1241.資金を集める
「確かに、イーニー大使がおっしゃる通り、またとない好機ですね」
夏の都を訪れたクラピーフニク議員は、明るい声で頬を上気させた。
ネモラリス共和国からの亡命議員四人が、久し振りにアミトスチグマ王国にあるマリャーナ宅の一室に集う。
ここで交わした情報は、若手のクラピーフニク議員が、ラクリマリス王国に身を寄せる他の亡命議員に伝える。
「王家は湖上封鎖の開始早々、保守船には許可証を交付済みです」
「では、すぐに復旧するかもしれないんですの?」
明るい赤毛のモルコーヴ議員が眉を曇らせる。クラピーフニク議員は、首を横に振って年配の女性議員にタブレット端末を向けた。
「同志が調べてくれた情報を落とし込んだ地図です」
「印刷できない部分があるので、画面上でご確認下さい」
アサコール党首も表示させ、隣のラクエウス議員に見せた。
アーテル共和国を中心とした地図で、ラキュス湖を表す青い部分に何本も色違いの線が走る。
ひとつの色の線で、何箇所も×印が付いたものもあれば、二箇所だけで済んだものもあった。南北のヴィエートフィ大橋付近では複数の線が隣接し、×印の位置が重なる。
アサコール党首が画面に触れると大橋が消え、その下を走る線と×印が露わになった。
クラピーフニク議員が澱みなく説明する。
「この線が湖底ケーブルで、所有する会社毎に色分けしてあります。同じ規格のケーブルを使うのは二社だけで、他は同じ系列の製品を仕様変更したものです」
「取り換えるケーブルが足りんのかね?」
「いえ、ケーブル自体は、保守船が待機する国や周辺国に工場があるので、在庫は充分です」
「王家の許可証と代わりのケーブルがあるのに、修理できないんですの?」
モルコーブ議員が複雑な表情で首を傾げる。
復旧が遅れれば遅れる程、ネモラリス側には有利だが、何故そんなことになるのか不思議だ。
クラピーフニク議員が、卓上に置いた端末の画面を切替えた。
白っぽい床に作業員らしき者が立つ写真だ。かなり遠くから撮影され、柱の傍に居る作業員が小人に見える。
「この床みたいなのが、巻いて船に積み込んだ湖底ケーブルです」
「えっ?」
言われてみれば、確かに薄く渦を巻いた筋が見える。
「切れた部分だけを繋ぐのではないのだな」
「中継器が破壊されたそうです。それで、ついでだから周辺の古いケーブルも総替えしようと言う会社が出ました」
「金持ちなのだな」
ラクエウス議員が感心すると、アサコール党首が別の画面を表示させた。
<アーテルの通信網回復を支援しよう!>
ラクエウス議員は、特大フォントの下に続く説明に目を疑った。
聖なる星の道を歩むアーテルの民は、邪悪な魔法使いの不当な攻撃に晒され、世界との繋がりを奪われました。
悪しき業によって湖底ケーブルがズタズタに切断され、邪悪な魔物が蔓延るラキュス湖では、復旧の目途が立ちません。
闇に奪われた光を取り戻す為、みなさんのお力を貸して下さい。
その下に寄付の目標額と使用目的があった。
全額を湖底ケーブル保守船の派遣費用に充当し、ラキュス湖地方で三番目に大きい保守会社宛に振込む。
寄付額に応じて渡す謝礼の一覧は、どこの誰とも知れぬ痩せ細った子供の写真に始まり、募集する団体が世界中で行った活動の分厚い報告書で終わる。
寄付を募るのは、バルバツム連邦に本部を置くキルクルス教系のボランティア団体だ。
ラクエウス議員がリストヴァー自治区に居た頃、この団体から何度も毛布などの日用品が送られた。
「同様の寄付集めをする個人や団体を幾つもみつけました。中には詐欺師っぽいのも居ましたけどね」
クラピーフニク議員は、苦笑して別の寄付サイトを表示する。
モルコーヴ議員が、若手議員の手許を覗いて呆然と呟いた。
「これが、アーテルの戦争遂行を支える資金源だったのですね?」
一人一人の出資額は小さくとも、世界に散らばる共通語話者、キルクルス教徒が大勢集まれば、相当な額になるだろう。
現にこの団体は、〆切までまだかなり日数が残る今日の時点で、目標額の三倍以上を集金した。
「難民キャンプの支援も、キルクルス教以外の個人や団体が、同じ方法でしてくれてますけどね」
「どんな団体かね?」
ラクエウス議員が聞くと、クラピーフニク議員は端末を操作して、現在募金活動中の団体名を挙げた。
フラクシヌス教系のボランティア団体や世俗の人権大体の他、ニプトラ・ネウマエのファンクラブまで、幅広い団体が名を連ねる。
個人は、ラクリマリス王国のテノール歌手イムベルの名が挙がった。
「彼がこんな支援までしていたとは……」
ラクエウス議員は、溢れる感謝と驚きで言葉が続かない。
「クラウドファンディングは、誰でも使えますからね」
「今回の寄付で会社がどこまで動くかわかりませんが、こんな動きもあります」
アサコール党首が表示した画面には、回線の仮復旧用に可搬式衛星通信局を魔道機船に積んで、アーテル沖に停泊させる資金を募る文言が躍る。
一日当たりの経費を試算し、当面の目標として、一週間分の資金を掲げる。
「実現すれば、アーテルのプロパガンダに対する反撃に横槍が入るでしょう」
「どうにかして、止められんものか……」
四人は、それぞれが持つ人脈や可能な手段を考え、沈黙した。




