0127.朝のニュース
レノは昨夜、見張りを交代した後、パン生地を少し捏ね直した。
炭火の残りでぬるま湯を用意し、生地と湯を別のビニール袋に入れ、それを肩掛け二枚で包んで保温。そうして、二次発酵の仕込みをしてから眠った。
思った以上に疲れたのか、レノは長椅子のベッドに潜りこむと、すぐに寝息を立て始めた。
今朝のレノは、妹のエランティスに何度も起こされるまで目を覚まさなかった。
生地は夜の間にかなり膨らんだ。パン焼きの経験がないアウェッラーナから見ても、発酵時間が長過ぎるような気がする。
パン屋の青年は何も言わずに生地を千切って丸め、フライパンに並べた。
「フライパンで焼いたコトないから、失敗したらゴメンな」
そう言いながら、レノは外の竈にフライパンを据えた。炭火を熾し、慎重に火力を調節する。
作業を見学する少年兵モーフがあれこれ質問し、パン屋のレノはその都度、丁寧に答えた。
香ばしい匂いが辺りに漂い始めた。
ピナティフィダが応接テーブルにコップを並べ、アウェッラーナが術で飲料水を起ち上げ、加温して紅茶を淹れる。
「すっげぇ! ふっかふかだッ!」
少年兵モーフが、焼き立てのパンに歓声を上げた。
パン屋のレノは会心の笑みを浮かべ、次の分を焼く。
一度に四つしか焼けない。
誰が決めた訳でもないが、おなかを空かせた子供たちから順に食べさせる。
最後のレノとソルニャーク隊長がありつく頃には、子供らはみんな食べ終わってしまった。
「お前、スゲーな。パン焼き釜じゃないのに、こんな美味いパンができるんだ」
「まぐれだと思うぞ」
「またまた謙遜してー」
クルィーロが笑って無精髭が伸びたレノの頰をつつく。
おいしいものがあるだけで、こんな状況でも笑顔になれる。
アウェッラーナは、半世紀の内乱時代を思い出し、ほろ苦い気持ちになった。
朝食後、闇のことを報告した。
「俺たちが前に見た時は、トラック二、三台分くらいの大きさに見えたけど……遠かったから……なのか?」
レノが、自信なさそうな顔で少年兵に聞く。
少年兵モーフは、頭を掻いた。
「いや、やっぱ、何か……大きかったような……? こないだの奴とは、また別の奴なのかも……?」
自信がないのか声が小さい。
……まぁ、あんな捕えどころのない真っ黒。夜中に見ても、何が何だかわからなかったし。
アウェッラーナも、少年兵モーフが一緒に見たのでなければ、立ったまま居眠りでもしたと思うところだ。
「何匹いるかわからんが、襲って来ないなら、それに越したことはない」
ソルニャーク隊長の一言で、それ以上、この件について考えるのはやめた。
ロークがラジオを点ける。
朝のニュースは、以前と同じ淡々とした調子で流れた。
内容は、避難所情報よりも戦況の報道が増えた。
昨日はネーニア島西の湖上で、敵機三編隊を殲滅したと言う。
ネモラリス共和国とアーテル共和国に挟まれたラクリマリス王国は、まだ中立を保つ。ネーニア島、フナリス群島南部の水域を閉鎖した以外、特段の動きはない。また、領空をアーテル空軍機が通過することも、相変わらず黙認する。
……邪魔したら、巻き添え食ってとばっちりかもしれないし、これは、仕方ないかな。
ラクリマリス王家の気持ちは、わからなくもない。余計なことをして巻き込まれれば、再び無辜の民が生命を奪われ、数えきれない不幸を生む。
薬師アウェッラーナも、戦争はもう懲り懲りだ。
ニュースが終わり、避難所情報、救援情報などが読み上げられる。
今日でテロから七日目を迎える。
静かに耳を傾けるが、とうとうゼルノー市や北隣のマスリーナ市、西隣のクルブニーカ市の情報が伝えられることはなかった。
……そう言えば、空襲の次の朝……鉄鋼公園に、兵隊さんの遺体が残ってた。
アウェッラーナは、改めて内戦時代を思い出した。




