0128.地下の探索へ
半世紀の内乱中は、人間が敵味方関係なく遺体を荒らして【魔道士の涙】を抜き取った。魔物や魔獣は【魔道士の涙】を欲し、死体が炭化しても気にせず貪る。
空襲の翌朝に見た遺体が原形を留めたのは、グラウンドに掛けた【簡易結界】が魔物を退けたからだろう。
アウェッラーナたちが着いたのは、誰かが来る前だったのだ。
テロの時点でさえ、葬儀屋から当たり前のように【魔道士の涙】を渡された。それも、まだ若い犠牲者の小さなものだ。
……戦争になった今はもっと……あれっ? でも、どうして誰も居ないの?
あの暴漢以外、誰とも行き合わない。
生存者、軍、警察、役所……ゼルノー市に親戚や、友人知人の安否を尋ねて来る人も、全く見ない。
イヤな話だが、空襲の犠牲者から【魔道士の涙】を抜き取る為に軍や警察が焼け跡を捜索する筈なのだ。
一般人が居ないのは、その為に立入制限がされたからだろう。
半世紀の内乱中は、それが当たり前だった。
焼け跡では【魔道士の涙】を巡って戦闘が繰り返され、危険だったせいもある。
今回、アーテル軍はまだ、ネーニア島に上陸しないようだが、ネモラリス軍の姿がない理由はわからない。
遺体を放置すれば、それを喰らった魔物が力をつけてしまう。
軍備の補充だけでなく、国民の安全を守る為にも遺体の処理は必要だ。
……もしかして、遺体の処理が間に合わなくて、魔物が急に強くなって、手に負えなくなって、それで、この辺一体が立入禁止になったとか?
アウェッラーナはひとつの可能性に気付き、肌が粟立った。それが、あの闇の塊である可能性もある。
……あ、でも、襲って来なかったから、死体しか食べないとか?
魔物に詳しくないが、あんな異様なモノは視るのは勿論、誰からも聞いたことがなかった。
正体がわからない恐ろしさに思わず身震いする。
「さて、今日は取敢えず、ここの地下を見てみよう」
ソルニャーク隊長が、場の空気を仕切り直す。
言われるまで、アウェッラーナは地下室の存在をすっかり忘れていた。
「留守番組は、昨日、報道スタジオで手に入れたニュース原稿でも読んでくれ」
隊長は紙束を応接テーブルに置いた。
「じゃあ、見に行くのは昨日と同じで……」
「いや、モーフはここで休め。メドヴェージ、来てくれないか?」
クルィーロの提案を遮り、ソルニャーク隊長が言った。少年兵モーフは口を尖らせたが、何も言わない。
メドヴェージは気安く引き受けた。
「クルマ見に行くのに、坊主じゃムリだ。ま、ここで大人しく留守番してろや」
言いながら、少年兵の頭を乱暴に撫で回す。モーフは眉間に皺を寄せ、鬱陶しそうにその手を払いのけた。
メドヴェージは笑ってモーフの背を叩くと、階段へ向かった。
クルィーロが合言葉で【鍵】を解除し、箒に【灯】を点す。
アウェッラーナたちは、三人の姿が見えなくなるまで見送った。
レノがカウンターでパンの仕込みを始め、モーフが手伝おうとして断られる。
ピナティフィダ、エランティス、アマナは、昼食に何を食べるか、食糧を前に相談を始めた。
アウェッラーナは原稿の束をひとつ手に取り、ソファに腰掛ける。欄外のメモから、新聞の号外にあった自治区火災の続報記事だとわかった。
ロークも原稿の残りを取り、未使用のコピー用紙にボールペンでメモする。
パン作りの見学に飽きたのか、少年兵モーフがロークの手元を覗き込む。
「何してんだ?」
「ニュースの原稿を読んで、時系列で何が起こってたのか、まとめてるんだ」
「そんなことして、何になるんだ?」
「これからどうするか、考えるヒントになるかもしれないよ」
「それ、いつの話だ?」
「えーっと……アウェッラーナさん、そっちはいつのですか?」
ロークに声を掛けられ、アウェッラーナは原稿に目を走らせた。上部に日付と時間がある。
「これ? えーっと……二月三日、朝十時のニュースね」
「じゃあ、それが最新っぽいですね」
「二月三日って、何があったっけ?」
「昼過ぎから、バスで他所の避難所に移動しようとしてて、空襲に遭った日」
ロークが淡々と答える。
少年兵モーフは、途端に顔を強張らせた。
「それって、ここの奴らは空襲の前にどっか行ったってことかよ?」
「……多分」
ロークが、少年兵の剣幕に驚く。
「隊長が言った通りだ! ホントはここに残って、情報収集しなきゃなんねーのに、空襲より先に逃げたって」
「隊長さんは元々知ってたの? それとも、上の様子でそう思ったの?」
アウェッラーナが聞くと、少年兵は少し考えて答えた。
「部屋を見て言ってた。偉い奴らが真っ先に逃げて、下っ端の役人とか市民も一応、逃がそうとしたっぽいけど、間に合わなかったんじゃねぇかって」
アウェッラーナは、手元の原稿の束に急いで目を通した。
どの記事も何かの続報ばかりだ。空襲を告げ、避難を呼び掛けるものはない。
「ニュースの原稿って、これで全部?」
「さぁ? 机と床に散らばってたのは、みんな拾ったけどな」
原稿を書く部署には、未完成のニュース原稿があるかもしれないが、今更それを見ても仕方がないだろう。
空襲の情報を得たにも関わらず、それを市民に知らせることなく避難したのだ。
……知っていれば、助かる人が居たかも知れないのに。
アウェッラーナは下唇を噛んだ。
☆半世紀の内乱中は、人間が敵味方関係なく遺体を荒らして【魔道士の涙】を抜き取った……「0003.夕焼けの湖畔」「0005.通勤の上り坂」参照
☆空襲の翌朝に見た遺体……「0073.なにもない街」参照
☆葬儀屋から当たり前のように【魔道士の涙】を渡された……「0016.導く白蝶と涙」「0024.断片的な情報」参照
☆あの闇の塊……「0089.夜に動く暗闇」「0126.動く無明の闇」参照
☆新聞の号外にあった自治区火災……「054.自治区の災厄」「055.山積みの号外」参照
☆昨日、報道スタジオで手に入れたニュースの原稿……「0116.報道のフロア」参照
☆クルマ見に行く……「0121.食堂の備蓄品」参照
☆バスで他所の避難所に移動しようとしてて、空襲に遭った日……「0056.最終バスの客」参照
☆隊長が言った通りだ/空襲より先に逃げた……「0116.報道のフロア」参照




