1234.長期化を予想
レノは久々にクルィーロと二人きりで外出した。
用事は【無尽袋】の調達と情報収集、ファーキルとの連絡だ。
王都ラクリマリスの門を潜ってすぐ、クルィーロがタブレット端末の電源を入れた。画面の隅にアンテナの絵が表示され、幼馴染がホッとした笑顔を向ける。
「王都は大丈夫だ」
「よかった。ファーキル君にも繋がる?」
運河の船着場で渡し舟を待つ間、アミトスチグマ王国に居る仲間との通信を試みる。レノは、クルィーロの端末操作を見守るしかないのがもどかしかった。
「あ、イケた。アミトスチグマも無事だ」
「東隣のラニスタとか、どうだろうな?」
「ニュースに出てるかな?」
クルィーロが手帳大の画面をあれこれつついて情報を探し、二人で肩を並べて湖南語のニュースサイトを読む。
通信途絶は、アーテル共和国全域とラニスタ共和国西部で起きたらしい。
湖底ケーブルは一本だけでなく、それぞれ別の会社が所有する複数が同時に「切断」された。保守船を派遣して修理するが、作業水域が重なる上、会社毎に規格が異なる為、どこか一社が代行するのは不可能だ。
現在は、作業の順番を関係各社で協議中と言う。
「復旧、いつになるかわかんないんだな」
「ケーブルだけ直っても、繋がンないぞ」
「何で?」
レノは、桟橋から渡し船に移りながら聞いた。船頭の術で制御された船は全く揺れない。
「地上の基地局や交換局もいっぱい壊れたらしいからなぁ」
「それ全部が直るまでムリってこと?」
「現地の政府や会社が、小型の衛星通信システムを持ってれば、その範囲だけ回復するかもしれないけど」
先に乗りこんだクルィーロが、タブレット端末をつついて身を捻り、レノに画面を見せた。
機械の写真の下に仕様の説明文が並ぶ。専門用語だらけで、予備知識のない素人のレノには何が何やらわからなかった。
取敢えず、質問で場を繋ぐ。
「持ってないかもしれないんだ?」
「うん。アーテルってキルクルス教国として独立したから、魔道機船って一隻もないだろ?」
「領土は広くても、行けるとこ少ないんだ?」
それは、両輪の国のネモラリス共和国でも対して違わない。
ネーニア島とネモラリス島の中央部は魔物や魔獣が多く、人が住めるのは湖岸に近い僅かな平地しかない。
魔獣由来の素材を採集する業者などは、森林や山地にも侵入するが、戦いの心得がない大多数の国民は近付かなかった。
「可搬式衛星通信システムは、陸地から離れて移動する船や飛行機、陸地でも町とかない所、災害が起きて既存のが使えなくなった時に使うもんだから」
「魔道機船ナシ、町がないとこは危なくて行けないから、これもナシ。飛行機用と災害用もあるかビミョーってこと?」
空港に駐機した飛行機の中で使うかもしれないが、それがどこまで繋がるのか。
「そう。飛行機のは降ろさないだろうから、災害用を何基用意してるか……」
「持ってンならとっくに繋がってんじゃないか?」
「だよな。一個もないんだろうなぁ」
降りたのは、大きな市場だ。
船着場前の売店で目に付いた新聞を各社一部ずつ買う。
「あ、ファーキル君から返事きたぞ」
〈お疲れ様です。
ラゾールニクさんたち、何人かで現地調査した中間報告を送ります。
目撃した魔獣の一覧もあります。絶対、行かないで下さい〉
「一覧表作れるくらい色々出てんのか」
クルィーロが、メールに添付されたファイルを端末に複写して開く。図鑑や新聞などで見たことのある名称もあれば、初見でどんな魔獣かわからないモノまで二十種類以上並ぶ。
二人は青褪めた顔を見合せた。
報告書のお礼を返信し、フィアールカが送ってくれた地図を開く。
目指すのは、魔法の品が少し安く手に入る店だ。大通りから少し離れた所だが、地図のお陰で迷わず行けた。
当店の品は、全て新品です。
【編む葦切】学派を勉強中の学生さんや見習い職人さんが頑張りました。
どうぞ、あたたかい目で成長を見守って下さい。
※ 返品・交換は致しかねます。
入口脇の看板には、店名の下に紹介とも注意書きともつかない文が添えてある。
すぐみつかった【無尽袋】は、ネモラリスでは考えられないくらい安い。呪文の刺繍が少し歪み、布が引き攣れて不格好だが、ちゃんと使えるなら文句はない。
様々な容量の袋を組合わせて十枚買ったら、一枚オマケしてくれた。
「思ったより安かったな」
「そうだな。これで小麦の袋が崩れるのを心配しないで寝られるよ」
放送と治療のお礼に渡された農産物が、居住空間を圧迫して身の危険を感じる程だ。断っても「気持ちだから」と持ち込まれ、移動放送のトラックに居場所がなくなりつつある。
実際、値札に書いてある通りの量が収納できるか怪しいが、少しでも片付くなら大助かりだ。
二人は近くの定食屋に入った。
昼のオススメ定食を待つ間、クルィーロはニュースサイトを表示して、せっせと記事を保存する。
レノは紙の新聞に目を通した。
アーテル共和国で通信途絶が発生した件は、ラクリマリス王国の新聞でも、中の経済面と国際面で大きく扱われる。
ラキュス地方企業団地合同委員会は、アーテルでの工業団地計画への影響について「現在は状況を注視し、要請があれば復旧に協力する」と発表した。
「これってどんな会社の集まりなんだろうな」
「情報、あるかな……? ちょっと待って」
レノが聞くと、クルィーロはすぐ調べてくれた。
湖南経済新聞の本社版記事で、バルバツム連邦に本社を置く企業が集まったものだとわかり、共通語で調べ直す。
「あ、スゲー。もう公式サイト作ったんだ」
レノに向けられた画面は、すべて共通語で書かれたページだった。




