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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十三章 途絶

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1246.伝わった流行

 村で最初の患者が出て、十日が経った。


 「じゃ、袋詰め終わりました。確認お願いします」

 クルィーロは、カルテと共に仕切り付きの小箱を薬師(くすし)アウェッラーナに渡した。

 アマナたちが段ボールで(こしら)えてくれた小箱は、丸薬を入れた小袋を最大七袋、立てて置ける。これが幾つもあるお陰で、袋詰めと確認の作業がしやすくなり、他の患者の分と混じる心配もなくなった。


 薬師(くすし)アウェッラーナは、呪医セプテントリオーが指示を出すフリをしたカルテを見て、丸薬の組合せが間違いないか確認を始めた。実際に診断を確定させ、投薬の指示を書くのは彼女だ。

 彼の専門は外科の【青き片翼】学派で、病気のことはよくわからない。

 薬師(くすし)の【思考する(フクロウ)】学派を修めたアウェッラーナが、(にわ)か仕込みで麻疹(はしか)の診断方法だけを教え、カルテには患者の情報と【見診】で診た症状、体温計で調べた体温だけを書いてもらう。


 挿絵(By みてみん) 挿絵(By みてみん)


 クルィーロたち、力ある民の仲間は手伝いにすっかり慣れた。受付や会計、一回に飲む薬をアウェッラーナの指示通り組合わせて小袋に詰めるなど、テキパキ動けるようになった。


 待合室として使う空き教室には、空家から運び込んだ長椅子などが並ぶ。そのすべてが激しい咳やくしゃみをする患者や、高熱で朦朧とする病人で埋まる。

 付添いたちは不安を押し殺し、立って患者の背をさすって待った。


 保健室と待合室の隣には、空家のベッドを入れて病室にした。こちらはまだ「入院」する程の重症患者は居ない。



 カーメンシク市に住む先生たちは、市当局が実施した通行制限で出勤不能だ。小中一貫校はやむを得ず、臨時休校になった。

 授業再開がいつになるか全く読めないが、村の子供らは家族の看病や、家事と農作業の手伝いで忙しく、勉強どころではない。

 アマナたち力なき民の仲間はトラックに籠り、丸薬を一回分ずつ入れる小袋を作る。薬包紙(やくほうし)を折って糊付けするが、作っても作ってもすぐなくなった。


 ……まさか、こんなに広まるなんてな。



 患者はこの村の住人だけでなく、近隣の村々からも来た。

 半世紀の内乱後に生まれた若い村人は全員、ワクチン接種済みだとわかったが、それでも、三十代後半以上の大人たちと、二回目の接種がまだの幼児を中心に患者は多い。

 一回でも接種した分、子供の方がマシに見えたが、薬師(くすし)アウェッラーナの話によると、重症度に関係なく発生する後遺症が極稀(ごくまれ)にあるらしく、油断できなかった。


 それでも今は、合併症や後遺症を防ぐ魔法薬がある。

 確実に投薬できれば、死亡率を下げられると聞いて心強かった。

 保健室で飲ませるのは、その魔法薬だけだ。混ぜ合わせてすぐ飲まないと、変質してしまうからだと言う。

 年齢や体格に応じて量を加減する為、アウェッラーナは人一倍忙しく、薬師(くすし)の証である【思考する(フクロウ)】学派の徽章(きしょう)を隠しても責任重大だ。


 ……こんな手際よくちゃ、プロの薬師(くすし)だってバレるんじゃないか?


 クルィーロは気が気でないが、まさか手抜きしろとも言えず、村人に気付かれそうになった時の言い訳を考えながら、黙々と手を動かした。



 「ゴミ袋、そろそろ持って行きましょうか?」

 「お願いします」

 クルィーロは、呪医セプテントリオーの(かたわ)らからゴミ袋を拾って、今のところ誰も居ない病室に運んだ。

 患者が使った紙コップや(はな)をかんだティッシュなどは、後で医療廃棄物として葬儀屋アゴーニが焼却処分する。

 物体としては軽いが、その存在の重みに気が引き締まった。



 ついでに待合室の分も回収する。

 「やっぱり、街からはお医者さん、寄越してくれないのね」

 「それはそうでしょう。あっちの方が先に流行って人数も多いし、大変なんですから」

 「ここは移動放送局の呪医(せんせい)が居る分、恵まれてますよ」

 付添いたちが小声で交わす言葉が、患者の咳やくしゃみで、途切れ途切れに聞こえる。


 事前に知識を広めたお陰で、発疹が出るまで放置して来る者はなかった。

 アウェッラーナが作る「後遺症を防ぐ魔法薬」は、発疹が出てからでは遅いのだと、きちんと伝わったらしい。それでも、高熱が出るまで来ないのはどう言うことなのか。

 クルィーロには、患者の個別の事情まではわからない。聞くヒマもなかった。



 「出稼ぎから戻ったら、こっちもこんなでびっくりしましたよ」

 「どこ行ってたんでしたっけ?」

 中年女性が、年配の男性に聞く。

 「トポリで防壁再構築の仕事があるって、ラジオで話してたでしょう」

 「トポリに土地勘あったのね?」

 「えっ? たったあれだけの話で行ったんですか?」

 先に質問した女性と、父親の付き添いで来た若者が驚く。


 「後でジョールチさんに詳しく伺って、一日二日の短期の募集もあったって聞いたから、カーメンシクの知り合いに頼んで送ってもらったんですよ」

 「でも、何もこんな畑が忙しい時に行かなくても」

 「カーメンシクじゃ、売り惜しみされるでしょう。それで買出しを兼ねて」

 他の付添いたちが、何となく納得して黙る。


 クルィーロは、待合室のあちこちに置いたゴミ箱代わりの段ボール箱から、いっぱいになった袋を外し、新しい袋を被せながら続きを待った。


 「給金は雀の涙でしたがね。カーメンシクでは手に入らない物が、少し買えただけでも、よかったのですが……」

 「勿体(もったい)ぶらないで下さいよ」

 若者が出稼ぎ帰りのおじさんを急かす。

 「カーメンシクで麻疹(はしか)が出たと噂が広まって、大騒ぎでしたよ」

 待合室の目が、出稼ぎ帰りに集まった。“あんたが広めたんじゃなかろうな”と言いたげな疑念の棘がある。高熱で項垂(うなだ)れる者たちまで、顔を上げて視線を注いだ。


 「噂の出所は船員さんらしいですよ」

 「あっちでは流行ってないの?」

 「話が伝わったんなら、お医者さんを寄越してくれればいいのに」

 「トポリで麻疹(はしか)が流行っていると言う話は聞きませんでしたが、空襲でやられた向こうの方が大変でしょう」

 「だから、ミャータ市の神官が呼ばれたんでしょうに」


 ……こんな遠いのに大騒ぎ? ……あ、鉄鋼?


 カーメンシク市は、ウーガリ山脈の鉄鉱石や石炭を使う鉱業や重工業が盛んだ。

 麻疹(はしか)の流行で操業が止まれば、復興用の資材が足りなくなる。


 ……ワクチンがあれば、流行を止められるのになぁ。


 クルィーロは集めたゴミ袋を急いで運び、保健室に戻った。

☆カーメンシク市に住む先生たちは、市当局が実施した通行制限で出勤不能/臨時休校……「1053.この村の世間」「1242.蓄えた備えで」「1245.緊急事態対応」参照

☆薬師の証である【思考する梟】学派の徽章を隠して……「1063.思考の切替え」参照

☆トポリで防壁再構築の仕事があるって、ラジオで話してた……「1210.村での生放送」、放送の中身「1175.役所の掲示板」参照

☆カーメンシクじゃ、売り惜しみされる……西隣の村など「1058.ワクチン不足」「1047.乾電池がない」「1048.力なき民の夏」、この村「1050.販売拒否の害」参照

☆ミャータ市の神官が呼ばれた……「1050.販売拒否の害」参照

☆カーメンシク市は、ウーガリ山脈の鉄鉱石や石炭を使う鉱業や重工業が盛ん……「1039.カーメンシク」参照


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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