1237.聖歌アイドル
パソコンの部屋にぞろぞろ入る。
ファーキルは、ブラウザにたくさんのタブを開いて企業サイトを閲覧中だ。
「今度は何調べてるの?」
アルキオーネが聞くと、ファーキルは手を止めずに顔だけ向けて答えた。
「バルバツム企業……ルフス工業団地に進出予定のとこの過去を」
「会社の過去なんて調べてどうするの?」
エレクトラが重ねた質問にもすらすら答える。
「これからアーテルに進出して、どんな風に仕事をするか、予測の材料にするから調べて欲しいって、アサコール先生たちに頼まれたんだ」
「調べる会社って幾つ?」
タイゲタが片手で眼鏡を押さえてパソコンの画面を覗く。
「今ンとこ三十四社だけど、湖底ケーブルの件で減るかもね」
「どこも諦めないんじゃない? 流石にいつまでも修理できないなんてコトないでしょ」
アルキオーネが半笑いでパソコンの画面を小突いた。タブレット端末と違って、触っても何も起きない。
「みんなは何を調べに?」
「私がバンクシアがどんなとこか詳しく知りたくって」
「ファーキル君もついでに見る? 色々捗ると思うよ」
サロートカが遠慮がちに手を挙げ、タイゲタが隣のパソコンを起動した。
「そっち急ぐんだったら手伝うよ?」
「大丈夫。明日までで、半分くらい済んだから」
椅子を集め、みんながタイゲタを囲んで座る。
「大聖堂があるのは知ってるよね?」
「うん」
サロートカとファーキルが同時に頷く。
タイゲタは共通語で検索して次々とタブを開いた。
「まず、これが大聖堂の公式サイト」
見慣れた聖なる星の道の隣に清潔感のある飾り文字で「聖者キルクルス・ラクテウスの大聖堂」と正式名称が一文字ずつ現れた。
その下には、飾り枠で囲まれた「今日の聖句」がある。
道がひととき闇にあろうとも、月と星々の導きを見失わずば、夜明けに至る。
針子のアミエーラは、高校卒業後は滅多に共通語を目にすることがなく、心がキルクルス教から離れても、まだちゃんと読解できたことに驚いた。
写真が多く、共通語が堪能でなくても何となくわかる構成だ。
記者発表や礼拝、祭礼、聖歌コンサートの予定、ボランティア団体による催しなど、様々な情報が整然と並ぶ。世界各地の奉仕活動や布教の様子、聖職者などの訃報欄もあり、なんとなく新聞社のサイトに近い気がした。
リストヴァー自治区、アーテル共和国、ラニスタ共和国に司祭を一人ずつ派遣した件をみつけた。タイゲタも気付いてその項目を開く。
チヌカルクル・ノチウ大陸西部での活動をまとめた項目で、ラキュス湖地方だけでなく、リンフ山脈より南、外洋に面した国々での活動報告も並ぶ。
「刺された司祭、退院したのね」
アルキオーネが指差した記事は、先週の日付だ。
開いてもらったページは文字だけで、祈りの詞と心配を掛けたお詫び、退院はしたが、まだ当面は礼拝に出られない、との簡潔な報告があった。
星光新聞アーテル版の記事と大差ない情報量だ。
「写真ないんじゃ、ホントに元気になったかわかんないよね」
「他の人が書いたかもしれないってコト?」
アステローペが言うと、サロートカは、何の為にそんなことをするのかと首を傾げた。
「レフレクシオ司祭が死んじゃったら、ルフス光跡教会って言うか、アーテル支部の大失態なワケでしょ」
「大聖堂の司祭が神学生に刺された時点でオワリっぽいけど?」
ファーキルがアステローペの説明に苦笑する。
「写真があったっていつ撮ったかわかんないし」
「ファイルの撮影データは?」
「加工でいくらでも誤魔化せるよ」
「う~ん……」
アステローペが豊満な胸を押さえて難しい顔をするが、針子のアミエーラには何がなんだかわからない。
「ねぇ、バンクシアの街ってどんなカンジ?」
サロートカが明るい声で微妙な空気を変えた。
タイゲタが大聖堂のタブを閉じ、バンクシア政府観光局のタブに切替える。
大聖堂をはじめとするたくさんの教会、今も残る古城など様々な世俗の遺跡、聖者キルクルス所縁の地、大都会や有名店、各地の郷土料理、美術館や博物館、立派な競技場……たくさんの写真が紙芝居のように次々と現れては消え、どこを見ればいいか目移りする。
サロートカも目まぐるしく切替る写真を呆然と眺めるが、ファーキルは既に見たらしく冷めた目だ。
ふと思いついて聞いてみる。
「みんなが歌ったのってどんなとこ?」
「国立アリーナの二号館」
タイゲタが観光サイトの「音楽・観劇」の項目を開くと、たくさんのコンサートやオペラなどの公演予定が表示された。
右側に会場の名称と小さな写真が並ぶ。
サロートカは、国立アリーナの公式サイトを見て歓声を上げた。
「すごーい! みんなこんな立派なとこで歌ったのね」
「五千人しか入らない小ホールよ?」
応えたアルキオーネの声は硬い。アミエーラは思わず言った。
「五千人しかって、自治区の高校生と大学生みんな集めてもまだ入るのに?」
「一号館は競技場も兼ねてて、二万人収容できるのに?」
不満げに返され、何となく申し訳なくなって口を噤む。
「でも、やっぱりスゴいよ。外国で五千人も来てくれたなんて」
「バンクシアだから……よ」
元気と明るさを乗せたサロートカの尊敬と励ましにも、元・瞬く星っ娘の四人は目を伏せた。アミエーラは後輩に視線で助けを求められたが、何と言ったものやらわからない。
ファーキルは、おろおろする針子の二人を横目に言った。
「ひょっとして、教団の七光りで信者を動員したのに五千人止まりだったから、アイドルとしての限界を感じたってコト?」
場の空気が、今までになく凍りついた。
タイゲタ、エレクトラ、アステローペが、恐る恐るアルキオーネを窺う。
俯いて肩を震わせたリーダーが勢いよく上げた顔は不敵な笑みに満ち、鋭い眼光が真正面からファーキルを捉えた。
「予算不足で移動含めて三日の弾丸コンサートで超疲れたし、街もロクに見らんなかったし、客席は埋まったけど私たちの歌なんか聴いちゃいない客層だったし、確かに私が聖歌アレンジ歌うの辞めたいって思ったのは、バンクシアのコンサートがきっかけよ」
一息に言ったアルキオーネに気圧されて、ファーキルの顔が強張った。
アミエーラには見守ることしかできない。
元トップアイドルがふっと肩の力を抜いて呟く。
「でもね、新しい世界が見えたのも、バンクシアだったのよ」
「新しい世界?」
アミエーラが思わず繰り返すと、アイドルユニットのリーダーは、黒い瞳にいつもの勝気な光を漲らせて力強く頷いた。




