1233.安全保障の穴
ファーキルは、目当ての情報があっさりみつかって拍子抜けした。
大手通信事業者と通信関連機器メーカー、それらの子会社であるケーブル保守会社の公式サイトには、海底ケーブルの大まかな敷設地図があった。
一般利用者や下請け業者などに各支社の担当区域を知らせるのが目的らしい。
経済雑誌のサイトでも、新設ケーブルの概略図や敷設予定図をみつけた。コンテンツプロバイダーやデータセンターなど、通信事業社以外のデータが豊富だ。
こちらは株式投資や、接続先の外国為替相場や先物取引相場の変動を読む為の材料らしい。
どの会社も、流石に詳細な地図は公開しない。
アーテル領内で活動する者用に印刷する傍ら、URLのまとめをラゾールニク宛に送信する。今、どこで活動中か教えてくれなかったが、通信途絶圏を脱出すればすぐに繋がる。
〈ありがとう。今からもらいに行くよ〉
返信から二時間程で、依頼人のラゾールニクがマリャーナ宅に姿を見せた。
活動場所がどこであっても、【跳躍】を使えばすぐだ。アミトスチグマ王国の夏の都には【跳躍】避けの結界が敷かれるが、大都市だけあって許可地点も多い。
力なき民なら、船や飛行機、車を乗り継いで何日も掛かる距離でも、魔法使いにとってはないに等しい。
アーテル領内を混乱に陥れるのも、魔法使いの力あってこその作戦だろう。
ラゾールニクは、ファーキルが渡した封筒の中身を確認すると、薄く笑った。
「科学文明国の奴らって、無防備だよな」
「それはまぁ……魔法の攻撃とか防ぎようがありませんし」
ファーキルが力なき民として言うと、ラゾールニクは笑いを引っ込め、インクが生乾きの地図をひらひら振った。
「そう言うアレじゃなくて、情報セキュリティだよ」
「情報セキュリティ? ウイルス対策とかは、あっちの方が……」
「防禦じゃなくて、人の手で出す方」
「出す方?」
ラゾールニクが、パソコン部屋の空き机に地図を置いて手招きする。
「これなんか、まんまそうだよな」
「これが?」
「頼んどいてアレだけど、中学生の君でもアクセスできたろ。こんくらい雑な地図なら、ケーブルの位置を特定できないと思ってんだろうな」
「どう言うことですか?」
「嵐とか激しい水流で移動するコトもあるし、敷設した自分たちでも、中継器からのデータがなきゃ正確な位置情報がわかんないから」
ファーキルは、ラキュス湖全体がA4一枚に収まる略地図に視線を落とした。
経済雑誌が各社の発表を元に編集したもので、出資社や所有社で色分けされた線が、何本もラキュス湖の沿岸部付近を走る。
「魔法使いが別の視点を持ってるってのが、すっぽり抜けてんだよな」
「別の……? あッ……!」
「わかった?」
ラゾールニクがにやりと唇を歪める。
「えっと……【索敵】でしたっけ?」
「そうだ。沖合の底を見るだけなら、もっと簡単な【遠望】でもイケるだろ」
地図で湖岸からの方角を読み取り、湖底ケーブルの敷設範囲を予測。魔法で拡大した視覚で捜索すれば、ケーブルの正確な位置情報を把握できる。
全体図のお陰で、どこをどう切れば、アーテル共和国のみを情報空間から締め出せるか一目瞭然だ。
ラゾールニクは掌でタブレット端末を弄んで言う。
「両輪の国でも、ここ二十年くらいでインターネットが普及して、国民生活になくてはならないくらい根を下ろしたとこもある」
「……そうですね。こことか、ラクリマリスとか」
アミトスチグマ王国は、両輪の国としては比較的早い段階でインターネットの導入に踏み切った。その為か、湖底ケーブルの保守会社が支社を置く。
ほぼ魔法文明国のラクリマリス王国も約十年前に導入を決め、現在も急速に接続領域を広げつつあった。
ラゾールニクは頷いた。
「そうだ。魔法使いが居ても居なくても、インターネットが普及した国は、世界中どこでも繋がってる。これがどう言うことかわかるか?」
「世界中どこに居ても情報を遣り取りできて……えーっと……」
急に聞かれても、当たり前のことしか言えない。
「例えば、ネットを通じた商取引や為替の取引は、世界規模で二十四時間ほぼ年中無休だ。一瞬の遅れが莫大な損失を生むこともある」
ファーキルは急に話が見えなくなって首を傾げた。
「あ、難しかった? つまり、どっかの回線が切れたら遠くの国もダメージを受けるんだ。“ネットに繋がってる国が海底ケーブルや湖底ケーブルを攻撃するハズがない”って言う甘えが、企業や国家にあるから、こんな地図、平気で載せちゃうんだよな」
「あッ!」
現にそれを使って攻撃を行ったとしか思えない効率のよさだ。
「ネットに繋がってる国同士なら、回線や経済の繋がりが密であればある程、攻撃した側も同時に深刻なダメージを受ける。だから、安全保障の為にどんどん色んな国と繋がってくんだけど」
「どう言うことですか?」
「例えば、タブレット端末は部品がたくさんあるだろ?」
「はい」
そのくらいなら中学生のファーキルにもわかる。
「全部をひとつの国で作るんじゃなくて、素材はこの国、部品はあっちの国、組立は向こうの国ってバラバラなんだ」
「どこか一国の供給が止まったら、完成しないんですね」
「勿論、調達先は複数用意するけど、それも関係国が複雑に絡んで、何かあれば相互に影響を与える。ケーブルもそうだ」
「それが関係ない国だったら……」
「そう。今の時代、特に科学文明国にとっちゃ、インターネットは命綱とも言える。この甘えは国家……いや、地域や、世界規模の安全保障を脅かすセキュリティホールなんだよ」
「インターネットを使ってない国は、ケーブルがどうなっても痛くも痒くもないんですね」
「そう言うコトだ」
導き出されたのは、当たり前の結論だ。
「これって、ネモラリス政府軍の攻撃なんですね」
「どうやって調べたかわかんないし、裏取りはこれからだけど、十中八九そうだろうな」
ファーキルは略地図に溜め息を落として聞いた。
「アーテルに伝えるんですか?」
「何かいいコトあると思う?」
「……わかりません」
「薄々勘付いてるだろうけど、敢えて言う必要はない。君も黙っててくれ」
「了解」
ラゾールニクがタブレット端末をファーキルに向ける。
「同志が保守会社にアクセスして破断個所の座標を手に入れた。この地図と合わせれば、次の攻撃目標や時期を大体、割り出せるだろう」
「それも、教えないんですね?」
「修理の情報は、アーテル政府が自分で聞くだろ。ま、そこから予測したところで、奴らは湖に出らンないから手も足も出ないんだけど」
魔法使いの諜報員は状況を面白がるような笑いを残し、アーテル共和国領で活動中の同志に情報を伝えに行った。




