1240.基地局の種類
魔装兵ルベルは、北ザカート市の拠点で何度目になるかわからない打合せに参加した。
ラズートチク少尉とルベルが、湖底ケーブル切断以前に用意した地図や、攻撃目標のデータをタブレット端末に表示させる。
額を突き合わせる工兵四人には、端末がない。明日の攻撃地点を目に焼き付けるのだ。
北ザカート市の瓦礫撤去と防壁の構築は順調らしいが、まだ、戦う力のない一般市民が住める状態ではない。
……戦争が終わらないと、また空襲されるかもしれないんだよな。
ルベルは、復興の兆しが見えたガルデーニヤ市が、アーテル軍の無人爆撃機に焼き払われた日を思い出した。
あの頃のルベルは、哨戒兵として旗艦オクルスに乗組んだ。
複数の術と魔法の道具を駆使し、敵機の数や動き、防衛対象の様子などを味方に伝えることしかできなかった。
適時の情報収集と伝達も重要な任務だが、術で拡大した視界の中で、街が焼かれるのをただ見守るしかないのが歯痒かった。
今のルベルは、魔哮砲の操手として敵地深くや電脳空間にも入り込み、アーテル共和国に対して直接、間接に打撃を与える。
魔哮砲に切断させた湖底ケーブルは、インターネットが生活必需品、生命線とも言えるアーテルで、どれだけの間接的な死者を出したかわからない。
……でも、これが戦争なんだよな。
ルベルが実行しなくても、ラズートチク少尉と、ネモラリス軍内から選ばれた他の誰かが、魔哮砲と【使い魔の契約】を結んで、ルベルと同じ任務に着くだけだ。
「ルベル……あの化け物を、止めろ。あれは……ダメだ」
ムラークの遺言を果たすどころか、魔哮砲を兵器として使役する。罪悪感は日々募るが、戦況とネモラリス共和国の置かれた状況を考えれば、命令に逆らうことなどできなかった。
「基地局って建物だと思ってたんですけど、こんな小さいのもあるんですね」
工兵マールトが意外そうに画面を指差す。
交換局は想像通りの建物だったので、ルベルも同感だ。
端末には、通信事業者のサイト複数からダウンロードした基地局の見本写真が並ぶ。ひとつを代表で大きく表示させ、他はサムネイルだ。
実に様々な大きさと形状があり、予備知識がなければ、全くそれとわからない。
「自分もビル全体が基地局だと思って、爆弾が大量に必要だと慄きましたが、屋上のアンテナと根元の機械だけとわかり、安心したであります」
工兵マーイが、部屋の隅に置いた木箱の山に目を遣る。
中身はアーテル軍の基地から持ち出した携行しやすい爆薬、手榴弾や可塑性爆薬などだ。
……やってるコト、憂撃隊の連中と変わんないんだよな。
復讐派の武闘派ゲリラは、アーテル軍から武器弾薬を盗み出し、非戦闘員しか居ないルフス神学校を爆破した。
ネモラリス政府軍は、このテロでネモラリス憂撃隊の復讐派を見限り、北ザカート市内の拠点を強襲して殲滅した。
別の拠点に残る憂撃隊は、正規軍の意向に従う意思を示す穏健派だ。
示し合せたワケではないが、今回の作戦では攻撃目標が一致した。
彼らは、どこからか「ビルの屋上にあるアンテナが、インターネットの通信網を構成する基地局だ」との情報を得たらしい。
基地局があるビルの屋上で【召喚符】を使った上で、アンテナを破壊した。飛べない魔獣は屋上から出られない。修理に上がった技師が何人も食われ、復旧の手が足りなくなった。
今回は利害が一致した為、ネモラリス政府軍はネモラリス憂撃隊に干渉せず、わかり易いビルの屋上は彼らに任せる決定を下した。
ルベルたち急造の工作部隊は、攻撃目標を大型鉄塔と、識別困難な小型基地局に絞った。
電柱に設置された小型基地局は、アンテナの形状がルベルたちの知る物とは全く異なる。灰色の小型機器から伸びる二本の細い棒は、街の風景に溶け込み、存在をしっかり意識しなければ見落としてしまう。
バスターミナルに設置された物は、範囲を絞って大量の電波を届ける。バズーカ砲のような形状で、到底アンテナには見えなかった。
商業施設やオフィスビルの天井には、火災報知機に似たものや、文字を書き忘れた部署名のアクリル板のような形の超小型基地局がある。
流石に建物内部に入り込むのは危険な上、超小型基地局が送受信するのは、建物内の極狭い範囲での通信に留まる。
ラズートチク少尉は、限られた爆弾を節約する為、超小型基地局を諦めた。
少尉が、ラクリマリス王国領でダウンロードしたニュースを表示させる。
「湖底ケーブルの保守会社が、可搬式の衛星通信局を積んだ魔道機船をアーテル沿岸部に横付けし、通信を仮復旧すると発表した」
「魔哮砲が見た限り、アーテルの沿岸部は、瓦礫や爆撃機などの残骸が大量に沈んでいましたが……」
「それを撤去するまで、喫水の深い大型船は岸に近付けん……か」
少尉はルベルの情報に少し考えたが、端末の地図を示して言った。
「南ヴィエートフィ大橋付近は、橋の再建工事の際に瓦礫を撤去した。船に積める程度の機器でどこまで届くか不明だが、万全を期さねばらなん」
「第三国の民間船を攻撃するのですか?」
工兵班長ウートラの声が揺れ、ラズートチク少尉に信じられない物を見る目を向ける。
「それは戦略上、問題があり過ぎる」
ラズートチク少尉が苦笑し、張り詰めた空気がやや緩んだ。
「新たに下された命令は、ランテルナ中部基地の破壊命令だ。目標は、通信の移動基地局。奴らが整備を終え、本土へ渡る前に破壊する」
再び緊張が漲る。
「それから、ウートラ班長と工兵マーイには、別行動を命じる」
「は!」
名指しにされた二人が背筋を伸ばす。
「二人はアケル市沖で、なるべく派手な水柱が上がるよう、爆弾を起爆せよ」
「了解」
何の為にそうするのか、質問はない。
末端の兵士は、ただ、与えられた命令をこなすのみだ。
☆ガルデーニヤ市が、アーテル軍の無人爆撃機に焼き払われた日……「757.防空網の突破」~「759.外からの報道」参照
☆今のルベルは、魔哮砲の操手……「776.使い魔の契約」参照
☆電脳空間にも入り……「787.情報機器訓練」参照
☆アーテル共和国に対して直接、間接に打撃
イグニカーンス基地破壊……「814.憂撃隊の略奪」~「816.魔哮砲の威力」
ベラーンス基地/テールム基地破壊……「838.ゲリラの離反」~「840.本拠地の移転」
フリグス基地破壊……「0956.フリグス基地」
☆魔哮砲に切断させた湖底ケーブル……「1218.通信網の破壊」~「1222.水底を流れる」参照
☆ムラークの遺言……「536.無防備な背中」「816.魔哮砲の威力」参照
☆やってるコト、憂撃隊の連中と変わんない……分裂前、盗んだ武器で攻撃「254.無謀な報復戦」「269.失われた拠点」「367.廃墟の拠点で」「441.脱走者の帰還」「838.ゲリラの離反」参照
☆非戦闘員しか居ないルフス神学校を爆破……「868.廃屋で留守番」「869.復讐派のテロ」参照
☆拠点を強襲して殲滅……「911.復讐派を殲滅」参照
☆アーテルの沿岸部は、瓦礫や爆撃機などの残骸が大量……「1219.白色の闇作戦」~「1222.水底を流れる」参照




