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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十三章 途絶

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1242.蓄えた備えで

 恐れたことが現実になったが、薬師(くすし)アウェッラーナは自分でも意外なくらい冷静に行動できた。


 薬の備蓄と周辺住民への情報提供。

 既に打てる手を全て打ち、悔いがないのが大きいのだろう。

 アウェッラーナは、薬師(くすし)の証【思考する(フクロウ)】学派の徽章(きしょう)を服の中に隠して“呪医の助手”のフリで通す。


 ……ワクチンは間に合わなかったけど、混乱と暴動さえなければ、割と何とかなるものなのね。


 今のところ子供たちは無事だが、校長の判断で村唯一の小中一貫校は休校になった。麻疹(はしか)の流行が発生し、カーメンシク市に住む先生たちが出勤できなくなったからだ。村に住む校長先生と音楽の先生だけでは授業が回らない。


 この付近の流行は、カーメンシク市から発生した。市当局が道路封鎖と【跳躍】での移動に制限を掛け、今は西にも行けない。

 村を出られるのがいつになるかわからないが、通りすがりではなく、地元民と良好な関係を結べたここでよかったと思える。


 「アウェッラーナさん、二番のお薬をお願いします」

 「はい」


 呪医セプテントリオーの指示で、番号を貼ったガラス器の水薬を量って、紙コップに移す。素焼の壺から薬匙(やくさじ)で取った粉薬を二種類、紙コップにそっと注ぐと、反応が始まった。保健室に満ちた匂いが濃くなる。

 アウェッラーナは、呪医が書込んだカルテを手に取った。


 患者は四十六歳、男性。現在の体温は三十八度。

 本人によると三日前から咳と(はな)、熱が出始めた。


 セプテントリオーは外科の【青き片翼】学派だが、内科領域の【白き片翼】学派も【見診(けんしん)】の術は使える。

 クリュークウァ市で、ネミュス解放軍のカピヨー支部長に状況を聞いた後、薬師(くすし)アウェッラーナは、麻疹(はしか)の鑑別方法を呪医セプテントリオーに詳しく説明した。

 術を使って、患者の中で何が進行中かわかっても、知識がなければ「病気」の診断はできないのだ。


 「二番の薬」は「麻疹の疑い」の符牒で、容器の中身は栄養剤だ。


 “呪医の助手”の手許を見る患者の目は、充血で赤い。緑色の髪はやや色が抜け、光の当たる部分が黄緑に見えた。

 アウェッラーナは患者の様子を肉眼で観察して、呪医の【見診(けんしん)】による診断を確認後、何種類も作り置きした薬を組合わせる。


 反応が収まった紙コップを白衣姿のセプテントリオーに渡した。

 ティッシュで(はな)をかんで一段落した男性が、期待と不安の入り交る顔で呪医の手許を見る。

 「非常に苦いですが、頑張って、残さず飲み干して下さい」

 「これを飲めば……治るんですね?」

 「この他にも粉薬と丸薬と水薬を出します。熱が下がっても、家から一歩も出ないで安静にして下さい」

 「あの……今の時期……畑が……忙しいんですけど……」

 「薬で熱が下がっても、外出すれば他の人たちに移す危険性があります」

 咳込みながら言った男性は、呪医の厳しい表情に肩を落とした。

 付添いの女性が患者の背を撫でさすり、呪医に視線で縋りつく。


 「フラフラで、ここに来るだけでも精一杯でしょう?」

 男性は力なく頷き、付添いの女性が不安な目で呪医を見る。

 「麻疹(はしか)になると抵抗力が落ちるので、熱が下がってすぐに畑仕事をするのは危険です。普段は平気な病原菌にも負ける(おそ)れがあります。ラジオの日にお渡しした説明書をもう一度、よく読んで下さい」


 アウェッラーナは薬用の袋に薬を詰めながら、患者と付添いを観察する。

 二人が神妙な顔で頷くと、呪医セプテントリオーは表情を和らげた。患者が目を(つぶ)って一息に薬を飲み干す。



 頓服(とんぷく)の解熱剤は、クルィーロが手伝ってくれた粉薬だ。

 この患者用に一回分ずつ組合せた丸薬を薬包紙(やくほうし)の小袋に入れ、ホッチキスで口を止める。薬包紙の小袋は、移動放送局の子供たちが作ってくれた。

 小袋を大きめの紙袋にまとめ、頓服の小袋、目盛入りの瓶に詰めた水薬を説明書と共に渡す。



 受取った呪医は薬をひとつずつ示して、説明書通りに服用方法を指示した。付添いに薬と説明書を手渡し、患者に向き直って、噛んで含めるように言い聞かせる。

 「それでは、なるべく栄養のあるものを食べて、食欲がない場合は緑青飴(ろくしょうあめ)だけでも舐めて、お薬をきちんと九回分飲んで、ゆっくり休んで下さい」

 「三日で治るんですね?」

 「もう一度、来て下さい。様子を見て次のお薬をお出しします。起き上れないようでしたら、往診します」

 「……はい。有難うございます」

 「しっかり寝かしつけますんで、またよろしくお願いします」


 二人が保健室を出ると、呪医は紙コップを傍らのゴミ袋に捨てた。そろそろ満杯だ。医療廃棄物は、一日の終わりにまとめて葬儀屋アゴーニが焼いてくれる。



 栄養剤に溶いて飲ませた二種類の薬は、肺炎と脳炎を防ぐものだ。

 二百年くらい前にチヌカルクル・ノチウ大陸東部で開発された比較的新しい魔法薬で、この辺りの大学で教えるようになったのは、半世紀の内乱の少し前からだ。

 麻疹(はしか)そのものは治せないが、これのお陰で魔法文明圏での死亡率は激減した。


 ……科学のお医者さんは居ないし、抗生物質もなくて細菌の二次感染とかは心配だけど、なんとかなるよね。


 魔法薬は可能な限り作った。充分行き渡る筈だ。


 「次の方、どうぞー」

 薬師(くすし)アウェッラーナは自分に言い聞かせながら、待合室に使う空き教室に声を掛けた。

☆薬の備蓄……「1175.役所の掲示板」「1126.癒せない悩み」「1188.繰り返す悪事」「1189.動きだす状況」「1201.喜びと心配事」「1223.繋がらない日」参照

☆周辺住民への情報提供/ラジオの日にお渡しした説明書……「1211.懸念を伝える」「1212.動揺を鎮める」参照

☆カーメンシク市に住む先生たち……「1053.この村の世間」参照

☆患者は四十六歳……「1202.無防備な大人」参照

☆ネミュス解放軍のカピヨー支部長に状況を聞いた……「1205.医療者の不在」「1211.懸念を伝える」「1228.安全な場所は」参照

☆頓服の解熱剤は、クルィーロが手伝ってくれた粉薬……「1228.安全な場所は」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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