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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十三章 途絶

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1244.責任に怯える

 「家族は私と妻、高校生の娘と中学生の息子の四人です。以前はもっと親戚が居たんですけど、疫病が出る度に村全体からごっそり人が減って……」

 患者の夫が震える声で語り、軽く咳込んで中断した。

 娘が父の背をさすって続ける。

 「父は毎朝、日の出すぐから収穫して、私と一緒にカーメンシク市に【跳躍】して、八百屋さんに出荷します。私はそのまま市内の高校に登校して、父は村に戻って畑仕事の続きをします」


 「わかりました。お母さんと弟さんはいかがですか?」

 呪医セプテントリオーが促すと、農家の娘は高熱に苦しむ母の寝顔を見詰めて答えた。

 「母は朝ごはんの支度や洗濯をして、畑が凄く忙しい時期はそっちも行きます。弟は朝ごはんの後片付けをしてから登校して、帰ってから畑を少し手伝います」


 ……カーメンシク市からの持ち込みか。


 潜伏期間を考えると、市内は既に保健所が流行警報を発令した可能性が高い。

 「最後にカーメンシク市に行ったのは、いつですか?」

 「三日前です」

 それには患者の夫が答えた。彼自身も時折、(はな)を啜る。


 軽症なのは、一度だけワクチンを接種したことがあるからだろう。


 「一昨日は八百屋が定休日で、私も熱がありましたので、行ってません。昨日から妻の具合が悪くなったので、娘に学校を休んでもらって、私もなるべく家に居るようにしています。店への伝言は、乾物屋と付き合いのある人に頼みました」

 「伝言をお願いした人の呼称と住所を教えていただけますか?」

 「あの、やっぱり、市内で風邪引いてる人が多かったから俺た……」

 再び咳込んで中断したが、彼の懸念はよくわかった。


 「カーメンシク市内での流行が先でしょう。潜伏期間を考えると、残念ながら、村も既に……」

 「ウチが、最初なんですか?」

 娘が蒼白な顔で聞く。

 葬儀屋アゴーニが、患者の夫に確認した。

 「あんたらの他にも、街へ行く奴は何人も居るんだろ?」

 「えぇまぁ、売り惜しみされて行かなくなった人も居ますが、付き合いのある店の仲介で手に入る物もありますので」

 「あんたらせいじゃねぇし、誰のせいでもねぇ。嫁さんにワザと移したワケじゃねぇだろ?」

 「しかし、それでも責任を……」

 「病気がわかった今から治るまで、なるべく出歩かなきゃいい」

 葬儀屋は農夫に皆まで言わせず、両肩を軽く叩いて励ました。

 何か言おうとした農夫の声が、咳で消える。


 薬師(くすし)アウェッラーナはその間も、夫のベッドでせっせと丸薬を組合わせて袋詰めする。

 二人分の用意を整え、患者の脇に挿しこんだ体温計を抜いた。

 呪医に差し出されたものを横から読み取り、娘が息を呑んだ。


 ……いつの間に……?


 呪医セプテントリオーは、薬師(くすし)アウェッラーナが体温計を使ってくれたことに全く気付かなかった。


 現在の体温は三十八度五分。

 「あ、あの、呪医(せんせい)、このくらいで意識不明って、母は大丈夫なんですか?」

 「恐らく、鼻と喉の症状で寝付けなくて睡眠不足だったからでしょう。治療を受けられるとわかって安心して、気が緩んだせいだと思いますよ」

 呪医セプテントリオーは、安心させる為の笑顔を繕って答え、薬師(くすし)アウェッラーナと視線を交わす。

 解熱剤の薬包紙と説明書を受け取った。

 説明を読み上げて娘に渡し、【操水】でコップ一杯分だけ水を起ち上げる。水に解熱剤の粉を溶き、気管に入れぬよう慎重に患者の胃に流しこんだ。


 「お薬は、一人分ずつ調整しています。お母さんのお薬はお母さん専用。お父さんの分はお父さん専用です。他の人には飲ませないで下さい」

 父娘が神妙な顔で頷く。


 「一回分の丸薬を一袋にまとめてあります。熱が下がって目が覚めたら、なるべく栄養のあるものを食べさせて、一袋全部、食後に飲ませて下さい」

 「喉が痛いからって、昨日からあんまり食べてないんですけど……」

 娘が泣きそうな顔で呪医を見る。

 「どうしても食べられないようでしたら、食事一回分の代わりに緑青飴(ろくしょうあめ)三粒でも結構です。一度にそれ以上食べても銅を吸収しきれませんから、それ以上欲しがるようでしたら、麦粥など喉越しのいい物を少し食べさせてあげて下さい」

 頷いた娘の目に力が戻る。


 湖の民にとって、銅は健康を維持する為に必要不可欠な物だ。

 毎日、陸の民が中毒死する程の量を摂取しなければ、抵抗力が落ちる。


 薬師(くすし)アウェッラーナが、コップに栄養剤と二種類の粉薬を混ぜた液を注ぎ、患者の夫に差し出す。

 説明は、白衣を着た呪医セプテントリオーがすると打合せ済みだ。

 「肺炎などを防ぐお薬です」

 「私も……飲むんですか?」

 「後で重症化する可能性がゼロではありません。また、非常に稀ですが、重症度に関係なく、忘れた頃に後遺症が出る場合があります。予防の為に、是非」


 農夫が意を決して、何とも言えない匂いを放つ液を一気飲みする。

 味に顔を(しか)め、手の甲で口許を拭って恐る恐る聞いた。

 「あの、ところで私たちは何の病気なんでしょう?」

 「麻疹(はしか)です」

 カップが手を離れたが、葬儀屋アゴーニが(すんで)の所で受け止め、事なきを得た。

 村にウイルスを持ち込んだ感染源たちは、蒼白な顔で恐怖を吐露した。

 「ウチのせいで、村のみんなに何かあったら……!」

 「いや、それより、家に火を」

 「そんなことはさせません」

 呪医セプテントリオーは、震え上がる父娘に皆まで言わせず、続けた。

 「放送の日に配った説明書を思い出して下さい」

 父娘がハッとして顔を見合わせる。


 「お子さんは、お二人ともワクチン接種を二回、済ませましたか?」

 「その辺は妻に任せきりで……」

 「小さい頃だったので、何の注射だったか憶えてないんですけど、予防接種は何回も受けましたよ」

 「患者さんの世話をしても発症していないなら、接種済みの可能性が高いです。体調に変化があれば、すぐに知らせて下さい」


 三日後にまた来ると伝え、三人は患者宅を出て村長宅へ向かった。

☆家に火を放たれる心配……「1090.行くなの理由」参照

☆放送の日に配った説明書……「1211.懸念を伝える」「1212.動揺を鎮める」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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