲者の小さなものだ。


 ……戦争になった今はもっと……あれっ? でも、どうして誰も居ないの?


 あの暴漢以外、誰とも行き合わない。

 生存者、軍、警察、役所……ゼルノー市に親戚や、友人知人の安否を尋ねて来る人も、全く見ない。


 イヤな話だが、空襲の犠牲者から【魔道士の涙】を抜き取る為に軍や警察が焼け跡を捜索する(はず)なのだ。

 一般人が居ないのは、その為に立入制限がされたからだろう。


 半世紀の内乱中は、それが当たり前だった。

 焼け跡では【魔道士の涙】を巡って戦闘が繰り返され、危険だったせいもある。


 今回、アーテル軍はまだ、ネーニア島に上陸しないようだが、ネモラリス軍の姿がない理由はわからない。

 遺体を放置すれば、それを喰らった魔物が力をつけてしまう。

 軍備の補充だけでなく、国民の安全を守る為にも遺体の処理は必要だ。


 ……もしかして、遺体の処理が間に合わなくて、魔物が急に強くなって、手に負えなくなって、それで、この辺一体が立入禁止になったとか?


 アウェッラーナはひとつの可能性に気付き、肌が粟立(あわだ)った。それが、あの闇の塊である可能性もある。


 ……あ、でも、襲って来なかったから、死体しか食べないとか?


 魔物に詳しくないが、あんな異様なモノは視るのは勿論(もちろん)、誰からも聞いたことがなかった。

 正体がわからない恐ろしさに思わず身震いする。



 「さて、今日は取敢えず、ここの地下を見てみよう」

 ソルニャーク隊長が、場の空気を仕切り直す。

 言われるまで、アウェッラーナは地下室の存在をすっかり忘れていた。


 「留守番組は、昨日、報道スタジオで手に入れたニュース原稿でも読んでくれ」

 隊長は紙束を応接テーブルに置いた。


 「じゃあ、見に行くのは昨日と同じで……」

 「いや、モーフはここで休め。メドヴェージ、来てくれないか?」

 クルィーロの提案を(さえぎ)り、ソルニャーク隊長が言った。少年兵モーフは口を(とが)らせたが、何も言わない。


 メドヴェージは気安く引き受けた。

 「クルマ見に行くのに、坊主じゃムリだ。ま、ここで大人しく留守番してろや」

 言いながら、少年兵の頭を乱暴に()で回す。モーフは眉間に(しわ)を寄せ、鬱陶(うっとう)しそうにその手を払いのけた。

 メドヴェージは笑ってモーフの背を叩くと、階段へ向かった。



 クルィーロが合言葉で【鍵】を解除し、(ほうき)に【(あかり)】を(とも)す。

 アウェッラーナたちは、三人の姿が見えなくなるまで見送った。


 レノがカウンターでパンの仕込みを始め、モーフが手伝おうとして断られる。

 ピナティフィダ、エランティス、アマナは、昼食に何を食べるか、食糧を前に相談を始めた。


 アウェッラーナは原稿の束をひとつ手に取り、ソファに腰掛ける。欄外のメモから、新聞の号外にあった自治区火災の続報記事だとわかった。

 ロークも原稿の残りを取り、未使用のコピー用紙にボールペンでメモする。



 パン作りの見学に飽きたのか、少年兵モーフがロークの手元を(のぞ)き込む。

 「何してんだ?」

 「ニュースの原稿を読んで、時系列で何が起こってたのか、まとめてるんだ」

 「そんなことして、何になるんだ?」

 「これからどうするか、考えるヒントになるかもしれないよ」


 「それ、いつの話だ?」

 「えーっと……アウェッラーナさん、そっちはいつのですか?」

 ロークに声を掛けられ、アウェッラーナは原稿に目を走らせた。上部に日付と時間がある。


 「これ? えーっと……二月三日、朝十時のニュースね」

 「じゃあ、それが最新っぽいですね」

 「二月三日って、何があったっけ?」

 「昼過ぎから、バスで他所の避難所に移動しようとしてて、空襲に遭った日」

 ロークが淡々と答える。


 少年兵モーフは、途端に顔を強張(こわば)らせた。

 「それって、ここの奴らは空襲の前にどっか行ったってことかよ?」

 「……多分」

 ロークが、少年兵の剣幕に驚く。


 「隊長が言った通りだ! ホントはここに残って、情報収集しなきゃなんねーのに、空襲より先に逃げたって」

 「隊長さんは元々知ってたの? それとも、上の様子でそう思ったの?」

 アウェッラーナが聞くと、少年兵は少し考えて答えた。


 「部屋を見て言ってた。偉い奴らが真っ先に逃げて、下っ端の役人とか市民も一応、逃がそうとしたっぽいけど、間に合わなかったんじゃねぇかって」

 アウェッラーナは、手元の原稿の束に急いで目を通した。


 どの記事も何かの続報ばかりだ。空襲を告げ、避難を呼び掛けるものはない。

 「ニュースの原稿って、これで全部?」

 「さぁ? 机と床に散らばってたのは、みんな拾ったけどな」


 原稿を書く部署には、未完成のニュース原稿があるかもしれないが、今更それを見ても仕方がないだろう。

 空襲の情報を得たにも関わらず、それを市民に知らせることなく避難したのだ。


 ……知っていれば、助かる人が居たかも知れないのに。


 アウェッラーナは下唇を噛んだ。

☆半世紀の内乱中は、人間が敵味方関係なく遺体を荒らして【魔道士の涙】を抜き取った……「0003.夕焼けの湖畔」「0005.通勤の上り坂」参照

☆空襲の翌朝に見た遺体……「0073.なにもない街」参照

☆葬儀屋から当たり前のように【魔道士の涙】を渡された……「0016.導く白蝶と涙」「0024.断片的な情報」参照

☆あの闇の塊……「0089.夜に動く暗闇」「0126.動く無明の闇」参照

☆新聞の号外にあった自治区火災……「054.自治区の災厄」「055.山積みの号外」参照

☆昨日、報道スタジオで手に入れたニュースの原稿……「0116.報道のフロア」参照

☆クルマ見に行く……「0121.食堂の備蓄品」参照

☆バスで他所の避難所に移動しようとしてて、空襲に遭った日……「0056.最終バスの客」参照

☆隊長が言った通りだ/空襲より先に逃げた……「0116.報道のフロア」参照

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ